悲鳴
アルマークとノリシュが茂みから姿を現すと、ウェンディとセラハが安心したように声を上げた。
「よかった、二人とも帰ってきた」
「もう、心配したよ」
「怖かっただろ、二人とも」
ピルマンもそう声をかける。
「うん。僕も少しびっくりしたよ」
アルマークが素直に頷くと、ウェンディが目を見張る。
「えっ。アルマークまで」
「うん。怖かったよね、ノリシュ」
「ええ」
ノリシュは疲れた表情で頷いた。
「ほんとにあいつら、能力の無駄遣いだと思うわ」
「ネルソンの悲鳴が聞こえたけど」
セラハが笑いを嚙み殺して言う。
「度胸試しはまだ続けられるの?」
「そうね、残念だけど」
ノリシュは頷く。
「まだまだ元気いっぱいだったわ」
「……だって、ウェンディ」
セラハがウェンディを振り向く。ウェンディは苦笑いして頷いた。
「仕方ないね」
「そういえば、木札とやらは取ってこれたのかい」
レイドーに尋ねられ、アルマークは持ち帰ってきた木の札を取り出した。
「ああ、これだよ」
それを見たノリシュが顔をしかめる。
「こういうところがむかつく」
「あはは」
セラハが笑う。
「かわいいじゃない」
明るいところでじっくりと見るまでアルマークたちも気付かなかったが、木札には、ネルソンの似顔絵が描かれていた。
「これ、ネルソンが自分で描いたんだね」
ウェンディが言うと、ノリシュは頷く。
「そこがむかつくのよ」
「でも、かわいいよ」
ウェンディは微笑む。
「ちゃんと自分の特徴を捉えてる」
「僕には描けない。ネルソンは才能の塊だな」
アルマークが言うと、ノリシュが嫌そうな顔で首を振る。
「だめよ、アルマーク。そういうことを言うと、本当に調子に乗るから」
「そうかな」
「さて、それじゃ僕らもそろそろ行こうか、ウェンディ」
レイドーがそう言って茂みに向き直った。
「うん。ああ、緊張する」
笑顔で胸に手を当てると、ウェンディはレイドーの隣に立った。
「気を付けてね、ウェンディ」
ノリシュが言う。
「あの三人、魔術祭の劇の演出くらい本気だから」
「分かった」
ウェンディが頷く。
「レイドー、ウェンディのことよろしく頼むよ」
アルマークの言葉に、レイドーは笑顔で頷いた。
「手をつなぐけど、怒らないでくれよ」
「どうして怒るんだい」
アルマークが目を瞬かせるのを見て、ウェンディが少し複雑な表情をする。
「さあ、行こう」
二人が並んで茂みの中に消えていく。
「レイドーの悲鳴が聞けたら、結構貴重だと思うわ」
セラハが微笑んだ。
「めったに取り乱さない人だから」
「あれ、みんな何してるんだい」
急に、緊張感のない間延びした声が背後から聞こえ、アルマークたちは振り向く。
「モーゲン、起きたのか」
アルマークの言葉に、テントから上半身だけ出したモーゲンは、頷いて伸びをしながら大きな欠伸をした。
「うん。星でも見ながら夜食を食べようと思ってね」
「まだ食べるの」
セラハが呆れた顔をする。
「そりゃそうだよ。僕が何をしに来たと思ってるんだい」
モーゲンは言いながらテントからもぞもぞと出てきた。その手には、寮から持ってきたのだろう、いつものお菓子の袋が握られている。
「それで、みんなは何をしてるの? ネルソンたちは?」
「ああ、これはね」
アルマークが説明すると、モーゲンは、うへえ、と言って肩をすくめた。
「僕は寝ていてよかったよ。度胸試しなんて僕には絶対無理」
「君の勇気は、こういうことでは測れないからね」
アルマークが頷くと、モーゲンは居心地悪そうに頭を掻く。
「いや、そういうことじゃなくってね」
「ちょうど女子はリルティが残ってるよ」
バイヤーがいたずらっぽく言う。
「僕らの後に二人で行くといいよ」
「バイヤー、余計なこと言って」
「絶対だめ」
モーゲンとリルティの声が同時に上がり、アルマークたちは笑った。
「まあ、みんなの頑張りをここで見させてもらうよ」
モーゲンはそう言って、のんびりと焚火の脇の椅子代わりの石に腰を下ろす。
やがて、茂みの奥からウェンディの悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあああっ」
悲鳴と言えば悲鳴だが、その声には楽しそうな響きが混じっている。
「ウェンディ、なんだか楽しそうね」
セラハの言葉に、モーゲンがのんびりと頷く。
「そりゃそうだよ。ウェンディは僕らの中で一番勇気があるからね。たとえ本当の魔物が相手でも怯まないもの」
「そうだね」
アルマークは頷いた。
冬の屋敷。夜の薬草狩り。そして魔術祭でのライヌルとの闘い。
少なくともアルマークの目の前では、ウェンディは未知の脅威を前にしても一度として怯んだことはない。
「まあ、ウェンディはそうだよね」
セラハも頷く。
「あとはレイドーの悲鳴が聞こえれば満足」
「レイドーはどうかなぁ」
ノリシュが首をかしげる。
「ネルソンたちの生態に詳しいから。驚かなそう」
「そうかもしれないね」
頷いたのはリルティだ。
「レイドー、すごくみんなのことをよく見てるもの」
「確かにね」
アルマークは頷く。
「ネルソンたちの仕掛け、レイドーには全部予想がついていそうだ」
「でも」
キュリメが珍しく口を挟んだ。
「よく分かっているからこそ、悲鳴が上がるかもしれない」
「え?」
セラハが目を瞬かせたときだった。
「うわああああ」
茂みの奥から、レイドーの悲鳴が聞こえてきた。
ウェンディのものと違い、心からの恐怖で上げた悲鳴に聞こえた。
「ほんとだ」
セラハが目を丸くして振り返る。
「よく分かったね、キュリメ」
「あのレイドーが、あんな声を」
アルマークもモーゲンと顔を見合わせる。
「何かあったのかな」
「きっと、ウェンディが一人で帰ってくるよ」
キュリメはそう言って微笑んだ。
「え、大丈夫?」
ノリシュがさすがに心配そうな顔になる。
「キュリメ。それって笑っていていいことなの?」
「大丈夫だと思う」
キュリメは頷く。
果たして、しばらくしてから茂みを揺らしながら帰ってきたのはウェンディただ一人だった。
「ウェンディ」
アルマークは声を上げた。
「大丈夫だったかい。レイドーは」
「ああ、うん」
ウェンディは苦笑いする。
「向こうに残るって」
「残る?」
きょとんとするアルマークに、キュリメが補足した。
「レイドーって実はネルソンたちと同じくらいいたずら好きなのよ。学校ではあまりそういうところを見せないけど」
「言われてみれば」
アルマークは、今日この島についてからの、自分たちの頭の上から海水を落としたり、ウェンディとのことをからかったりしていたレイドーの姿を思い出して頷く。
「そうかもしれない」
「だから、度胸試しをすることになってからも、ずっと自分が脅かし役に回りたくてうずうずしていたでしょ」
キュリメは言った。
「そういえば、そんなことを言ってたわね」
ノリシュが頷く。
「だから、絶対に向こうに残ると思ったの」
キュリメの言葉に、みんなが感心のため息を漏らした。
「なるほど、そういうことか」
セラハが納得したように頷く。
「兄弟が多いもんね、レイドー。本当のレイドーってすごくわんぱくでやんちゃなのかもね」
「でも、それじゃああの悲鳴は?」
モーゲンが訊くと、キュリメは自分で答えずに小首をかしげてウェンディを見た。
「ああ、あれはね」
ウェンディが代わりに口を開く。
「全部終わって、木の札をとった後で、レイドーが突然何もない方を見て悲鳴を上げたの」
そう言って、思い出したように口元を綻ばせる。
「ネルソンが、そっちに本当の幽霊が出たのかと思って、すごくびっくりしてた」
「そういうことか」
モーゲンが笑う。
「レイドーは人が悪いよ」
「でも、そうしたら私たちの時は、レイドーまで脅かしてくるってこと?」
セラハが顔をしかめる。
「バイヤー。絶対手を離さないでね」
「珍しい薬草さえ見付けなければね」
バイヤーの答えにみんなが笑う。
「お疲れ様」
取ってきた木の札をノリシュに渡したウェンディが自分の隣に立ったので、アルマークはそう声をかけた。
「君はなんだか楽しそうだったね」
「たまには大きな声を出すのもいいね」
ウェンディはそう言って、少し上気した顔で微笑む。
「ネルソンたちに感謝しないと」
「僕はまだまだみんなのことを知らないんだなって思ったよ」
アルマークはそう言って、木の札に描かれた別バージョンのネルソンの似顔絵にノリシュが文句をつけているのを見て微笑んだ。
「知らなかったことが分かるのは楽しい」
「知っていけるよ」
ウェンディは、そっと答えた。
「これから、もっともっと」




