休暇前夜
試験の結果が戻ってきた。アルマークの順位は、46人中、25位。
筆記試験はそれなりにできたが、やはり実技試験の点数は低かった。魔術実践の試験の点数もかなり低い。
とはいえ、補習になる科目はなかった。
初めての試験としては、上出来だ、とアルマークは思った。
今回はモーゲンもネルソンもなんとか補習は回避したようだ。
今回の試験の一位はやはりウォリス。レイラが四位で、ウェンディが六位。
ウェンディは自分一人の勉強に集中すれば、もっと順位は上だったのではないだろうか、とアルマークは内心申し訳なく思ったが、ウェンディはもちろん何も言わなかった。
嵐のような試験期間が終わると、もう休暇は目前だ。
休暇前日の夜、寮は荷造りをする学生たちで大賑わいだった。
アルマークは暇をもて余したモーゲンに誘われて、寮のみんなの様子を見てまわった。
ノリシュとリルティの部屋を覗くと、リルティはもう荷造りを終えていた。ノリシュは持って帰るおみやげで荷物がぱんぱんになっている。
「二人とも暇そうじゃない」
額に汗を浮かべたノリシュが言う。
「僕らは明日からもずっとここだからね」
とモーゲン。
「ノリシュは、お父さんとお母さんが迎えに来てくれるの?」
「お母さんはあんまり体が丈夫じゃないから。明日来るのはお父さんだけ」
ノリシュは答えて、重そうな荷物二つを指差し、これはお父さんに持ってもらうの、と言う。
「リルティはご両親が迎えに?」
アルマークの言葉に、リルティは嬉しそうに頷く。
両親のことが大好きなリルティだ。会える喜びもひとしおだろう。
「……ご両親に新しいハンカチをもらったら?」
そっと耳打ちすると、リルティは顔を真っ赤にして、もう、と右手を振り上げるが、その姿もどこか嬉しげだ。
「二人とも気をつけて帰ってよ」
とモーゲンが言い、部屋を出ようとすると、二人は、おみやげ期待しててねー、と言いながら手を振って見送ってくれた。
「次はウェンディの部屋に行こう」
とモーゲンが鼻唄を歌いながら廊下を小走りしていく。アルマークも後を追いかける。
ルームメイトの1組の女子がドアを開けてくれて、二人で顔を出すと、ちょうど荷物を整理し終えたらしいウェンディが振り向いた。
「二人ともどうしたの」
「居残り組代表として、寮の点検をね」
「なにそれ」
ウェンディが微笑む。アルマークはウェンディの荷物がノリシュたちほど多くないことに気付いた。
「荷物、そんなに多くないんだね」
「ああ……」
大体の物は家にもあるから、というウェンディの言葉に、さすが、と頷く。
「明日お迎えには誰が来るの?」
とモーゲン。
「執事のウォードが来るって手紙には書いてあったけど……結構直前で変わっちゃったりするからなぁ」
「そうなんだ」
「ガルエントルに着いたらすぐ二人に手紙書くね。うちの予定を確認して、来ても大丈夫な日を教えるね」
「うん、絶対だよ!」
とモーゲン。それを聞いて、ルームメイトの女子が羨ましそうな声をあげる。
「えー、ウェンディの家に遊びに行くの? いいなぁ、私も行きたい!」
「何言ってるの、カラーだって自分の家に帰るんでしょ」
ウェンディが言うと、カラーと呼ばれたその女子は首を振って、
「私の家なんかフォレッタの田舎貴族だもの。ガルエントルのバーハーブ家のお屋敷……私も行ってみたーい」
と言い、はぁ、とため息を漏らす。
「だめだめ、これは僕とアルマークみたいに誰も迎えに来なくて帰る場所もない寂しい子だけに与えられた特権なんだから。帰れるところがある人はちゃんと帰ってください」
モーゲンが悲しいことを得意気に言う。
「ね、アルマーク」
「あ、ああ」
自分に振られて、アルマークも仕方なく頷く。
えー、と不満そうに口を尖らすカラーを尻目に、二人は部屋を出る。
「じゃあ、手紙待ってるね、ウェンディ」
モーゲンが言い、二人で手を振る。うん、とウェンディが頷く。
「次はどこに行こう」
と勢いにのっているモーゲン。廊下をずんずんと歩いていく。
と、モーゲンの後ろについていこうとしたアルマークを、後ろからウェンディが呼び止めた。
「アルマーク」
「ん?」
アルマークは振り向く。
「なんだい?」
「あのね……」
「うん」
「私、明日はお昼前にはここを出ると思う」
「? うん」
ウェンディの言っている意味がよく分からず、とりあえず頷く。
ウェンディはなぜか顔を赤くしてうつむいた。
「しばらく会えなくなるし……見送りに来てほしいな、なんて……」
「え? あ、ああ。もちろん。もちろん行くよ」
予想外の言葉に、アルマークが慌てて頷くと、ウェンディが顔を上げた。
「ほんと? よかった!」
その笑顔にアルマークが思わず照れてうつむくと、廊下の向こうからモーゲンの声が追いかけてきた。
「アルマーク! 何やってるの。次はネルソンたちのところに行こうよ!」
それに返事をして、アルマークはウェンディに手を振る。
「じゃあ、また明日」
「うん」
ウェンディはアルマークが見えなくなるまで見送ってくれた。
ネルソンは、休暇後に実施される武術大会に向けて、帰省してからも武術の練習をする、と言って荷物に練習用の剣を詰め込んでいる。
「初めての武術大会だからな! ほかのクラスには負けられねえよ!」
とすごい張り切りようだ。
「ネルソンは誰が迎えに来るの?」
「母ちゃんが来るよ。久しぶりだから楽しみだぜ……おっと」
ネルソンは言いかけて、二人の顔を見て口をつぐんだ。
「ごめん、二人は帰れないんだったよな」
「ああ、いいのいいの。僕らは僕らで楽しみがあるから。ねっアルマーク」
「あ、うん」
「そういえばお前らウェンディのお屋敷に行くんだっけか。貴族のお屋敷なんて俺は気を使うだけだから御免だけどな。ま、二ヶ月近くあるからたまにはそういうのもいいかもな。俺も向こう着いたら手紙書くよ」
「うん、待ってるよ」
モーゲンが答える。
「アルマークは休暇は初めてだったよな」
とネルソン。
「明日はみんなのお迎えがたくさん学校に来るからな。結構壮観だぜ」
迎えの人たちは明日朝の船で島に着くらしい。中には、既にノルク島に着いていて街の宿に滞在している人もいるのだとか。
「へえ」
そう言ってアルマークは窓の外を見た。遥か向こうに、ノルクの街の灯りが見える。
船に乗ってあの街の港に降り立ったのが、もうずいぶん昔のことのようだ。
ふと、アルマークは庭園を一つの灯が動いているのを見つけた。
ランプの灯だろうか、それとも魔法の灯だろうか。遠くて判然としないが、ゆっくりと正門の方へ向かっているようだ。
こんな夜中に、誰だろう。
そう思ったのもつかの間、後ろからモーゲンに話しかけられアルマークはすぐにその灯のことを忘れた。




