寝起き
港から帰ってきたノリシュたちは、焚火の傍でほかの男子と一緒にパンをかじっているアルマークを見て目を丸くした。
「アルマーク!」
セラハが真っ先に嬉しそうに声を上げた。
「もう起きられたの?」
「うん。もう大丈夫だ」
アルマークは頷いて立ち上がる。
それを見てセラハは目を丸くして笑った。
「さすが、タフね」
「ありがとう。君たちに命を助けてもらったおかげだ」
「私たちは、別に大したことはやってないわよ。ねえ、ノリシュ」
「そうね」
セラハに視線を向けられたノリシュは、微笑んで頷く。
「私たちは別に」
「そうそう」
ネルソンが焚火で温めたパンを頬張りながら頷いた。
「こいつは大したことはやってねえよ。俺と同じくらい」
「あんたには言われたくないわよ」
ノリシュがネルソンを睨む。
それを見たセラハが、あはは、と明るく笑う。
「ネルソンのいびき、うるさかったよね」
「そ、そんなことねえだろ」
ネルソンが顔を赤くした。
「アルマーク」
ノリシュは優しい目でアルマークを見る。
「私たちへのお礼の言葉は、全部ウェンディのためにとっておいてあげて」
「うん。でも、僕の気が済まない。みんなにも言わせてほしい」
アルマークは二人の顔を見る。
「ありがとう、ノリシュ。ありがとう、セラハ」
まっすぐに感謝の言葉を口にするアルマークに、セラハは照れくさそうな顔をして、ノリシュの腕をつつく。ノリシュは笑顔で頷いた。
「あなたにそう言ってもらえて、私たちも嬉しいわ」
それからアルマークはその後ろのリルティにも顔を向ける。
「ありがとう、リルティ。僕はあんなに美しい北天の歌を聞いたのは初めてだった」
リルティはその言葉に、恥ずかしそうに目を伏せる。
「補習であなたの歌を聞いておいてよかった」
リルティは小さな声で言った。
「イルミス先生に感謝しないと」
「イルミス先生に」
アルマークは久しぶりにその名を聞いた気がして、思わず微笑む。
「そうだね」
試験までに起こる全てのことを、君の糧としたまえ。
イルミスの言葉が蘇る。
イルミス先生は、この島で何が起きるのか分かっていたのだろうか。星読みである学院長から、何か聞かされていたのだろうか。
そんな感慨に捉われたのは一瞬だった。アルマークは最後に、一番後ろにいた少女に声をかける。
「ありがとう、キュリメ。心配をかけたね」
「私はあまり心配はしていなかったわ。あなたが強いのは知っていたから」
キュリメはそう言って複雑な表情を見せた。
「でも、闇の力が私の予想よりもずっと強かったから、驚いた」
「うん」
アルマークは頷く。
“銀髑髏”。“陸の鮫”。南の地で出会うはずのない、北の傭兵たち。
「とても強かった」
「まさか、あなたがあんな状態になるなんて」
キュリメの瞳が揺れた。
「怖かったわ」
「命を失う、ほんの一歩手前だった」
アルマークの言葉に、ノリシュやセラハも息を呑む。
「でも、生き残れた」
「それって」
セラハがおそるおそる尋ねる。
「アルマークが勝ったのよね」
そう言って、探るようにアルマークの目を覗き込む。
「別の何かが、あなたの身体を乗っ取ったりしてない? あなたの中に何かいない?」
「君の魔女と同じだよ」
アルマークは答えた。
「呪われた剣士アルマークなら、多少は僕の中にいるかもしれない」
冗談めかしたアルマークの言葉に、セラハが笑ってアルマークの腕を叩く。
「これはアルマークね」
セラハは言った。
「このつまらない冗談は間違いないわ」
「確かに」
ネルソンが笑う。
「勝ったのはアルマークだ」
「勝てたのは、僕一人の力じゃない」
アルマークは言った。
「みんなの魔力が背中を押してくれた」
「届いたんだね、僕らの魔力が」
新たな薬草を煮込み始めながら、バイヤーが言う。
「多少は役に立てたわけだ」
「もちろんだよ。多少どころか」
その時不意に、がさがさ、と女子のテントが揺れ、その中で物音がした。
「アルマークの声がしたわ」
慌てた様子のウェンディの声。
「アルマーク、もう大丈夫なの?」
「ああ、ウェンディ」
アルマークはテント越しに呼びかける。
「ありがとう。君にまた命を助けてもらってしまった」
ばさり、とテントの入り口の布が開かれ、ウェンディが顔を出した。
アルマークの顔を見て、その表情がくしゃっと歪む。
「よかった」
心からほっとしたように、そう呟く。
「ウェンディ」
アルマークも思わず頬を緩めた。
「君も、無事で」
「うん」
ウェンディは頷いた後で、はっと何かに気付き、慌てて顔をそむけた。
「見ないで、アルマーク」
「え?」
「私、今起きたばかりでひどい顔をしているから」
「何を言ってるんだ」
アルマークは目を瞬かせる。
「ウェンディにひどい顔なんてない」
「違うの、そういうことじゃなくて」
ウェンディは乱れた髪を手で押さえながら、顔を伏せた。
「昨日はたくさん泣いたりしたし、今は、ちょっと」
「え?」
「ごめんなさい」
そう言って、テントの中に顔を引っ込めてしまう。
「ウェンディ。どうしたんだ」
驚いてそう声をかけ、テントに歩み寄ろうとするアルマークの肩を、レイドーが止めた。
「アルマーク。しばらくウェンディに時間をあげよう」
そう言って、焚火の向こうの海を指差す。
「ほら。海でも見ながら待ってあげたらいいと思うよ」
「いや、でも」
アルマークは戸惑った顔でレイドーを見た。
「僕はウェンディにお礼を言いたいんだ」
「ウェンディがこっちに出て来たら、ゆっくり言ってあげて」
ノリシュがそう言ってアルマークの背中を押した。
「ほら、アルマーク」
モーゲンが手を上げてのんびりとアルマークを呼ぶ。
「僕のスープをもう一杯飲みなよ」
「そうだぜ、アルマーク」
デグがそう言って、それでも女子のテントを心配そうに振り返るアルマークを見てにやりと笑った。
「俺の尊敬するトルクなら、今のアルマークを見てこう言うぜ。な、ガレイン」
デグがガレインの肩を叩く。
ガレインが口を開いた。
「ふん、情けねえ面しやがって。ウェンディは逃げやしねえよ。どっしり構えてろ」
模声の術。それは久しぶりに聞くトルクの声だった。
思わずアルマークも噴き出す。
「そうだね」
そう言って、おとなしくテントに背を向け、モーゲンの隣に腰を下ろす。
「トルクの言う通りだ」
アルマークはレイドーに言われた通り、眼下の海を見た。
昨夜の苦闘が嘘のように、青く穏やかな海。
それを見ながらトルクの声を思い出すと、不思議と落ち着いた気持ちになれた。
「ウェンディは逃げやしねえ、か」
アルマークは呟いた。
確かにその通りだ。
ウェンディは逃げたりはしない。
海風が、アルマークの頬をそっと撫でた。




