表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

500/708

(閑話)編入前夜

「ねえ」

 セラハの弾んだ声に、キュリメは本から顔を上げた。

 寮の談話室。夕食を終えた学生たちが思い思いにくつろいでいる。

「どうしたの、セラハ」

「341号室ってあるでしょ」

 セラハの目がきらきらと輝いていた。

「341号室」

 キュリメは唇に指を当てて、しばし考える。

「ああ」

 思い当たり、セラハの顔を見た。

「あの、角の一人部屋」

「そう」

 セラハは頷く。

「誰も入っていない部屋」

「そこがどうかしたの」

「誰か、入ってるの」

「え?」

 キュリメは目を瞬かせる。

「どういうこと?」

「だから」

 セラハはじれったそうにキュリメの腕を掴む。

「あの部屋に、人がいるのよ」

「セラハ」

 キュリメはそっとセラハの腕を離して、彼女の少し紅潮した顔を見る。

「それって、モーゲンから聞いた怪談話か何か?」

「違うってば」

 セラハは首を振る。

「本当に、341号室にいるのよ。見たことのない男の子が」

「もしかして」

 キュリメはようやくセラハの言わんとしていることに気付いて、目を見張る。

「誰か新しい生徒が入ってきたってこと?」



「おい、聞いたか」

 にやついたデグの声に、トルクはちらりと彼を一瞥する。

 春の夜風がトルクの髪を微かに揺らした。

「何を」

 トルクは手すりにもたれたまま、険のある顔を暗い庭園に向けた。

「新顔だってさ」

 デグが言う。

「この寮に、新顔が入ったって」

「新顔」

 ガレインが反応した。

「入学式に間に合わなかった1年か」

「いや」

 デグは首を振る。

「聞いた話じゃ、3年だってよ」

「3年」

 普段は無表情のガレインの顔にも、わずかに驚きの色が浮かぶ。

「2年も遅れて来たのか」

「ああ」

「授業、大丈夫なのか」

「知らねえけどな」

 デグは肩をすくめる。

「なんでも、うちのクラスらしいぜ」

「あ?」

 黙って聞いていたトルクが、不意に低い声を発してデグを睨んだ。

「なんだと?」

「いや、だから」

 トルクの鋭い眼光に、デグは居心地悪そうに頭を掻く。

「その編入生、うちのクラスに入るらしいって」

「ふざけんじゃねえ」

 トルクは吐き捨てた。

「どこの貴族だ、舐めやがって。ガライじゃねえな。フォレッタか。ウィルコールか」

「貴族じゃねえみたいだけど」

「貴族でもねえやつが、2年も遅れてここの授業についてこられるわけねえだろうが」

 トルクの剣幕に、デグが顔を強ばらせる。トルクは大きな音を立てて舌打ちした。

「くそ。邪魔くせえな、どいつもこいつも人の目の前をうろちょろと」

 トルクは庭園に目を戻すと、低い声で呟く。

「ぼんくらだったら、さっさと追い出すぞ」



「レイドー、お前見たか?」

「いや、僕も見てないな」

 談話室の一角。ネルソンの問いに、レイドーは首を振る。

「男の子って聞いたけどね」

「男かよ」

 ネルソンは残念そうな顔をした。

「可愛い女の子だったら最高だったのにな。ピルマンは見たのか?」

「僕も見てない」

 ピルマンも首を振る。

「部屋に閉じこもってるみたいだよ」

「下りてきて、挨拶でもすりゃいいのによ」

 ネルソンが言うと、レイドーは穏やかに首を振った。

「みんながみんな、君みたいに前のめりじゃないからね」

「仲良くなるなら、早いほうがいいだろ」

 ネルソンはそう言った後で、レイドーの背後に目を向け、手を挙げた。

「おい、ノリシュ」

 リルティと二人で歩いていたノリシュが、面倒そうな目をネルソンに向けて立ち止まる。

「なによ」

「お前ら、新しく編入生が来たって話、聞いてるか」

「聞いたわよ」

 ノリシュは頷く。

「うちのクラスに来るんでしょ」

「どんなやつか知ってるか」

「知らない」

 ノリシュはそっけなく首を振った。

「その話自体、さっき聞いたところだもの」

「なんだよ、情報が遅えな。普通こういう話は女子の方が早いもんだぜ」

「うるさいわね」

「あ、でも」

 ノリシュの後ろから、リルティが小さな声で言った。

「レイラが、それらしい男の子を見たって」

「おう、ほんとかよ」

 ネルソンは嬉しそうに身を乗り出す。

「それで、レイラはなんだって?」

「うん。あの」

 リルティは言いづらそうに口籠った。

「えっと。ぱっとしない感じだったって」



「聞いたかい、モーゲン」

 談話室の隅。お手製の薬草図鑑をめくりながら、バイヤーが目の前の小太りの少年を見る。

「クラスに一人、男子が増えるって」

「うん。聞いたよ」

 口をもぐもぐと動かしながら、モーゲンは頷いた。

「大変だよね。こんな時期からだなんて」

「また平民らしいって言って、トルクがいきり立ってたみたいだよ」

「怖いなぁ」

 モーゲンは首を縮める。

「いきなり大声で怒鳴ったりするんだよ、きっと。いやだなぁ」

「誰か、一度がつんとトルクをやっつけてくれればいいのにな」

 バイヤーが声を潜めて言う。

「僕以外の誰かが」

「そんなことができるの、ウォリスくらいだよ」

 モーゲンはそう言って、食べていたお菓子をごくんと飲み込んだ。

「新しく来る子は、きっと何も分からないだろうから、親切にしてあげないとね」

「モーゲンは優しいなあ」

 バイヤーは図鑑のページに書き込みをしながら、口元だけで微笑む。

「僕は今のところ、編入生には興味ないな」

「バイヤーは、まあそうだろうね」

 モーゲンはそう言って次のお菓子に手を伸ばした。バイヤーはにこりと笑う。

「特に今はね。やっと冬が終わっていろんな草が芽吹いているところなんだ」

 バイヤーの幸せそうな顔を見ながら、モーゲンはお菓子を口に運ぶ。

「僕は興味あるよ。こんな時期に一人で来る子だもの」

 モーゲンは言った。

「食べるのが好きな子だといいな」

 手を伸ばし、またお菓子をつまむ。

「おいしいお菓子の店を紹介してあげるんだ」



「ウォリス」

 廊下の途中で名前を呼ばれ、3年2組のクラス委員は振り返った。

 ああ、と声を上げて後ろから歩いてくる二人を見る。

「どうした、クラス委員が揃って珍しいじゃないか」

 その言葉通り、歩いてきたのは1組のクラス委員のアインと、3組のクラス委員ルクスだった。

「君のクラスらしいな」

 ウォリスの前まで歩いてくると、アインがそう言った。

「編入生とやらが入るのは」

「そうらしい。耳が早いな」

 ウォリスは薄く微笑む。

「僕も寮に帰ってくる直前に聞いたところなのに」

「もうその話で持ちきりだぜ」

 ルクスが言った。

「まあ、編入生が男って聞いた時点で、うちの連中はいらねえいらねえって騒いでたけどな。特にキリーブがうるさかった」

「むさ苦しいからな、君のところは」

 アインの言葉に、ルクスは顔をしかめる。

「似たようなもんだろ、お前のところだって」

「そんなことはないさ。うちの女子は皆可愛いぞ」

「はあ?」

 呆れた顔のルクスを尻目に、アインはウォリスに顔を向ける。

「この時期に来る編入生に、よく入校許可が下りたものだ。いろいろと事情がありそうだな」

「さて。どうかな」

 ウォリスは涼やかに微笑む。

「僕としてはまあ、やるべきことをやるだけだ」

「あまり君のクラスはまとまっていないように見えるがね」

 アインは言った。

「また一人、おかしなのが増えて大丈夫なのかな」

「成り行きに任せるさ」

 ウォリスは言った。

「個性の強いメンバーだからね。いろいろとぶつかり合うこともある」

「個性が強いと言っても、ルクスのところほどじゃない」

 アインの言葉にルクスが渋い顔をするが、アインは構わず続ける。

「君が手を焼くほどのメンバーとも思えない。わざと放置しているのか?」

「わざと?」

 ウォリスは目を見張った。

「クラスをわざとまとめないクラス委員がどこにいるんだ」

 そう言って、ルクスを見る。

「まとめたくてもまとめきれないクラス委員ならいるかもしれないが」

「おい」

 ルクスが顔をしかめる。

「それ以上言うんじゃねえぞ」

 その時、廊下の向こうから賑やかな声が聞こえてきた。

「アイン、来てくれよ! コールがラープスと!」

「うるさいな、あいつは」

 アインがため息をつく。

「まあ、編入生が入って2組がどうなるか、興味深く見守らせてもらうよ」

 そう言うと、アインは身を翻して声の主の方へ歩き去っていった。

「俺にはとてもアインのような余裕はないけど」

 ルクスはそう言って、人のよさそうな笑顔でウォリスを見る。

「今年は初めての武術大会がある。うちの連中も、今からもう張り切ってるからな。正々堂々、いい勝負をしようぜ」

「武術大会か」

 ウォリスは髪をかき上げた。

「そうだな、ルクス。お互い頑張ろう」

 そう言って微笑む。

「ああ」

 笑顔で頷くルクスに、ウォリスは背を向けた。

 歩き去るウォリスの顔には、ルクスのものとはまるで違う冷たい微笑が浮かんでいた。



「レイラ」

 ウェンディの声に、窓の外を見ながら物思いに沈んでいたレイラは顔を上げた。

「ああ、ウェンディ」

 レイラはごくわずか、口元を綻ばせる。

「どうしたの」

「あなたが、編入生らしき男の子を見たってノリシュたちが言っていたから」

 ウェンディはそう言って、レイラの隣に立つ。

 4階の廊下の窓からは、ところどころにランプの灯の輝く庭園の様子がよく見えた。

「どういう子だったのか、教えてもらおうかと思って」

「私の見かけた子が、編入生かどうか分からないわよ」

 レイラはそう前置きした上で、つまらなそうに言う。

「授業から帰ってくるときに、衛士の人と一緒に寮に歩いてくる男の子を見かけたの。小柄で、みすぼらしい服を着ていたわ。顔までは、よく見えなかったけど」

「そう」

 ウェンディの顔が曇った。

「じゃあ、きっとまた平民の子なんだね」

「トルクのこと?」

 レイラはちらりと横眼でウェンディを見る。

「あなたが気にしているのは」

 ウェンディは、それに無言で頷く。

「トルクの圧力に屈するも屈さないも、その子の資質だわ」

 レイラは言った。

「別にあなたが心配してあげることじゃない」

「うん……」

 曖昧に頷くウェンディを見て、レイラは思い出したように、ああ、と声を上げた。

「その子、一つ変わったことがあったわ」

「変わったこと?」

「ええ」

 レイラは微かに揶揄するような笑みを浮かべ、言った。

「背中に、長い剣のようなものを背負っていたわ」

「剣?」

 ウェンディが目を瞬かせる。

「のようなもの、よ」

 レイラは訂正する。

「何かは分からないわ」

「そう」

 ウェンディは頷いた。

「剣、か」

 庭園を見つめるその目が穏やかに細められるのを見て、レイラは眉をひそめる。

「なんだか、楽しそうね」

「あ、うん」

 ウェンディは微笑んだ。

「あなたの話を聞いたら、なんだか感じた気がしたの」

「感じた?」

 レイラは訝し気に眉を寄せる。

「何を?」

「新しく吹く風、みたいな……」

 ウェンディはそう言ってから、自分の言葉に首を振って笑う。

「ごめんなさい。うまく言えない」

 その顔を、レイラは不思議そうに見た。



 341号室。

 まだ学生たちが廊下や談話室で思い思いに騒ぐこの時間に、ランプの灯がすでに落とされ、真っ暗になった部屋の中。

 微かな寝息が響いていた。

 ベッドで眠る精悍な少年のすぐ傍らには、長剣が立て掛けられていた。

 北から南への長い旅を終えたその日。

 これからまた始まる長い旅のことを知る由もなく、少年は眠っていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
500話にして入校当時のみんな視点!みんなの事を知ったあとだからこそ良いですね。クラスの雰囲気良くなったなぁ。
[一言] この頃のレイラでもリルティと話したりするんですね。レイラ評がきついなあ。 みたことない男の子がいるってセラハがいってるからセラハも目撃者なんですね。 モーゲン残念ながら食べるのが好きな子では…
[良い点] 大分遅くなってしまいましたが、500話ありがとうございます! この節目に編入前夜の話が来るとは… 今との違いが感じられて感慨深いですね [一言] 忙しくて感想も書きたいけど書けない状態が…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ