談話室
「トルクが帰ってこない?」
アルマークは目を瞬かせた。
「ああ」
デグが頷く。
「実は、そうなんだ」
隣に立つガレインも、沈んだ顔でアルマークを見る。
「でも、休暇はあと三日もあるよ」
アルマークは言った。
「授業が始まる前には帰ってくるんじゃないのかい」
「いや、それがさ」
デグはガレインを見る。ガレインも頷いた。
アルマークは、ガレインが何か言うのかと思って少し待ってみたが、結局頷いただけで何も言わなかったので、またデグに目を戻す。
「何かあるんだね。心配なことが」
アルマークがそう言うと、デグは頷いた。
「ああ。トルクは、何だか実家があんまり居心地よくないみたいでさ」
そう言って頭を掻く。
「家の人が迎えに来るから、休暇には必ず帰るんだけどさ。いつも結構早めに学院に帰ってくるんだ」
その言葉に、ガレインがまた頷く。
アルマークは少し待ってみて、ガレインの口が動かないのを確認してから口を開く。
「そうか。家が居心地よくないのか」
居心地のよくない、実家。
学院に来るまで定住生活というものをほとんどしたことのないアルマークには、その感覚がよく分からなかった。
「家族と仲が悪いのかな」
「その辺のことは、トルクも何も言わないから俺たちにも分からねえんだけどさ」
デグはそう言いながら、窓の外を見る。
前夜から冷たい雨が降っていた。
「でも、今までトルクがこんなにぎりぎりになるまで帰ってこなかったことなんてないんだよな」
「考えすぎじゃないか」
アルマークは腕を組んだ。
寮の談話室。
勉強の息抜きに下りてきたアルマークは、雨のせいで外で遊べず暇そうにソファで長々と身体を伸ばしていたコルエンとしばらく他愛もない会話をし、そこに通りかかったカラーからクラン島での土産話を聞いて笑った後で、部屋に戻ろうとしかけたところを深刻そうな顔をしたデグに捕まったのだった。
「冬の休暇は夏よりも短いし」
アルマークは言う。
「トルクにも、何か向こうでやることができたんじゃないかな」
「そりゃ俺たちも、トルクが帰ってくるのが遅いってだけでここまで心配はしねえよ」
デグは両手を組んだ。
「3組に、エストンってやつがいるだろ」
「エストン」
アルマークは、武術大会でネルソンと対戦した体格のいい少年の顔を思い出す。
「ああ、いるね」
「フィッケからのまた聞きなんだけどさ。エストンが言ってたらしいんだ」
デグが声を潜める。
「ガルエントルでトルクを見たって」
「ガルエントル」
アルマークは眉をひそめる。
「そりゃ、ガライ王国の王都だし、ガルエントルにトルクがいてもおかしくないじゃないか」
むしろ、あの大きなガルエントルでエストンがトルクを見かけたということの方がすごい気がした。
「いや、それがさ」
デグはますます声を潜める。
「オルアシュールの監獄」
「え?」
その名前には、アルマークも聞き覚えがあった。
ガルエントルの外れにある、重罪犯たちのための監獄。
「トルクが大人に挟まれて、そこに連れていかれたって」
「まさか」
アルマークは首を振る。
「そんなわけないじゃないか」
「そうだろ」
デグは頷く。
「俺もそう思う」
「何かの見間違いじゃないか」
「そうだろ」
デグがまた頷く。
「俺もそう思う」
「エストンには聞いてみたのかい」
「それができるなら、もうとっくに聞いてるぜ」
「え?」
「エストンは、俺みたいな平民とはまともに口をきいてくれないんだ」
そう言ってデグは悔しそうな顔をした。
「聞きに行ったって、鼻で笑われて無視されるのがオチだ」
アルマークは、自分が3組に顔を出した時のエストンの態度を思い出す。
あの時はもうだいぶ態度は柔らかくなっていたが、確かに初対面の時の印象は良くなかった。
寮への帰り道だっただろうか。エストンもポロイスも、トルクとだけ話してアルマークの方を見ようともしなかった。
「そういうこともあるかもしれないね」
「あいつ、好きじゃないぜ」
デグは鼻を鳴らす。
「人のことを見下してやがるんだ」
「なるほど」
アルマークは腕を組んだ。
「それなら、僕が聞いてみようか」
その言葉に、デグが顔を輝かせる。
「いいのか」
「ああ。僕は何度か彼と話をしたことがあるよ。別にそれほど友好的ではないけれど、話くらいはできる」
「さすがアルマークだ。頼むよ」
デグがほっとしたように手を合わせ、ガレインが大きく頷く。
「任せてくれ」
アルマークはそう言って談話室を出た。
だが、エストンの部屋のドアをノックすると顔を出したのはルームメイトの男子だった。
「エストン? 今日は図書館に行くって言ってたな」
狐を想起させる細面の男子はそう言って眠そうに頭を掻く。
「あいつ、図書館に行くと夕方まで帰ってこないぜ」
「そうか」
アルマークは頷く。
「ありがとう」
身を翻したアルマークの背中に、その男子が声をかけた。
「おい、編入生」
アルマークは振り返る。彼は、確かアインのクラスの生徒だった気がするが。
「僕のこと知ってるのかい」
「まあな」
男子は曖昧に頷く。
「試験勉強はどうだ。一年で三年分の勉強を詰め込むのは大変だろう」
「ありがとう」
アルマークは微笑む。
「大変だよ。こうやってちょっと首を傾けると」
アルマークは首を傾げてみせる。
「耳から勉強したことがぽろぽろとこぼれてしまいそうだよ」
「へえ」
狐顔の男子は目を見張った。
「お前、そんな冗談も言うんだな」
「あれ」
アルマークは真顔に戻る。
「面白くなかったかい」
「面白くはねえけど」
男子はにやりと笑った。
「まあ、頑張れよ」
「ありがとう」
アルマークはもう一度礼を言ってエストンの部屋を離れた。
「そうか。エストンは留守か」
談話室に戻ったアルマークからその話を聞くと、デグは肩を落とした。
「心配だな、トルク」
「エストンからそのことを聞いたのは、フィッケだったよね」
アルマークはガレインを見た。
「ああ」
ガレインは頷く。
「たまたま聞いたと言ってたぜ」
「それじゃあフィッケに聞いてみよう」
「あいつに聞いてもな」
デグが渋い顔をする。
「言ってることがよく分からねえんだよな」
「まあ、そう言わずに。僕も一緒に行くよ」
アルマークは声を励ます。
「フィッケは部屋にいるかな」
「今日は雨だからな」
ガレインは窓の外を見る。
「さすがに森には行ってないと思う」
「雨じゃなくても行くなよ、試験前だぞ」
デグがぼやく。
「まあまあ」
アルマークは気乗りしなさそうな二人の肩を押した。
「フィッケに聞いてみようよ」




