変化
冬の休暇が終わると、すぐに学院長の特別講義がある。
休暇の最終日、アルマークは談話室で顔を合わせたノリシュとセラハにそのことを聞いた。
「ほら、夏の休暇が終わった後もあったでしょ」
三人でソファに腰かけると、アルマークの正面に座ったノリシュがそう言った。
「講堂に初等部3年生全員集められて、学院長先生の話を聞いたじゃない」
「そういえばあったね」
アルマークはその時のことを思い出して頷いた。
「1年生と2年生が先に聞いて、その後だったね」
「うん」
ノリシュが頷く。
「講堂の外で待ってる時にネルソンたちが騒いで、イルミス先生に怒られてたでしょ」
「うん。そうだった」
アルマークもそのときの記憶がはっきりしてきた。
「講堂で、魔術師についての話をしてくれたんだ」
「そうそう、あの話ね」
ノリシュの隣に座るセラハも頷いた。
「魔術師の話をしてるんだっていうことは私にも分かったんだけど」
そう言って、ぺろりと舌を出す。
「学院長先生の話って、いつもよく分かんないんだよね。なんだか掴みどころがなくって」
「そうかな」
ノリシュが微笑む。
「私は好きだけどな」
「ああ、そうね。ノリシュは好きかもしれない」
セラハはそう言って首を傾げた。
「私には合わないんだよねぇ。別に難しい言葉を使ってるわけじゃないんだけど」
「一つの言葉が色々な意味を含んでいたりするのよね」
ノリシュは言う。
「聞いていてとても不思議な感覚になるじゃない。そこが好き」
「それがよく分かんないってことなのよ。キュリメも同じようなこと言ってたけど」
セラハはため息をついた。
「モーゲンなんかいつもすぐに寝ちゃうもんね、あの授業」
「そうね」
ノリシュが笑顔で頷く。
「ほんとに始まってすぐ」
「潔いね」
アルマークは重々しく頷いた。
「さすがモーゲンだ」
「いや、潔くないわよ、全然」
ノリシュが手を振る。
「ところどころではっと目を覚まして、今まで聞いてましたっていう振りをしながらうんうんって頷くんだもの。後ろで見てるとおかしくって」
「あれ、笑いをこらえるのに大変なんだよね」
セラハが笑う。
「それで頷いてるうちに、また寝ちゃうんだもん」
「きっと疲れていたんだろうね」
アルマークが言うと、ノリシュとセラハは顔を見合わせて笑った。
「まあ、アルマークがそう言うなら、そういうことにしておいてあげてもいいわ」
セラハがそう言って、おかしそうにアルマークを見る。
「アルマークはモーゲンのことをすごく買ってるもんね」
「モーゲンはやるときはやる男だからね」
アルマークは言った。
「きっと、学院長先生の授業は、やるときじゃなかったんだよ」
「なに、それ」
ノリシュが苦笑する。
「やるときじゃなかったって」
そう言ってから、ふと表情を改めてアルマークを見た。
「でも確かに、モーゲンがこの一年ですごく変わったのは認めるけどね」
「そうだね」
セラハも同意する。
「モーゲン、変わったよね」
「どう変わったんだい」
「うーん、何て言うのかな」
セラハは唇に指を当ててしばらく考えた後、笑顔で首を振ってノリシュを見た。
「私は言葉にするの苦手。ノリシュ、お願い」
「セラハはいつもそれなんだから」
ノリシュがセラハを睨むが、その目は笑っていた。
「そうね、ええとモーゲンはね」
言葉を信奉するノリシュは、目を上に向けて自分の中の言葉を探す。
「前は、いつも自信なさそうにしていたわ。1年生の頃から、ずっとだと思う。魔法も勉強も運動も、実際苦手だったんだとは思うけど、僕は苦手なんだって感じが前面に出ちゃって、それが実力よりももっとモーゲンをだめに見せちゃってた」
ノリシュの言葉に、アルマークは首を傾げる。
「そうかな」
「あなたが来る前の話よ」
ノリシュは言った。
「噂話を聞きこんでくるときだけはすごく生き生きしてたけど。それ以外の時は、いつも自信がなくて、トルクたちの顔色を窺っている感じがして」
「あー」
セラハが頷く。
「そうだったね」
「でも、あなたが来てからモーゲンは少しずつ変わっていった気がする」
ノリシュの言葉にアルマークは目を瞬かせる。
「僕が来てからかい」
「うん」
ノリシュは頷いた。
「私たちも最初は気付かなかったけど」
そう言ってセラハを見る。
「モーゲンがなんだか変わったねって女子の間で話題になったのって、確か夏の休暇の後だったよね」
「うん、そうそう」
セラハも真顔で頷く。
「武術大会の練習の頃から私も、あれ、モーゲンちょっと変わったかもって思ってた」
「そうしたら、武術大会の本番で、ね」
「うん」
二人は頷き合って笑う。
「すごかったよね。モーゲンがあのコルエンに勝つなんて、正直、応援席にいる子は誰も思ってなかったもの」
ノリシュは言った。
「もちろん、頑張ってほしい、とは思っていたけど」
「そうなのかい」
「うん。だって、あのコルエンだよ? バイヤーなんか、モーゲン頑張れって大きな声で叫んだあと、無理するなよ、怪我しなければそれでいいんだって小さな声で呟いてたもの」
「言ってた言ってた」
セラハが思い出したように笑う。
「バイヤー、本当にすごく心配してたよね」
「そうだったのか」
アルマークは、武術大会のときのモーゲンの試合を思い出して微笑んだ。
「試合をしている方には、応援席の様子は全然分からなかったからね。みんなの応援の声はよく聞こえたけど。今そういう話を聞くと、面白いな」
「でも、モーゲンだけじゃないね」
ノリシュが言う。
「男子だったら、トルクも変わった」
「トルク!」
セラハが目を見開いてノリシュを指差した。
「変わったねぇ、トルクは」
「トルクが変わったのは、僕にも少し分かるよ」
アルマークは頷く。
「僕がこの学院に来たばかりの頃はもっと、こう」
そう言って、アルマークも自分の言葉を探す。
「何て言うか、聞く耳を持っていない感じだった」
「ああ」
ノリシュが笑う。
「それ、分かるわよ。アルマーク」
「あれだよね、トルクは」
セラハがその時のことを思い出したように口元を緩める。
「武術の授業でアルマークに吹き飛ばされちゃってからだよね。変わり始めたのは」
「あれ、びっくりしたよね」
ノリシュもそう言って頷く。
「そんなこともあったけど」
アルマークは頭を掻いた。
「でも、それは別に大きな理由じゃないと思う。結局はトルクが自分で変わろうと思ったんじゃないかな」
「正直に言うとね」
ノリシュが少し声を潜める。
「私はトルクが苦手だったし怖かった」
「うん」
セラハもノリシュに寄り添うようにして頷く。
「分かる」
「でも、あなたにやられちゃってから、トルクは少し肩の力が抜けたように見えたわ」
「肩の力が?」
アルマークは目を見張った。
「どういうことだろう」
「私もうまく言えないけど」
ノリシュは首を傾げる。
「余計なものまで見るのをやめたっていうか。ああ、言葉にするのが難しいな」
「私は最近のトルク、好きだよ」
セラハが微笑む。
「夜の薬草狩りでも、すごく頼りがいがあったし」
「あら」
ノリシュがわざとらしく目を見張ると、セラハはその肩を叩く仕草をする。
「そういう意味じゃないわよ」
「きゃあ」
セラハの拳を大げさに避ける仕草をしてから、ノリシュはアルマークを見た。
「でも、二人だけじゃなくて私たちみんな変わったわ。この一年で」
「そうだね」
セラハが頷くと、ノリシュはセラハの肩を抱く。
「みんな、すごくいい方に変わった。だから、取り乱さずに済んだんだと思う。クラン島でウェンディからあんな話を聞いても」
その目にいつの間にか真面目な光が宿っていた。セラハも神妙な顔で頷く。
アルマークも表情を改めた。
「ウェンディにあなたたちの話を聞いた時ね」
ノリシュが言う。
「ああ、支えなきゃって思ったの。すごく素直に」
「……ありがとう」
アルマークが頭を下げると、ノリシュは首を振った。
「私たちだけじゃないよ。ネルソンたち男子も同じ気持ちだったと思う」
「ネルソン、怒ってたね」
セラハがくすりと笑う。
「もっと早く言えよって」
「言葉の使い方が下手なのよ、あいつ」
ノリシュが肩をすくめる。
「でも、気持ちを伝えるのは上手」
そう言って、優しく微笑む。
「私もあいつと同じ気持ちだったから。それはすぐに分かったわ」
ノリシュの表情を見て、セラハの笑顔が大きくなった。
「あのときノリシュったら、ネルソンに抱き着いちゃったもんね」
「それは」
ノリシュが顔を赤くする。
「えっ、そうなのかい」
アルマークが声を上げるとノリシュは首を振る。
「抱き着いてません」
「抱き着いてました」
二人の言葉に、アルマークは目を瞬かせる。
「どっちなんだい」
「まあ、とにかく」
ノリシュが、ごほん、とわざとらしく咳払いをした。
「アルマーク。あなたのおかげでみんな変わったんだから」
「え、僕かい」
「そうよ」
ノリシュは頷く。
「だから、あなたを含めたみんなで中等部に行くのよ。絶対に落第なんてしたらだめよ」
「そうそう」
セラハが笑顔でアルマークを見た。
「試験は嫌だけど、頑張らないとね。みんなで銀線のローブを着よう」
「うん」
アルマークは頷いてもう一度頭を下げる。
「ありがとう、ノリシュ、セラハ」
「こんなこと言っておいて、私たちが落第しないようにしないとね」
セラハがそう言って笑い、ノリシュも頷く。
「そうね。さあ、あとちょっと」
そう言って、大きく伸びをする。
「勉強しようか」
アルマークの短編2編、別で投稿しています。
「夕暮れ、講堂にて」
「旧街道沿いの酒場にて」
ぜひ併せてお読みください。




