目覚め
アルマークは、目を覚ました。
薄暗い。
低く垂れさがった天井。
それを見て、ここがテントの中であることに気付く。
一瞬、混乱した。
普段からテントで寝起きしていた北での記憶が入り交じり、今自分がどこにいて何をしていたのか分からなくなる。
あやふやな気持ちで辺りを見回す。
子供なら十人近くが眠れるであろう大きなテントの中には、アルマーク以外には誰もいなかった。
ゆっくりと上体を起こすと、肩に鈍い痛みが走った。
それが、アルマークの意識をはっきりとさせた。
そうか。これは“銀髑髏”に斬られた傷だ。
船上での苦闘が一気に蘇った。
そっと肩に手を触れてみる。
傷はふさがっていた。
だが、以前イルミスが治してくれたような、完璧な治療ではなかった。
ミミズの這ったような傷跡がそこにはっきりと走っていた。
しかし、傷自体はしっかりとふさがっている。
アルマークは、それが誰の手によるものか理解した。
みんなが、治してくれたんだ。
アルマークは思った。
魔力も尽きかけていただろうに、みんなが僕に治癒術を施してくれたんだ。
アルマークは、足を曲げた。
やはり、鈍い痛みが走った。
右の太腿を見る。
そこにも傷跡があった。
刺し傷なので、肩の傷よりも小さい。だが、はるかに深い傷。
それが、目立たない程度の傷跡となって残っていた。
アルマークはそこに手を触れてみる。
何層もの練りこまれた魔力が、細心の注意を払って流し込まれたのだということが、今でもはっきりと感じられた。
そして、その魔力の主が誰なのか。アルマークには分かった。
分かることが誇らしくもあり、同時に申し訳なく、情けなくもあった。
「ウェンディ」
アルマークは呟いた。
「ごめん」
疲れた身体でここまで繊細な治癒術を施しながら、ウェンディはどんな表情をしていたのだろうか。
それを思うと胸が詰まった。
アルマークはそろそろと身体を動かした。
最初の鈍痛以外、さしたる痛みもなく身体は動いた。
ありがとう。
もう一度、心の中で感謝する。
みんなはどうしたのだろう。
アルマークは急にそれが心配になった。
ギザルテとアンゴルを倒し、幽霊船が崩壊を始めたところまでは覚えていた。
それで闇の罠が終わりだったのかどうか。本当はまだ残っていたのではないか。
みんなはそれと戦っているのか。
アルマークは床に目をやる。
とっさに剣を探している自分に気付いたのは、そこにそっとマルスの杖が置かれているのを見た時だった。
マルスの杖を、守ることができた。
ほっと安堵する。
そのときだった。テントの入り口の布が乱暴に開かれた。
「ぎゃはははは、そんなもん俺だって」
誰かと大きな声で話しながらテントに入ってきたのはネルソンだった。
ネルソンは笑顔のままでテントの中に顔を向け、立っているアルマークを見て目を丸くする。
「アルマーク」
そう言ってから、すぐに外に向かって声を張り上げた。
「アルマークが目を覚ましたぞ!」
「アルマークが目を覚ました!」
ネルソンのすぐ後ろから、デグの声も聞こえた。
「みんな、大丈夫かい」
アルマークはそう言いながら、ネルソンに歩み寄る。
「そりゃこっちの台詞だ」
ネルソンはそう答えて、目を見張ってアルマークを見る。
「おお、歩けるのか。さすが、タフだな」
「みんなのおかげだろう。ありがとう」
「まあ、なんだ」
ネルソンは頭を掻いた。
「目が覚めてよかったぜ。とりあえず、出るか」
「ああ」
頷いて、アルマークはネルソンの背中に続いてテントから出た。
明るい日差しが目を刺す。
太陽はすっかり中天に上っていた。
「アルマーク!」
広場の焚火で、モーゲンが手を振っている。
「お腹空いただろう。こっちにおいでよ」
「お前じゃねえんだから」
ネルソンが苦笑いする。
「起きたばっかりで食えるかよ」
「いや、もらうよ」
アルマークはそう言って焚火に近付く。足には違和感はなかった。
焚火の周りには、ほかの男子たちもいた。
「みんな、ありがとう。僕の傷を治してくれて」
アルマークは、彼らの顔を見回して言う。
一様に疲れた顔をしていたが、その表情は明るかった。
「順番にやったんだ、男子も女子もみんなで」
デグが答えた。
「だから、まあそれほどでもねえよ」
「そうそう。俺たちはその辺で適当に寝たしな」
ネルソンが広場の隅に広げられた布を指差す。
「女子は自分たちのテントで寝たんだ」
ピルマンが言った。
「ずるいよね」
「ずるくはねえだろ、ずるくは」
ネルソンが笑う。
「大変だったね」
アルマークの言葉に、レイドーが笑って首を振った。
「君ほどじゃないさ」
「そうそう」
ネルソンが頷く。
「デグも言っただろ、みんなで順番にやったんだ」
それから、ぽつりと付け足す。
「ウェンディ以外はな」
「ウェンディ」
アルマークが眉を上げる。
「僕たちは実際、残った魔力から考えても君の肩の傷を治すのがやっとだったよ」
レイドーが言った。
「あとはせいぜい、小さな傷を治療したくらいさ。でも、一番ひどかった腿の傷はウェンディがほとんど一人で治してしまった」
「あれ、すごかったな」
ネルソンが頷く。
「俺たちと同じ歳で、あれだけのことができるんだな。正直、震えたぜ」
「……そうか、ウェンディが」
そう言ってから、アルマークは彼女の姿が見えないことに気付く。
「そういえば、ウェンディはどこに行ったんだい」
アルマークは周りを見回した。それに、ほかの女子の姿も見えない。
「ああ。ウェンディな」
ネルソンが答えた。
「治癒術が終わった後でも真っ青な顔でお前の傍から離れないからさ。あとは俺たちで見てるからって、無理やりテントで休んでもらったんだ」
そう言って、女子のテントを指差す。
「よっぽど無理をしてたんだろうな。まだ起きてこねえ」
「そうか。休めたのなら、よかったよ」
アルマークは感謝を込めて、そのテントを見た。
「ノリシュたちは港に行ってるよ」
レイドーの言葉に、アルマークは目を瞬かせる。
「港に? どうして?」
「帰りの船を一日遅らせるためさ」
レイドーは答えた。
「君がいつ目を覚ますか分からなかったからね。命に別状はないと分かってはいたけれど、ここから君を無理に動かすくらいなら、一日様子を見ようという話になったんだ」
「俺たちもせっかく建てたテントで寝てねえからな」
ネルソンがそう言ってにやりと笑う。
「今日はゆっくり休んで、明日帰るほうがいいだろ」
「ああ、そういうことか」
アルマークは頷く。
「あれからおかしなことは起きなかったかい」
「ないない。何もねえよ」
ネルソンが手を振る。
「おかしな魔物ももう出なかった」
「そうか。それならよかった」
「まあ座りなよ、アルマーク」
鍋をかき混ぜながら、のんびりとした口調でモーゲンが言った。
「パンもあるし、バイヤーの煮ている薬湯ももうすぐできるよ」
「この島で採れた薬草を使ってるんだ」
モーゲンの向かいに座るバイヤーがそう言って胸を張った。
「これを飲んで一晩寝れば、ずいぶん元気になるよ」
「薬湯か。いいね」
アルマークは微笑む。
「ちょうど、喉が渇いていたんだ」
その言葉に、みんなが噴き出す。
「間違いねえ。もう元気になったな、アルマークは」
ネルソンがそう言ってアルマークの肩を叩いた。




