夕食
レイラがアルマークの隣に座ると、向かいの席のキリーブは、ぐ、とおかしな声を上げて顔をそらした。
「今日は食堂がいつもより混んでるね。この席がちょうど空いていてよかった」
アルマークが言うと、レイラはそっけなく頷く。
「そうね。立って食べるのは嫌だし。ありがとう」
「君とこうして夕食を食べるというのは、初めてだな」
コルエンの正面に座るポロイスが、レイラを見て率直に言った。
「もう3年も同じ寮に住んでいるというのに」
「そうね」
レイラは頷く。
「私は、そんなに人と交わりたい方じゃないから」
その言葉に、キリーブがうつむいたままぼそぼそと何かを言った。
「え、なんだい。キリーブ」
アルマークが声を掛けるが、キリーブは妙に険しい顔でそっぽを向く。
「どうしたんだ。声がおかしいのか」
しかしキリーブは返事をしない。
レイラが怪訝な顔でキリーブを見ると、コルエンが、くくく、と笑った。
「気にすんなよ、レイラ」
コルエンは言った。
「キリーブはいつもこうなんだ」
「いつもこう、とはなんだ」
キリーブは真っ赤な顔でコルエンを睨んだ。
「人がいつもおかしいみたいな言い草を」
「なんだ。ちゃんと話せるじゃないか」
アルマークが目を瞬かせる。
「どうしたんだい、キリーブ。いつもの君らしくもない」
「別に、なんでもない。僕はいつもこうだ」
「どっちだよ」
コルエンが笑う。
「うるさい。とにかく、僕は変じゃない。普通だ。いつも通りだ」
キリーブは早口でコルエンの言葉を遮った。
「いいから僕に構うな」
「まあ、キリーブのことは気にしないでくれ」
ポロイスがとりなすように言った。
「食べよう。冷めないうちに」
「そうだぜ」
コルエンが頷く。
「明日も試験だしな」
「そうね」
レイラもキリーブの態度をさして気に留める様子もなく、頷いてスプーンを手に取った。
「今夜もやることがいっぱいあるから。さっさと食べるわ」
「そうしよう」
アルマークも頷く。
しばらく5人は食事に集中した。
ほどなくして、真っ先に食べ終えたアルマークを見て、コルエンが、
「味わうってことをしねえのか、アルマークは」
と笑う。
「癖でね」
アルマークは照れ笑いをする。
「つい、急いで食べてしまうんだ」
「効率的だと思うわ」
レイラが言った。
「私もできるだけ早く食べてしまいたいと思っているんだけど。なかなかあなたみたいには食べられないわ」
「わざとやってるわけじゃないんだよ」
アルマークは困ったように笑う。
「本当に無意識に、目の前に食べ物があると、さっさと食べてしまおうとしてしまうんだ」
「まあ、人それぞれだな」
コルエンが最後の一口を大きな口で食べた。
「飯に興味がないなら、無理に味わう必要もねえだろ」
そう言うと、使い終わったスプーンを皿の上に放り出す。
からん、と乾いた音が響いた。
「行儀が悪い」
ポロイスが顔をしかめるが、コルエンはどこ吹く風だ。
「レイラみたいに、飯食う時間ももったいないって人間もいるだろうからな。さっさと食い終えて、その分勉強するわけだろ? 何に時間を使うかはそいつの自由ってこった」
「君にしてはいいことを言っている気もするが」
ポロイスは首をひねる。
「だが、やはりみんなで食事をするときくらいはある程度味わって食べるべきだろう。食事の時間というのは、そういうものだ」
「食事は社交の場を兼ねるものだから、あなたの言うことは間違いではないわね」
レイラが認めると、ポロイスは少し嬉しそうな顔をする。
だが、次のレイラの言葉に表情を曇らせた。
「でも、私はそういうことから離れたくて、この学院に来たから」
一瞬、気まずい空気がテーブルに流れたが、そういうことをまるで気にしないコルエンが、くくく、と笑う。
「それじゃあ、レイラとアルマークがデートしたら、どこに行くんだろうな。飯を食いに行くんじゃねえのは確かだな」
「デートって」
アルマークは目を瞬かせる。
そういえば、コルエンはアルマークとレイラが街でデートをしていたと誤解していたままだったということを、アルマークは思い出す。あれはただ単に、武術大会の後、海を見て落ち込んでいたレイラに勝手にアルマークが声をかけただけなのだが。
「コルエン。僕とレイラは別にデートとか」
アルマークがそう言いかけると、レイラが、
「そうね」
と言って、意外にあっさりと頷いた。
「デートするなら、食事には興味はないわ」
そう言って、ちらりとアルマークを見る。その目にわずかにからかうような色が浮かんでいた。
「今なら、海が見たいわ。最近見ていないから」
「おう」
コルエンは嬉しそうに頷く。
「海か。そろそろあったかくなってきたからな。いいな」
「君はこの季節でも海に行けば飛び込んでしまいそうだからな」
ポロイスが苦笑する。
「それではデートにならないだろう」
「海なら」
突然キリーブが大きな声を上げたので、全員が驚いてキリーブを見た。
「どうした、キリーブ」
コルエンの声を無視して、赤い顔をしたキリーブはなぜかレイラではなくアルマークの顔を見たまま、早口で言った。
「僕は、きれいに見える場所を知っている。たまに楽器を演奏しに行く街はずれの丘からは、本当に海がきれいに見えるんだ。特に夕日が沈むときは最高だ。楽器の音までいつもよりもきれいに響くように感じる。もちろん錯覚かもしれないが、でもそれだけの美しさがある。確かにノルク島からは見ようと思えばどこからでも海が見えるが、それでもあそこの美しさは格別だ」
「ああ、うん」
きょとんとした顔で頷くアルマークの隣で、レイラは怪訝な顔でキリーブを見ていたが、やがて微かに口元を綻ばせた。
「そう」
レイラは言った。
「行ってみたいわね。そんなにきれいなら」
「行ってみたいってよ」
レイラが去った後のテーブルで、コルエンがキリーブの肩を叩いた。
「すげえな、キリーブ。まさか試験期間中に女をデートに誘うとは思わなかったぜ」
キリーブはコルエンに乱暴に肩を揺さぶられて、ぐう、という声を上げた。
「よせ、コルエン」
ポロイスがコルエンの腕を叩く。
「キリーブだって、別にそんなつもりではなかっただろう」
「いや、そんなつもりだっただろ」
コルエンは楽しそうに言う。
「な、アルマーク」
「僕にはそういうことはよく分からないけど」
アルマークは首をひねった。
「でも、レイラはいい加減なことは言わないから、きっと本当に海が見たいんだと思う」
そう言って、コルエンの顔を見る。
「だから、キリーブでもコルエンでも、僕やポロイスでも、レイラをその丘に連れて行ってあげられればいいね。すごく喜んでくれると思う」
その言葉にコルエンは一瞬呆気にとられたようにアルマークを見返したが、すぐに大きな声を上げて笑った。
「面白えな、アルマークは」
「待て。あの丘は、僕のアイディアだぞ」
キリーブが慌てたように言う。
「どうしてお前やコルエンが連れていくことになるんだ。言い出したのは僕だろう」
「お前じゃ女子と話が続かねえからだろ」
コルエンはそう言って笑った。
「いきなりレイラとデートじゃ厳しいだろ。とりあえずマイアさんでも連れていって練習しろよ」
「せめて生徒の名前を出せ」
キリーブは忌々しそうにコルエンを睨んだ。
「今に見ていろ。いつかお前とマイアさんを二人きりで食事に行かせてやるからな」
「どういう復讐だよ」
コルエンが笑う。
「よかった」
アルマークは微笑んだ。
「いつものキリーブに戻ったね」




