帰寮
寮の明かりが見えてくると、ネルソンがもう一度大きく嘆息した。
「ついに戻ってきちまったな」
「私は嬉しいわ」
小さな声でそう言ったのはリルティだ。
「やっと自分のベッドで眠れるから」
「それはあるわね」
セラハが頷く。
「テントに二泊はさすがに疲れるわ」
「俺は何泊でもいいけどな」
ネルソンが言う。
「なんならテントで暮らしてもいいくらいだぜ」
「なら寮の庭にテントでも張って暮らしなさいよ」
ノリシュが呆れ顔で言う。
「そこから学院に通うといいわ」
その言葉にネルソンの顔がぱっと輝いた。
「ノリシュ、お前たまにはいいこと言うじゃねえか」
「えっ」
「そうか。庭にテント張ればいいのか」
「え、嘘でしょ」
「何で今まで思いつかなかったんだろうな」
「本気?」
ノリシュが目を丸くする。
「何考えてるの、この寒いのに」
しかし、その言葉にもネルソンは首を振る。
「寒さなんて、部屋から布団を持ってくりゃいいんだ。そうか、明日から俺、テントで寝ようかな」
「もうやだ、こいつ」
ノリシュが顔を引きつらせてリルティを振り返る。リルティはノリシュの肩に手を置き、慰め顔で頷いた。
セラハが、あはは、と声を上げて笑う。
「面白いね。やってみれば、ネルソン。意外と仲間が現れるかもよ」
「おう」
ネルソンは頷く。
「デグ。お前もやるか?」
「やらねえよ」
デグは即答する。
「この三日間、いっぱい動いたからな。明日からしばらくは、飯の時以外は動かねえよ」
「また何でも浮遊の術でどうにかする気だな」
ネルソンはデグを軽く睨む。
「身体を使え、身体を」
「あんたは少し頭を使いなさいよ」
ノリシュの言葉もネルソンは聞こえないふりで、レイドーを振り返る。
「レイドー、お前もテント泊しようぜ」
「僕もやめておくよ」
レイドーは微笑んだ。
「現実的な話をするとね、ネルソン」
「なんだよ」
「寮の庭に勝手にテントを張ったりしたら、マイアさんが黙ってないと思うよ」
「ぐ」
ネルソンは言葉に詰まる。
「ばれないようにするなら、森にでも張ればいいと思うけど」
「いや、森は」
ネルソンは肩を落とした。
「さすがに寒いし、いろいろと不便すぎるな」
「ありがとう、レイドー」
ノリシュがレイドーを感謝の眼差しで見る。
「ばかを止めてくれて」
「どういたしまして」
レイドーは微笑んだ。
「でも、僕も冬じゃなかったらやってみてもよかったけどね」
「え、嘘でしょ」
ノリシュが目を瞬かせる。
「レイドーのそういうところ、いまだに分からないのよね」
そう言ってセラハが首をひねり、キュリメがその隣で小さく笑った。
「でも、なんだかすごく久しぶりに帰ってきた感じ」
寮へと帰る一行の最後尾。
モーゲンの荷物の片方を持ちながら、ウェンディがアルマークに微笑む。
「たった二泊しかしてないのにね」
「そうだね」
アルマークは頷く。
「すごく色々なことがあったからね」
「うん」
「僕は、また君に命を救ってもらったし」
「それは、もういいの」
ウェンディは笑顔で首を振る。
「忘れて」
「こんな大事なことを忘れられるわけがないよ」
アルマークが言うと、ウェンディはまた首を振った。
「覚えておいてくれるなら、もっと楽しいことがいい」
「楽しいこと」
「だって、冬の休暇の一番の思い出が治癒術の治療だなんて悲しいじゃない」
少し寂しそうな笑顔で、ウェンディはアルマークを見る。
「そうかな」
アルマークは首をかしげるが、ウェンディの表情を見て思い直した。
楽しい思い出にしたいの。
ウェンディはそう言っていた。
闇の魔術師や北の傭兵たちとの死闘。
それは強烈な体験だったが、あの島では楽しかったことも、確かにたくさんあった。
アルマークは初日の夕食のことを思い出す。
「僕は、みんなで食べた夕食が楽しかったよ」
アルマークは言った。
「食事が、とてもおいしいと思ったんだ」
味は分からなかったけれど、あの時の雰囲気が、おいしい、と思わせた。
「うん」
ウェンディは頷く。
「おいしかったね」
その表情が和らぐ。
「私は砂浜でレイドーに水を掛けられたこと」
ウェンディはそう言って微笑む。
「海であんなにずぶ濡れになったの、久しぶり」
「そうだね」
アルマークもその時のことを思い出すと、自然と笑みがこぼれた。
「レイドーはいたずら好きだよね」
「うん。度胸試しでも、悪かったんだから」
「見たかったよ」
そう言って、お互いに微笑む。
「僕ももっといろいろとクラン島のおいしいものを食べたかったけどね」
モーゲンがのんびりと口を挟んだ。
「仕方ない。今日からはノルク島のおいしいものを食べるよ」
「うん。そうするといいよ」
アルマークが答え、ウェンディはくすりと笑う。
「君が嬉しそうに食べているのを見ると、なんだか僕までほっとするんだ」
「それ、分かる」
ウェンディが頷き、モーゲンは眉をひそめた。
「なんだか僕がいつも何か食べてるみたいな言い草だね」
「まさか違うって言うのかい」
「言うわけないじゃないか」
モーゲンの言葉に、三人は顔を見合わせて笑った。
仲間たちと別れ、寮の廊下を自分の部屋へと歩いていると、アルマークは後ろから呼び止められた。
「鍛冶屋の息子」
「やあ、アイン」
アルマークは皮肉な笑みを口元に浮かべて立っている1組のクラス委員に微笑む。
「ただいま」
「この時期に二泊とは、2組の連中は強気だな」
アインはそう言ってアルマークに歩み寄ってきた。
「充実した休みを過ごしたようだな」
アルマークの顔を覗き込んで、にやりと笑う。
「だいぶ疲れているようだ」
「分かるかい」
「分かるさ」
アインは肩をすくめた。
「君ほどのタフな人間が、そんなに疲労を滲ませて帰ってくるとはな。クラン島でどれだけはしゃいだんだ」
「うん。まあ、はしゃがなかったと言えば噓になるけど」
アルマークは頭を掻く。
「いろいろあってね」
その言葉に、アインの目が好奇心できらめいた。
「何かあったようだな」
そう言って、微笑む。
「今度聞かせてくれ」
「そうだね。機会があれば」
アルマークは曖昧に頷いた。
「そういえば、君たち1組もクラン島に行くんだろ」
「ああ。明日出発だ」
アインは頷く。
「無論、僕らは一泊だけだがな」
「それでいいと思うよ。みんな、テントに二泊は疲れるって言っていた」
「最初から分かり切っているだろうに、そんなことは」
アインは呆れたように笑った。
「君たちも元々は一泊の予定だったのだろう。それでやめておけばよかったんだ」
「そうだね」
「楽しいことというのは、物足りないくらいが実はちょうどいいんだ」
アインの言葉に、アルマークは楽しいことに目がなさそうな1組の生徒のことを思い出した。
「そういえば、フィッケはすごく楽しみにしてるんじゃないか」
「まあな」
アインは、ふん、と鼻で笑った。
「あのばか、明日が待ちきれないから今日から庭にテントを張って寝る、と騒いでな」
「え」
「テントを張って布団を運び込んだところで、マイアさんに校舎まで届くくらいの大声で怒鳴られた」
「ああ」
アルマークは頷く。
「そうなるだろうね」
「怒鳴ってもらってよかった。あいつも今日はちゃんと眠れるだろう」
「1組は全員クラン島に行くのかい」
「当たり前だ」
アインは頷く。
「僕のクラスだぞ」
「そうだったね」
アルマークは、アインのいつもの口ぶりを思い出して微笑む。
「1組は君のクラスだったね」
「ああ」
当然のことだと言わんばかりにアインは頷いた。
「僕がいない間の留守を頼むぞ」
「うん」
アルマークは微笑んだ。
「楽しんできてよ」




