魔道部隊
魔道部隊。
ギルフィンが自分の傭兵団を再編するにあたって組み込むことに決めた、北に数ある傭兵団の中でも彼のもとにしか存在しない部隊の名だ。
ギルフィンの薫陶を受けた魔術師たちで構成されたその部隊は、魔術師を見下す北の勇猛な傭兵たちの間でも例外的に恐れられていた。
ギルフィン魔道傭兵団。
ギルフィンは、傭兵団の名をそう決めた。
だが、魔道という言葉をその名に冠するからには、魔術師はギルフィン一人では足りなかった。はったりだろうが何だろうが、ローブ姿の魔術師を複数揃える必要があった。
最初は北の戦場で戦っている傭兵魔術師たちをスカウトした。
しかしその魔法の実力はギルフィンの目から見れば児戯にも劣る無様なものだった。
自分を大きく見せようと、禍々しい装飾の入った杖を持ち、全身を覆う黒いローブをまとっている彼らが、その実、杖とローブの必要性について何も理解していないことは、ギルフィンにはすぐに分かった。
魔法を使う際に杖を通すことに意味などなく、彼らはそれを主に護身用、打撃用に用いていた。
事実、杖の材質には全くと言っていい程注意が払われていなかった。
単なる布でできたローブも含め、彼らにとってそれらは魔術師を表す記号、神秘性を増すための演出に過ぎなかった。
ギルフィンの持つ、スザリイマヅの木で作られた杖を見て、彼らはそのみすぼらしさに嘲りの笑いを浮かべたほどだった。
「団長殿。そんな棒っ切れでは自分の身は守れませんぞ」
集まった魔術師たちの中でも年長格の、長年厳しい戦場を駆け巡ってきたという壮年の魔術師が、まだ年若いギルフィンにそう忠告した。
「杖というのは、ほれ、このように」
そう言って、自らの金属製の杖を手近な木の幹に向けて振り抜く。
鋭い打撃音とともに硬い木の皮が飛び散った。
「いざというときに、自分の身を守れるような材質でなければ」
その男の得意げな顔を見ながら、ギルフィンは内心ため息をつく。
ギルフィンの杖は、彼が学院を発つ前に、名高い角笛通りの店で購入した一品物の名品だった。傭兵を引退した年寄りが持つ仕込み杖のような代物と一緒にされては困る。
最初から期待などしてはいなかったが、北の魔術師の水準とはここまで低いものだったか。
ギルフィンは嘲笑を顔に出さないようにするのに苦労した。
長年生き抜いてきたという魔術師からして、この程度だ。
だが、言い換えればそれは、ここでは自分こそが神のように振る舞えるということでもあった。
それほどに彼の魔術は他と隔絶していた。
「なるほどな」
ギルフィンはその魔術師に頷くと、自分の杖をゆっくりと持ち上げた。
「お前には、この杖がただの棒っ切れに見えるか」
そう言いながら、先ほどの打撃痕の痛々しい木の幹に杖を向ける。
「だが覚えておけ。魔術師たる者、いざというときに己の身を守るのはやはり魔術であるということを」
その言葉に眉をひそめた魔術師の顔が、みるみる青ざめた。
ギルフィンが杖を撫でるように動かすと、それに合わせて木が鋭利な刃物で切られたように真っ二つになって倒れたからだ。
「まあいい。お前たちの力は戦場で確かめさせてもらう」
ギルフィンはそう言って薄く笑った。
北の魔術師たちが戦場で行使する魔法は、大別して三種類。
小さな火の玉などを飛ばして直接敵を攻撃する魔法。
魔力で目に見えない盾のようなものを作り、敵の矢から味方を守る魔法。
足もとの草を伸ばして敵の足に絡みつかせる魔法。
他にも個人個人の特技のように別の魔法を一つ二つ使う者もいるにはいたが、せいぜいがその程度だった。
火の玉はそれだけで致命傷とするには程遠い威力だったし、よほどうまく敵の隙をつかなければ当たってくれる傭兵はそうそういなかった。
不可視の盾の出来損ないのような、矢を防ぐ盾にしても、範囲が小さすぎて守れるのはせいぜい二人が限度。しかも、魔力が粗いせいで盾の隙間を矢が通り抜けてしまうこともしばしばだった。
結局一番良く使われるのは足元の草を操るツタくくりの術だが、効果は場所に左右されるし、長い冬には操る草そのものがなかった。
それぞれの精度にしても、ノルク魔法学院であれば、使おうとした瞬間に教師から制止されるレベルの代物だった。
初等部二年のガキでも、もう少しましな魔法を使う。
ギルフィンは思った。
だが、まあ仕方ない。
ギルフィン魔道傭兵団は、ここから始める。
最初の数回の戦闘で、集まった魔術師の半分は死んだ。
生き残った半分のうちの大部分は、ギルフィンの魔法を目の当たりにしてその威力の違いに愕然としてこっそりと逃げ出していった。
それでも残った数人の魔術師は、ギルフィンの強大な魔法の秘密をどうにかして暴こうという野心を持った連中だった。
ギルフィンは、それに頓着しなかった。
俺の強大な魔法に、秘密などない。
あるのは、魔術師としての才能と受けた教育の違いだけだ。
そしてその教育は、北では決して受けることはできない。
ある日、ギルフィンは自分の幕舎に戻り、そこで一人の男が自分の杖を手にしているのを見付けた。
「ここで何をしている」
その言葉に振り向いたのは、最初にギルフィンに見当違いの忠告をしてきたあの壮年の魔術師だった。
「貴様か。それは私の杖だぞ」
「そうですな」
慌てる素振りもなく、魔術師は頷く。その目に、暗い光が宿っていた。
「だが、もうあなたのものではない」
「何」
「あなたの強大な魔法は、全てこの杖から発されていた。このみすぼらしい杖こそが、あなたの魔法の秘密だ。そして」
魔術師は口元を歪めて笑う。
「今日からは、私の杖だ」
「何を言うのかと思えば」
ギルフィンは鼻で笑った。
「杖は、杖だ。魔術師ではない」
「抜かせ」
魔術師は杖をギルフィンに向けた。
「今日からは、私こそが最強の魔術師だ」
自分に向けられた杖の先端をギルフィンはじっと見つめ、それから不意に笑った。
「かまわん」
ギルフィンは両手を広げた。
「やってみろ」
魔術師の額に青筋が浮かぶ。
次の瞬間、杖から轟音とともに炎が噴き出した。
その威力に、魔術師は会心の笑みをこぼす。
だが、炎はギルフィンの身体に届く前にかき消されるようにして消滅した。
「なっ」
魔術師が目を剥く。
「おう、さすがは我が杖」
ギルフィンは冷たい表情で言った。
「貴様程度の雑な魔力を、よくもあれだけの炎に変えてくれたわ」
「ばかな」
魔術師が杖をさらに突き出す。再び、炎。
ギルフィンは顔の前でうるさそうに右手を振り、それをかき消した。
絶句する魔術師の前で、ギルフィンが右手を開く。
その手に現れたものを見て、魔術師が目を見開く。
「そ、それは」
「重いな」
ギルフィンはその金属製の杖を、顔をしかめて持ち上げた。
「こんなものを持って、戦場を駆けていたのか。それでは魔法に集中できんわけだ」
「私の杖」
「言っただろう」
ギルフィンはそれをゆっくりと魔術師に向けた。
「杖は杖。魔術師ではない」
「くそ」
魔術師が必死の形相で、もう一度杖をギルフィンに向ける。
ギルフィンは首を振った。
「貴様には無理だ」
その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、魔術師の身体は髪の毛一本に至るまで凍り付いた。
「……いっそのこと、育てるか」
部下たちに命じて魔術師の死体を外に運び出させながら、ギルフィンは呟いた。
俺自身の手で、魔術師を。




