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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十一章

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 翌朝のことだった。

 アルマークは早朝から一人、庭園を歩いていた。

 まだ日の上らないこの時間は冷え込みも厳しい。

 昨日までのクラン島での暑さが、本当に嘘のようだな。

 アルマークは思った。

 世界には、不思議なことがまだまだたくさんある。

 白い息を吐きながら、アルマークは庭園を奥まで歩いた。

 その背には、相棒の長剣があった。

 懐かしい重さ。

 旅の間、ずっとともにあった重さだ。

 アルマークは庭園の奥の、植え込みに囲まれた人目のつかない場所で足を止めた。

 剣を鞘から抜く。

 目の前に、幻の敵。今日は、その姿はどこか“銀髑髏”ギザルテに似ている。

 アルマークは、ゆっくりと剣を構えた。

 目の前の敵と、向き合う。

 それだけで、神経が研ぎ澄まされていく気がした。

 やはり、僕は傭兵の息子なんだな。

 それを改めて感じる。

 命が、剣と結びついている。

 アルマークは一歩踏み込んだ。剣を振るう。

 鋭い風切り音。

 幻の敵が、それをかわした。にやり、と笑った気がする。

 だが、この使い慣れた重さとバランス。

 あの島にお前を持って行っていれば。

 アルマークは思った。

 ギザルテやアンゴルと、もう少しいい勝負ができたかもしれないな。

 もう一度、剣を振るう。幻の敵はまだ捉えられない。

 肩にじわりと痛みが走った。

 クラン島でギザルテに受けた傷。

 痛みはいずれなくなるだろう。だが、傷跡は残る。

 アルマークはまた一歩踏み込み、剣を振るった。

 それでいい、と思った。

 無傷のまま成長していけるほど器用ではない。僕は、身体に刻み込まれた傷とともに、強くなる。

 剣を大上段に振り下ろした。

 ようやく、幻の敵が断ち切られて消える。

 すぐに次の敵が現れた。今度は槍使い。

 アルマークはそちらに構え直す。

 身をよじる。

 突き出された槍をかわしざまの、一撃。

 剣が鋭い音を立てる。

 ああ。いいな。

 こうして剣を振るっていると、無心になれる。心の中にあった余分なものが、汗とともに流れ落ちていくような感覚。

 シンプルでいいんだ、アルマーク。剣にそう言われている気がした。

 難しく考えすぎる必要はない。

 シンプルなものほど硬く、強い。

 アルマークは、時間を忘れて鍛えられた金属の塊を振るい続けた。



 遅い冬の太陽が顔を出し、アルマークは汗だくで植え込みの陰を出た。

 自分の長剣をこんなに振るったのは久しぶりだった。剣の手入れだけは欠かさなかったが、それでもここ最近は試験勉強続きで、本気で剣を振るうことはほとんどなかった。

 お前、弱くなったな。

 ギザルテの言葉が、脳裏に蘇る。

 僕は、弱くなったのだろうか。

 アルマークは考えた。

 魔術師としての道を進んだ先。

 傭兵として、戦場で剣を振るった先。

 僕の強さは、そのどちらにあるのだろうか。

 そもそも、僕の求める強さとは。

 強さ。

 その言葉に、アルマークは不意にウェンディの顔を思い出した。

 その時、寮の方から、すらりとした女子生徒が歩いてくるのが見えた。

 レイラだった。

「レイラ」

 アルマークが声をかけると、レイラは眩しそうに目を細めてアルマークを見た。

「早いわね」

 そう言って近づいてくると、アルマークの背負う剣に目を止める。

「今日は、剣の練習?」

「ああ、うん」

 アルマークは頷く。

「気分転換にね」

「あなたの魂は、剣と結びついているんだものね」

 レイラはそう言って真剣な顔で頷いた。

「聞いたわ、ウェンディから。クラン島でのこと」

「そうか」

 アルマークは頷いて、右手をレイラに差し出す。

「おかげで、もうこの中に蛇はいなくなったと思うよ」

 レイラは、その手を覗き込む。

「感じるの?」

「いや」

 アルマークは首を振る。

「正直、本当にいなくなったのかどうかは分からない。けれど、クラン島で戦った相手は間違いなく闇だった」

「そう」

 レイラは、風で揺れる長い髪を手で押さえた。

「“門”と“鍵”」

 レイラはそう言ってアルマークの目を覗き込んだ。

「ウェンディとあなたにそんな大きな運命が課されていたなんて、知らなかったわ」

「うん」

 アルマークは頷く。

「僕にもあまり実感はないけれど」

 そう言って、苦笑いする。

「それでもこうして時々、闇が僕にそれを思い出させようとしてくる」

「私は、自分でもずいぶん大きなものを背負っているつもりでいたけれど」

 レイラはアルマークから目を逸らし、空を見上げた。

「あなたたちの方がはるかに大きなものを背負っていたのね」

「比べるものではないと思うよ」

 アルマークは首を振る。

「僕やウェンディのは、急に降りかかってきたものだ。でも、君のは」

 そう言って、レイラの整った顔を見る。

「自分から立ち向かうと決めたことなんだろ」

 レイラは微かに笑って首を振った。

「ウェンディからその話を聞かされた時、後悔したわ」

「え?」

「私もあなたの言う通り、クラン島へ行けばよかった」

 レイラはそう言って、普段の彼女よりも少しだけ子供っぽい表情を見せた。

「私も闇の魔術師と戦いたかった」

「ああ」

 アルマークは頷く。

「君やトルクなら、それは悔しがるだろうと思っていた」

「それに」

 レイラは、アルマークの背負う剣の柄を見た。

「私、あなたがその剣を振るうところをまだ見たことがないもの」

「剣を?」

 アルマークは目を瞬かせた。

「だってあなた、泉の洞穴ではマルスの杖を振り回していたでしょう」

「ああ」

 アルマークは苦笑する。

 確かにそうだった。あれが、マルスの杖を杖として使った最初の戦いだった。

「武術の授業で使う剣や、劇で使った木の剣じゃなくて、あなたのその本物の剣」

 レイラは言った。

「話には聞いていたから、気にはなっていたの」

「そうなのかい」

 アルマークは腕を組む。

「でもこの剣は島には持っていかなかったよ。向こうでも、マルスの杖を使って戦ったんだ」

 アルマークは、幽霊船の上での戦いについては、ウェンディにも詳しくは話していなかった。ただ、船の上で拾った剣で亡霊のような敵と切り結んだ、とだけ伝えていた。

 隣で聞いていたモーゲンも、それで大体の事情を察したようで、何も聞いては来なかった。

 “銀髑髏”ギザルテのことは、ウェンディに話すには記憶に新しすぎたし、“陸の鮫”アンゴルの話をするのは、アルマーク自身が辛かった。いずれにせよ、北の傭兵の話をウェンディたちにはしたくはなかった。

「そう。その剣は持って行かなかったの」

 レイラはそう言った後で、不意に不思議な表情でアルマークを見た。

「ねえ」

 その声が、わずかに弾んだ。

「じゃあ、今見せてくれないかしら」

「え?」

「あなたが、剣を振るうところ」

 レイラは言った。その目に、何か切実な色があった。

「見たいの」

「別にいいけど」

 アルマークは頷いた。

「見ても面白いものじゃないと思うよ」

 そう言ってから、ふと思い出して付け加える。

「昔、旅芸人の一座にいた時に、人に見せる剣を少し練習したんだ。そっちの方がいいかな」

「ううん」

 レイラは首を振った。

「シンプルなのでいい」

 そう言って、アルマークが剣を握るのをじっと見つめる。

「あなたがいつも振るように、自然に振ってほしいの」

「分かった」

 アルマークは頷いて、レイラから少し距離を取る。

 剣を抜くと、レイラが息を呑んだ。

「本当に長いのね」

「劇では、モーゲンが短めに作ってくれたからね」

 アルマークは答えて、剣を構えた。

 いつも振るように。

 アルマークの目の前に、また幻の敵が現れる。

 ゆっくりと間合いを取る。

 レイラはアルマークから目を離さない。

 幻の敵が動く。

 アルマークは機先を制するように一歩踏み込むと、剣をそのまま水平に振り切った。

 びゅん、という重く鋭い風切り音が朝の庭園に響き渡る。

 斬った。

 アルマークは剣を構え直して、次の敵に備える。

「ありがとう」

 レイラの言葉に、アルマークは振り向いた。

「もういいのかい」

「ええ」

 レイラは微笑んでいた。

「また、いつか見せて」

「こんなことでよければ」

 アルマークは剣を下ろした。

「いつでも、何度でも見せるよ」





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― 新着の感想 ―
自分の芯をしっかり持っているレイラの雰囲気が好きです。
[良い点] レイラ、好きです [一言] レイラ、居なくなりませんように
[良い点] アルマークがウェンディとは結んでいない約束を、また剣舞を見せる約束を結んだレイラ。 彼女とだけの関係を一つ紡いだという秘密がムズムズニヤニヤしたくなる感情を想起させます
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