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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十一章

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(閑話)薬草園の君 前編


 道のそこかしこに緑の新芽が芽吹いている。

 ところどころに茶色い部分の残る緑の絨毯の中に、時折顔を覗かせている小さな赤色は、この島の春を告げるチギリソウの花だ。

 イルミスは穏やかな風の中を歩いていた。

 金色の縁取りをされた高等部のローブが、彼が歩くたび風を受けて揺れる。その感覚さえも、冬に比べると軽やかに感じる。

 不意に脇の茂みががさがさ、と揺れて青年が顔を覗かせた。

「やあ、イルミス」

 イルミスと同じ金線のローブをまとった級友がイルミスを見て微笑む。

「今日はいい日和だな」

「ああ」

 イルミスは頷く。

「もうすっかり春だな」

「暖かくなったのはいいが」

 級友はそう言いながら、茂みから出てくると、ローブに付いた草や葉を手で払った。

「春になるってことは、もう高等部も三年目ってことだ。あと一年しかないのに、まだ研究のめどもまるで立ちゃしない」

「君の研究は、杖の自律化だったな、カリュカル」

 イルミスは微笑んで手を伸ばし、自分より少し背の低い級友の頭に付いた葉を取ってやる。

「私は面白い研究だと思ったよ」

「僕もそう思ったから始めたんだがね」

 カリュカルは肩をすくめる。

「最初は思ってもみなかった問題がいろいろと出てきてね。見通しが甘かったよ。どうも、僕の手には余るのかもしれん」

「そんなことはないさ」

 イルミスは真剣な表情で言った。

「君はあと一年しかないと言ったが、まだあと一年もあるんだ。君ならできるさ」

「ありがとう」

 カリュカルは照れたように笑う。

「まあ、なんとかやってみるがね」

「それで、君はこんなところで何をしてるんだ」

「ああ」

 カリュカルは思い出したように表情を改める。

「杖を探しに来たんだ。こっちの方に飛んだから」

「また飛んだのか」

 イルミスは顔をしかめた。

「私も前に一度、君の杖を捕まえたことがあるぞ」

「そうだったな」

 カリュカルは頷く。

「ライヌルと一緒に捕まえてくれたんだったね」

「大丈夫か」

 イルミスは眉をひそめる。

「必要なら、私も手伝うが」

「ありがとう」

 カリュカルは笑う。

「君たちが捕まえてくれたあれは、瘴気が強く出てしまったやつだ。今回のは大丈夫。ただの跳ねっかえりだから」

「それならいいが」

 頷きながら、それでも少し心配そうな顔のイルミスを見て、カリュカルは笑顔で手を振った。

「君たちの手は煩わせないよ。瘴気も出ていないから心配するな」

 それから、イルミスの手に持つ紙袋を見た。

「君こそ、どこへ」

「ああ、私は」

 答えかけたイルミスを、カリュカルが笑顔のままで遮った。

「分かったぞ。“薬草園の君”のところか」

「“薬草園の君”」

 イルミスは訝しげに繰り返す。

「誰だ、それは」

「知らないのか。まあ、それも君らしいか」

 カリュカルは笑った。

「ほら。深窓の令嬢、と言ったら大げさだが」

 カリュカルは楽しそうに言う。

「薬草園の研究棟の深窓の奥に、美人がいるだろう」

「まさか、セリアのことか」

 イルミスは目を瞬かせた。

「セリアがそんな風に呼ばれているのか」

「ああ」

 カリュカルは頷く。

「薬草園にこもりっきりで滅多に見られない美人だからな。最初は後輩たちが呼び始めたあだ名だって聞いたぞ」

「そうか」

 イルミスは頷く。

 イルミスの同級生の女子生徒たちは、中等部まででその多くが学院を卒業していった。アルマークの入学した今とはずいぶん違い、高等部に進学するということは一生を魔術の研究に捧げるということと同義の時代だった。

 学院がいくら世俗と離れた世界だとはいえ、そこまで外の世界のしがらみをきっぱりと捨て去れる女子生徒は彼の学生時代にはまだほとんどいなかった。

 そういうわけで、ただでさえ女子の少ない高等部で、治癒術と薬湯について研究するセリアの美貌は目を引いた。だが、元来おとなしい性格の彼女は、自分の研究場所である薬草園にこもりきりで、ほとんど姿を見せることはなかった。

 それが、後輩たちには一種、神秘的な印象を与えたのだろう。

「セリアは、知っているんだろうか」

 イルミスは言った。

「自分がそんなあだ名で呼ばれていることを」

「どうだろうな」

 カリュカルは首をひねった。

「知っていたら、顔を真っ赤にして恥ずかしがるんじゃないか」

「そうかもしれないな」

 イルミスは頷く。

「ありがとう、カリュカル。面白い話を聞いた」

「どういたしまして」

 カリュカルは微笑んで、それから思い出したように茂みの先を見た。

「さて、杖を探しに行かないと」

「気を付けたまえ、本当に」

 イルミスはもう一度そう念を押して歩き出した。

「ああ、そうだ。イルミス」

 茂みに片足を突っこんだまま、カリュカルがイルミスを振り返る。

「セリアに会ったら、言っておいてくれ。たまにはみんなで一緒に街で飯でも食おうって」

「分かった」

 イルミスは頷いた。

「伝えておこう」



 セリアのいる研究棟は、簡素な柵で囲まれた広い薬草園の片隅にある。

 柵は一見、何でもない木の板でできているように見えたが、その板の一枚一枚には獣除けの複雑な魔法が込められていた。

 柵に描かれたガライ王家の紋章を、イルミスは見るともなく見る。

 ガライ王家は国内にいくつも薬草園を所有しているが、大陸で大きな天候不順があって薬草が育たなかったときの最後の備えが、このノルク島の薬草園であった。

 常駐の管理人たちもいるが、彼らは管理棟に詰めている。

 研究棟にはいつも、セリアの姿しかなかった。

 “薬草園の君”か。

 イルミスは口元を緩ませた。

 そのあだ名を伝えた時の、セリアの顔を想像する。

 どんな顔で照れるだろうか。

 研究棟のドアに手をかけて、イルミスはそこで、中から聞こえてくる華やかな笑い声を耳にした。

 セリアの笑い声。

 大人しい彼女が、あんなに明るく笑っている。

 意外に思ってドアを開け、広間を抜けてセリアの研究室に足を踏み入れると、先客がいた。

 入口に背を向けて壁にもたれるように立ち、セリアと話していたその先客が、イルミスの足音に振り返る。

「やあ、イルミス」

 快活な口調で、青年は言った。

「そろそろ君が来る頃かと思っていたよ」

「ライヌル」

 イルミスはほっと息を吐いた。

「君か」

「ああ、イルミス」

 ライヌルの影から、笑顔のセリアが顔を覗かせた。

「ありがとう。来てくれたのね」

「ああ」

 イルミスは抱えていた紙袋を持ち上げてみせる。

「頼まれていたものを」

「本当に助かるわ」

 セリアがそれを受け取って、中に入っているこまごまとした道具を確認している間に、イルミスはライヌルをちらりと見た。

「ずいぶんと盛り上がっていたようだな」

「ああ。面白い話を聞いてね」

 ライヌルは笑顔で頷く。

「君は知っているかい。セリアが、後輩たちから何と呼ばれているか」

「ついさっき、カリュカルから聞いた」

 イルミスは答える。

「そうか、ライヌル。君も聞いたのか」

「ああ。こんな面白い話はぜひご本人に伝えてあげないと、と思ってね」

 ライヌルは微笑んで薬草茶のカップを持ち上げた。

「さっそくご報告に来たというわけさ」

「そうか。君が伝えたのか」

 少し残念に思って、イルミスは手近の椅子に腰かける。

「本当に、何がどう誤解されたらそんなあだ名になるのかしらね」

 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、セリアがイルミスの分の薬草茶を持ってきた。

「はい、どうぞイルミス。ここまで遠かったでしょう」

「今日は風も暖かいからね」

 カップを受け取って、イルミスは答えた。

「たまにはゆっくりと歩くのもいい」

「そう」

 セリアは微笑む。

「それなら、よかった」

「君は元気だな。イルミス」

 ライヌルが快活にそう言って、茶を口にする。

「私はここに来るだけでへとへとになったよ。帰りは私を背負って行ってくれ」

 その言葉に、セリアが、ふふ、と笑う。

「君は前にもそんなことを言っていなかったか」

 イルミスはそう言って、改めて友人の姿を見た。

 お互いに研究が忙しく、しばらくその姿を見ていなかったが。

「ライヌル。君、少しやつれたんじゃないか」

「そうかな」

 ライヌルはカップを持ち上げておどけた顔をする。

「最近、セリアの顔を見ていなかったからかな」

「また、そんなことを」

 セリアが顔を赤らめる。

「あなたも、疲れているなら椅子に座ればいいのに」

「いや。私は話すときの動きが大きいからね」

 ライヌルはそう言いながらカップをテーブルに置くと、両腕を大げさに広げた。

「立っていた方がいろいろと都合がいいんだ」

 イルミスは苦笑する。

「だから疲れるんじゃないのか」

「そうかもしれんな」

 澄ました顔でそう答えたライヌルは、セリアの持ってきた籠に入った物を見て目を輝かせた。

「おお、これは」

「街へ行ったときにまとめて買っておいたの」

 セリアは言った。

「疲れた時には、甘い物がいいのよ。ライヌル」

「君の言う通りだ」

 ライヌルは笑顔で籠の中の飴を手に取った。

「疲れてなくても、いただくがね」

 その嬉しそうな顔に、イルミスとセリアは顔を見合わせて微笑んだ。







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― 新着の感想 ―
飴ちゃんか。。。セリアさん、前世関西人だったり(笑) 転勤族であちこち住みましたが、関西でだけ、老若男女、ポケットやバッグから飴ちゃん出して子どもによくくれました。 関西は、独自の文化があるように感じ…
[一言] 何となくライヌルは池田秀一さんの声がしっくり来ますね
[良い点] >「疲れた時には、甘い物がいいのよ。ライヌル」 うーん、どこかでモーゲンが大きくうなづいてそう。 そして誰かに「疲れてなくても食べるくせに」と突っ込まれるんだ。 俺は詳しいんだ。
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