開戦
ギルフィンが自らの手で魔術師を養成することを決めてからしばらくして。
ギルフィン魔道傭兵団には、およそ傭兵と呼ぶには似つかわしくない華奢な少年たちが集められていた。
皆、食事と寝床が保障されるという言葉につられて集まってきた浮浪児たちだった。
体格や剣の才能に恵まれず、傭兵団に入れてくれと頼んだところで、鼻で笑われて追い返される類の少年たちだ。
だが、ギルフィンはわざわざその中から素質のある者を選抜した。
彼らには、剣を持って戦うことができないという劣等感と、その裏返しの、自分にだって何かがあるはずだという強い自尊心があった。
彼らの渇望に、ギルフィンの教える魔法がうまく当てはまった。
彼らは自らの生きるすべと存在意義を手に入れるため、文字通り必死で魔法の練習に励んだのだ。
その必死さこそが、ギルフィンの求めるものだった。
ギルフィンが少年だけを集めたのには理由があった。
ノルク魔法学院の卒業生である彼は知っていた。
魔力を練る訓練を始めるのには、最適な年齢がある。
個人差はあるが概ね九歳前後。
それは学院の初等部に入学するのとちょうど同じ年齢だった。
さすが、学院はそのあたりをよく考えている。
ギルフィンはそう感心する。
学院の事柄には全て、一つひとつ、きちんと意味がある。
それは北の魔術師たちのおどろおどろしい衣装や禍々しい動きに何の意味もないのとは対照的だった。
魔力を練る訓練を開始する時期は、早すぎても意味がないが、遅すぎるのはもっとまずい。
致命的と言ってもいい。
何の訓練もせずに十二歳を迎えてしまったならば。
そこからでも必死に訓練すれば、魔術師にはなれるかもしれない。だが、その人間が一流の魔術師と呼ばれるようになることは決してないだろう。
それはちょうど、幼い頃に叩きこまれた技術が、その人間の中から一生抜け落ちることがないように。
成長した後に学んだ技術が、わずかなブランクでいとも簡単に錆びついてしまうように。
自分の中の魔力を練るという行為は理屈ではなく、自分の中の本能的な感覚と深く結びついていた。
だから、ギルフィンは少年たちを集めた。
訓練を施し、その中から才能のある者だけを残した。
才能の認められなかった者は、容赦なく切り捨てた。それは学院での授業で、戦場では役に立たないと判断した魔法を躊躇なく切り捨てた時と同じ感覚だった。
そうして残された二十数人の魔術師は、無論ノルク魔法学院の学生レベルとまではいかないが、それでも北の水準をはるかに超えた魔法を身に付けていた。
ギルフィンは、己に絶対の忠誠を誓う彼らを一つの部隊として組織した。
彼らの力は、日ごろ魔術師を侮っている傭兵たちの間にも、例外的に畏怖の念を込められて広まっていった。ギルフィンの魔道部隊、というその名とともに。
「魔道部隊は前線二枚の後ろへ」
指揮官の“百陣”のマハドの声が響く。
黒いローブの魔術師たちが戦士たちの間を縫って前へと進んでいく。
「急げ。来るぞ」
マハドの言葉通り、冬の冷気を切り裂くようにして、黒い鎧の騎馬の一軍が迫ってきていた。
黒狼騎兵団の先陣だ。
「さあ、来るぞ」
ギルフィンは声を張った。
「貴様らの力を見せてみろ」
今までにも、魔道部隊の少年たちはその魔術で敵の傭兵団に痛撃を与えてきた。
だが、今日は北に武名の轟く一流の傭兵団が相手だ。
試金石だ。
ギルフィンは思った。
こいつらが、本物の魔術師の階段を登れるかどうかの。
身に付けた魔法を漫然と使うだけでは、今日の戦いでは生き残れない。
狼の鋭い牙と爪をかいくぐって、それでも生き残ることができたなら、それはその魔術が魂と結びついてきたということの証左だ。
死んでしまうのであれば、貴様らの才も運もそこまでだったということだ。
「盾!」
マハドの声が響く。
黒狼騎兵団の後陣から、援護の矢が一斉に放たれたからだ。
ギルフィンの部下たちは盾を頭上に構え、それを防ぐ。
「射ち返すな」
マハドの声が響く。
魔道隊の打撃力を最大限に発揮するために、余計な応射をして敵の勢いを削いではいけない。
「引き付けろ」
黒龍のごとき騎馬の群れ。それがギルフィン魔道傭兵団のこれも黒鎧の歩兵の軍に向けて、真一文字に突っ込んでくる。先頭に立つ戦士が巨大な長柄斧をかざした。
蹄の音が、まるで地響きのようにギルフィン魔道傭兵団の戦士たちの耳を圧し、その身体を揺らす。
前線に立つ戦士たちの顔が恐怖にひきつった。
「まだだ」
恐怖に抗しきれず突っこんでいこうとする戦士を、マハドの声が制止する。
「戦列を崩すな」
その後ろに控える魔道隊の魔術師たちの両手の中で、魔力が凝縮されていく。
不意に、黒狼騎兵団の先頭の戦士が馬の速度を緩めた。
次の瞬間、その背後から飛び出した騎馬たちが先頭の戦士の横に並ぶ。
黒騎兵の戦列。
まるで突如騎馬の大集団が目の前に出現したかのようだった。
「おう」
ギルフィンも思わずその見事な動きに目を見張る。
「なるほど。これが一流たる所以か」
先頭に立っていた戦士が、凶悪な笑顔とともに、馬上で黒い長柄の斧を構える。
黒狼騎兵団のエースの一人、“黒戦斧”ゲイザックだ。
横一線の騎馬の戦列が最後の加速をする。
歩兵などひとたまりもない衝撃力を孕んだ、死の突進。
ギルフィン魔道傭兵団はなすすべもなく騎馬の波に飲み込まれるかに見えた。
しかし歴戦の指揮官“百陣”のマハドは目を見開いて、最後の一瞬を見極めた。
「今だ!」
その声と同時に、魔術師たちが魔力を解き放った。
炎。氷。風。
彼らの中で練られた魔力が、北の水準をはるかに超えた魔法へと変換される。
敵をぎりぎりまで引き付けたところで魔法を打ち込み、焼き、凍てつかせ、吹き飛ばす。そこに歩兵が突進する。それが、ギルフィン魔道傭兵団の必勝の戦術だった。
今日は打撃の中心たる魔道部隊がいつもより前に出ている。それはつまり、その魔法もいつも以上に威力があることを意味する。
だが、彼らの手から魔法が放たれんとするまさにその瞬間、黒狼騎兵団の戦士たちが一斉に何かを投げた。
「むっ」
ギルフィンが目を輝かせる。
「綿毛玉か」
騎兵たちが投擲したのは、綿毛玉と呼ばれる飛び道具だった。
炎の魔法を選択した魔術師たちは、悲惨だった。
乾燥したヒデイサギの実から飛び出した大量の綿毛が目の前を覆う。炎の術を放った瞬間にその全てに火が付き、魔術師たちは周囲の仲間とともに火だるまになった。
そこに踏み込んできた黒鎧の騎兵たちが彼らの命を容赦なく刈り取っていく。
だが、氷の術で綿毛を凍らせた魔術師はそのまま綿毛を矢のように撃ち返し、騎兵たちの身体に突き立てた。
騎兵にも勢いがついている分、その衝撃は生半可なものではない。
綿毛の氷矢を受けた騎兵たちは、弾かれたように後方に吹き飛んだ。
一瞬で、生と死が交錯する。
だが、分はやはり黒狼騎兵団にあった。
魔術師とも戦い慣れている彼らは、卓越した馬術で騎馬の直線的な動きを極力避け、魔術師の狙いを散らし、その速度で歩兵の陣を切り裂いた。
特に、先陣の将である“黒戦斧”ゲイザックの暴れぶりは凄まじかった。
長い斧が竜巻のように渦を巻き、歩兵や魔術師たちが次々になぎ倒されていく。
その後方にはすでにモルガルド率いる第二陣が迫っていた。
「よろしいのですか」
マハドがギルフィンに目を向ける。あくまで冷静な口調だった。
「皆、狼に食われてしまいますぞ」
「ふむ」
ギルフィンは口を歪めた。
「予想よりも少し出番が早いが」
そう言って、杖を構えると乗馬を前に出す。
「戦況を変える。マハド、遅れず部隊を動かせ」




