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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十一章

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重荷

 ウェンディの言ったことは誇張でも何でもなかった。

 アルマークが書庫から本を一冊手に取って閲覧室に戻ったときには、もうウェンディが入口の扉から顔を覗かせていた。

「終わったのかい」

 アルマークが小声で囁くと、ウェンディは無言で頷く。

「早いね。本を返してくる」

 アルマークが書庫に本を戻し、閲覧室に戻ると、もうエストンは元の席に戻り勉強を再開していた。

「ありがとう、エストン」

 通りがかりにそう声をかけると、エストンは顔を上げてアルマークを睨んだ。

「あまり図に乗るなよ、北の民」

 エストンは抑えた声で言った。

「今日はウェンディの顔を立てた。僕に言われずとも、自分で身の程を弁えろ」

「君は君」

 アルマークは答えた。

「ウェンディはウェンディだ」

 その言葉に、エストンは苦々しい顔をしたが、冷たい表情のタミンと目が合ったからだろう、もう何も言わなかった。

 アルマークが閲覧室を静かに出ると、ウェンディが二人分の雨除けの外套を持って待っていた。

「はい」

 そう言って、笑顔で外套をアルマークに差し出す。

「寮に帰りながら話そう」

「ありがとう」

 アルマークは頷いて、受け取った外套を羽織る。

「必要なことは聞けたのかい」

「ええ」

 ウェンディは先に立って図書館を出ると、暗い空を見上げて、ため息をついた。

「雨、やまないね」

「そうだね」

「冬のこの時期は、いつもそう」

 ウェンディが歩き出すと、ぱしゃぱしゃと足元の水が跳ねる。

「でもね、この雨が春を連れてくるの」

 そう言ってアルマークを振り返る。

「春は、もうすぐだよ」

「そうか」

 アルマークは微笑んだ。

 春。

 その言葉は、北の人間たちには特別な感情を伴って響く。

「春が来るのか」

 アルマークは噛み締めるように呟いた。

 北の冬を一人で生き抜いたアルマークにとって、それは、希望と同義だった。

「うん」

 頷くウェンディの隣にアルマークは並んだ。

「南の冬は短いね」

「短いかな」

 ウェンディは首を傾げる。

「きっと、北とは違うんだろうけど」

「そうだね」

 アルマークは頷く。

「南の冬は、優しいよ」

「優しい」

 フードから零れる水滴の向こうでウェンディが目を見張る。

「私にはその感覚がよく分からないけれど」

 そう言ってから、ウェンディは目を伏せた。

「さっきはごめんなさい、アルマーク」

「え?」

 今度はアルマークが目を見張る番だった。

「どうして謝るんだい」

「エストンの態度」

 ウェンディは言った。

「ガライの貴族がみんなああだとは思わないで」

「ああ、そのことか」

 アルマークは微笑む。

「僕は別に気にしていないよ。この学院の外なら、エストンの言うことの方が間違いなく正しいだろうしね」

「でも」

 ウェンディは首を振る。フードの上から水滴がばらばらと散った。

「ここはノルク魔法学院だもの。あなたが彼にあんなことを言われなければいけない理由なんて、一つもないわ」

「ありがとう、ウェンディ」

 アルマークは感謝を込めてウェンディを見た。

「君にはエストンの言うことも分かっていたんだろ。でも、僕のために怒ってくれたね」

 そう言った後で、静かな声で付け加える。

「嬉しかったよ」

 ウェンディは何も言わず、もう一度首を振った。

 しばらく無言の時間が流れ、雨音に混じってウェンディが鼻をすする、すん、という音だけがした。

「……トルクはね」

 やがて、ウェンディが言った。

「やっぱりオルアシュールにはお兄さんの面会に行ったんじゃないかって、エストンが」

「面会か」

 アルマークは頷いた。

「捕まったわけじゃなくて、よかった」

「オルアシュールの近くを、エストンがたまたま通りかかったときに、トルクとすれ違ったんですって」

 ウェンディは言った。

「トルクの両脇を挟むように歩いていた大人二人は、オルアシュールの役人だろうって。子供一人では中に入れないから、手続きのために付いていったんじゃないかって」

「君の予想通りだね」

 アルマークは頷く。

 さすがだ、と言うとウェンディは居心地悪そうに首を振った。

「別に、そんな」

「でも、それじゃあフィッケの聞き間違いかな」

 アルマークは先刻フィッケに聞いたばかりの話を思い出し、そう言った。

「トルクが惨めなざまだった、みたいなことをエストンが話してるのを聞いたって」

「エストンは、自分はそんなことは言っていないって言っていたけど」

 ウェンディの声が少し沈んだ。

「私は、言ったんだと思う。トルクにとっても、きっと愉快な面会じゃないもの」

 ウェンディの言葉に、アルマークの脳裏にまた、険しい顔で誰かと向かい合って座るトルクの姿が浮かんだ。

「知らない大人に挟まれて、トルクも暗い顔をしていたのかもしれないし、それを悪意を持って捉えればそういう言い方だってできるわ」

「そうか」

 アルマークは頷いた。

 オルアシュールの監獄での、兄との面会。

 ガライ王国を揺るがした重罪人である兄と、どんな顔をして向かい合い、どんなことを話すのか。

 それはアルマークには想像のつかない世界だった。

 トルクもまた、厳しい世界を生きている。

 “門”と“鍵”。

 自分たちがその運命を背負うように、ほかの生徒たちもそれぞれがそれぞれの重荷を背負っている。

 望んで背負ったものばかりではないはずだ。

 けれど。

「それじゃ、トルクは学院に帰ってくるんだね」

「ええ」

 ウェンディは頷く。

「帰ってくると思う」

「それならいいんだ」

 アルマークは微笑む。

「あとはデグとガレインにどう説明するかだけだね」

 その笑顔に、ウェンディがちらりと戸惑いを覗かせた。

「もう、それでいいの?」

 そう言って、アルマークの顔を見る。

「私はまだ少し心配だわ。面会のことで、トルクも動揺しているかもしれないし」

「そうだとしても、トルクは自分で立ち上がるよ。いつか僕にそう言ってくれた」

 俺は自分の力で立ち上がる。これまでも、これからもだ。

 トルクがアルマークにそう(うそぶ)いたのはいつのことだっただろうか。

 アルマークは、それでもまだ心配顔のウェンディを見て声を励ました。

「それに、君がエストンに言ってくれたんじゃないか」

「え、私?」

 ウェンディが眉を上げる。

「ああ」

 アルマークはフードを叩く雨音に負けないよう、声を張った。

「ここはノルク魔法学院。僕らはその誇り高き生徒だって」

 その言葉に、ウェンディが目を瞬かせる。アルマークは続けた。

「外の世界ではエストンの言うようにいろいろとあるけれど、この学院の中ではみんなが初等部の学生だ。トルクのお兄さんがどこにいようと、そんなことは僕らの仲間であるトルクとは何の関係もない。そうだろ」

 アルマークは微笑む。

「だって、僕らは魔術師になるためにここにいるんだから」

「……私じゃないわ」

 ウェンディは首を振った。

「それは、もともとあなたが私に言ってくれたのよ」

 ウェンディはその時のことを思い出すように目を細めた。

「僕らは魔術師になるんだって。ノルク魔法学院で待ってるって、冬の屋敷であなたが」

 そう言って、アルマークを見る。

「本当に嬉しかった。だから私にはエストンの言葉が許せなかった。それだけなの」




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― 新着の感想 ―
[良い点] 雨の降る中で続く会話…魔術師になるんだ。現実世界の梅雨時にいい話を読ませてもらいました。
[良い点] それを忘れ無いウェンディの優しさ。
[良い点] 疑念は晴れましたが、エストンの観察力が足りなかった場合は真相が違うことこともあり得るので早く戻ってこいトルク
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