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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十章

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「意外だな」

 アルマークは慎重にギザルテとの間合いを測りながら、言った。

「面白いとか、つまらないとか」

 ゆっくりと右に廻りながらそう呼びかける。

「あなたは戦いにそういうことを持ち込まない人だと思っていた」

「言うじゃねえか」

 ギザルテは笑った。

「俺だって、別に持ち込みたくて持ち込んでるわけじゃねえ」

 そう言うと、ギザルテは剣を下から擦りあげるように振り上げた。まるで空気が切り裂かれるかのような音。

「だが、お前を殺す以外にすることがねえんだ。だったら、楽しむしかねえだろう」

「僕を殺す以外に、することがない」

 アルマークは眉をひそめる。

「僕を殺したら、あなたは自由になれるのか」

「消えるだけだ」

 ギザルテは言った。

「元の土くれになってな」

「だったら」

「だが、お前を殺さなきゃならねえ」

「どうしてだ」

 アルマークは、魔力を練りながら、じりじりと動く。

「僕を殺せば消えてしまうのなら、僕を殺さなければずっと存在していられるじゃないか」

「植え付けられてる」

 ギザルテは、自分のこめかみを軽く叩いた。

「お前を殺さなきゃならんという意思をな」

 誰に、とは聞かなかった。それはこの罠を作り出した術者に決まっていた。

「あなたほどの男が」

 アルマークは言った。

「闇の魔術師に好き勝手に操られるのを見るのは、つらい」

「響かねえよ、俺にはその類の話は」

 ギザルテは口元を歪める。

「俺は、それだけのことをしてきた男だ」

 そう言うと、笑顔を引っ込めた。

「だから、暇つぶしの相手が魔術師気取りのガキじゃ困るんだよ。せめて、きっちりと剣をぶつけ合える相手じゃねえとな」

「魔術師気取りじゃない」

 アルマークは答える。

「僕は、魔術師だ」

 その答えに、ギザルテは呆れたようにため息を吐いた。

「どうしても魔術師ごっこがしてえんだな」

 冷たい声で言い、アルマークを見る。

「それなら、魔術師のままで死にな」

 話は終わりだと言わんばかりに、ギザルテが前に出た。

 その時にはもうアルマークも魔力を練り終わっていた。

 アルマークが杖を突き出すのと、ギザルテが身体を床に投げ出すのは同時だった。

 甲板の床板が弾け飛ぶが、ギザルテは素早く立ち上がり疾走を始めていた。

 その速さは、先ほどの二人とは段違いだ。

 だが、アルマークはギザルテと自分との間のそこかしこに伏雷の術を仕込んでいた。

 どこでもいい。稲妻を踏んで、身体が硬直したところで首を飛ばす。

 ギザルテの動きを見ながら、杖に風切りの術のための魔力を装填する。

 しかし、ギザルテはアルマークの目当ての場所の直前で跳躍した。

「見えてるんだよ」

 着地したギザルテは、嘲笑とともに吐き捨てる。

「ちらちら、ちらちらと目を動かしやがって。そんな小細工はお見通しだ」

「くっ」

 アルマークは身を翻した。

 まさか、わずかな目の動きだけで、こちらの罠を見抜いたというのか。

 とても信じられなかったが、事実ギザルテは伏雷の術が仕込まれた場所だけを悠々と飛び越えてアルマークに迫った。

 距離を取ったアルマークは、杖を振るって無数の空気弾を放つ。ギザルテの前面の空間全てを覆うような空気弾の群れ。

 止まれ。

 だが、その瞬間にギザルテは半身になった。剣を自分の前にかざし、アルマークに晒す部分をほとんどなくすと、そのままの勢いで空気弾の中に突っ込む。

 いくつもの小さな空気弾がぶつかるが、ギザルテは怯まなかった。むしろ口元に皮肉な笑みさえ浮かべていた。

 止まらない。

 それでもアルマークは、準備していた風切りの術をギザルテに向けて放った。

 ギザルテは走る速度を落とすことすらなく、それを避ける。

 最後の一足。

 その速さこそ、ギザルテの真骨頂だった。

 ギザルテがアルマークを自分の間合いに捉える。

 ここだ。

 アルマークは歯を食いしばった。

 自分の魔法ではギザルテを止めることができないのは分かっていた。

 だから、この一撃に賭けていた。

 ギザルテの腕が唸りを上げる。

 アルマークを両断せんとする鋭い一刀。それを、アルマークはマルスの杖でかろうじて受け止めた。

 その瞬間、激しい火花が散った。

 アルマークは仕込んでいたのだ。特大の伏雷の術を、マルスの杖自体に。

 杖に込められていた強力な電撃が、ギザルテの身体を貫く。

 ギザルテが目を見開いて硬直した。

 今だ。

 この距離なら、直接、杖の打撃を叩きこむ方が速かった。

 アルマークはギザルテの首筋に、必殺の一撃を叩きこもうとする。

 だが、その瞬間に気付いた。

 ギザルテの目が、まだ光を失っていない。

 まさか。

 とっさに身をよじる。

 血しぶきが舞う。アルマークは必死に飛びのいて二刀目をかわした。

 肩から胸にかけてを、浅く斬られていた。

 そのまま打撃を叩きこんでいたら、確実に致命傷を受けていただろう。

「まさか」

 アルマークは肩を押さえてさらに飛びずさりながら呻いた。

 電撃は確かにギザルテの身体を貫いたのに。

「動けるなんて」

「言っただろう」

 身体から焦げ臭い煙を立ち上らせながら、ギザルテは凄絶な笑顔を見せた。

「お前の考えてることなんざお見通しだって」

 そのまま、足を一歩踏み出す。

 足も動くのか。

 信じられない気持ちでアルマークは目を見張った。

「来ると分かってりゃ、大抵のことは耐えられる」

 ギザルテの身体が、ぐん、と大きくなる。

 横殴りの一撃。

 すさまじい速度の一撃を、アルマークは受けきることができなかった。

 伝説に近い魔法具であったとしても、所詮、杖は杖。剣ではない。衝撃を受け流すことができなかった。

 甲板を血で赤く染めながら、アルマークは転がった。

 強い。

 そんなことは分かっていた。だが、それ以上に強い。

「お前が選んだんだぜ、魔術師を」

 ギザルテは言った。

「わざわざ弱くなる道を、自分でな」

 追いかけてきた次の一撃を、アルマークは床を転がることで何とかかわした。

 しかし、それが限界だった。

 ギザルテはそのまま見逃してくれるような甘い相手ではなかった。

「傭兵を選べなかった負け犬だ、お前は」

 ギザルテは剣を大きく振りかぶった。

 もうかわす余裕はなかった。

 マルスの杖で受け止めきれるような斬撃ではないことは、アルマークにも分かっていた。

 僕は、間違えたのか。

 心をよぎる絶望。

 魔術師を選んだことが、僕の誤りだったのか。

 ならば、最初から剣で戦えばよかったのか。

 冬の屋敷で勝ったのは、純粋な剣の実力のおかげではない。それだけで勝てる相手ではないことはアルマーク自身が一番よく知っていた。

 死ぬ。

 アルマークは悟る。

 僕は、死ぬ。


 偽りの言葉に耳を傾けないでね。


 不意に声が甦った。

 誰の声だ。考える間もなく、別の声が光のように脳裏をよぎる。


 生き延びることだ。それを、何よりも優先しろ。他は全部後回しでいい。


 初めて戦場に出るアルマークに、父が掛けてくれた言葉。

 床を這うアルマークの手に、硬いものが触れた。


 あなたには。


 甲板を踏み抜かんばかりの勢いで、ギザルテが踏み込んできた。

 床に転がったままのアルマークに、とどめの一刀を浴びせる。


 選ばなければならない義務なんて、ないのよ。


 金属と金属のぶつかり合う、鋭い音が夜の空気を切り裂いた。

「おい」

 ギザルテが口元を歪める。

「何を握ってやがる」

 ギザルテの剣を受け止めたのは、アルマークの持つ剣だった。

 それは、ギザルテから投げられ、アルマークが拾うことを拒否して放り捨てた剣。

「てめえ、魔術師になったんじゃなかったのか」

 ギザルテが嗤う。

「なんで杖を捨てた」

 床に転がる、マルスの杖。自分でも、それがなぜかは分からなかった。

「中途半端な野郎だ」

 ギザルテが剣を振りかぶる。

 もう一撃。

 それをアルマークの剣はしっかりと受け止めた。

 刃が、ギザルテの剣の下できしむような音を立てて滑る。

「ちっ」

 その不穏な動きに、ギザルテは身を引いた。

 距離を置き、アルマークがゆっくりと立ち上がるのを見て低く笑う。

「おい、嘘つき小僧」

 ギザルテは言った。

「お前、泣いてんのか」

 その言葉通りだった。アルマークの頬を涙が伝っていた。

「そうみたいだ」

 アルマークは頷いた。

「涙が出る」

 そう言って、ゆっくりと剣を構える。

「あなたの強さに」

 迷いのない、ギザルテの強さ。同じ北の人間として、感動すら覚えるほどの。

「自分の弱さに」

 魔術では、どうしても勝てなかった。生き延びるために杖を手放した自分の不甲斐なさ。

 そして。

 自分でも、思わなかった。

 ギザルテの剣を自らの剣で受け止めた。それだけで、こんなにも胸が震えるとは。

 剣が、こんなにも自分の魂の深いところと結びついているとは。

「剣を使うよ」

 アルマークは言った。

「僕にはまだやることがある。ここで死ぬわけにはいかないんだ」





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― 新着の感想 ―
両方使えばいいと思うんだ。だって君の力じゃないか。
[良い点] 杖を剣に魔法で変化させた場合イメージ力の補強とかの本来あった効果は消えちゃうんですか? [一言] 頑張ってください
[一言] アルマークにとっての剣は、自身を形作る重要な要素なのだし、捨てなきゃならないものでもないはず。 全部持ったまま生きたっていい。
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