野営場
野営場は、砂浜のある海岸を見下ろす高台にあった。
入り口の管理人小屋で、人の良さそうな老管理人に挨拶をしたアルマークたちは、ようやくテントを広げられる広場にたどり着き、一息ついた。
「やっと着いた」
モーゲンが荷物を投げ出すように地面に置くと、天を仰ぐ。
「喉渇いたよ」
「俺も渇いた」
ネルソンが同意の声を上げる。
「水場は近くにあるのかい」
アルマークが尋ねると、レイドーが広場の奥の茂みを指差す。
「向こうに井戸があるんだ」
「水は少ししょっぱいけどな。まあ飲めないほどじゃねえよ」
ネルソンが補足する。
「本当の真水を飲みたかったら、もっと奥に行ったところに水浴びまでできる池があるんだ」
「なるほど」
アルマークは頷いた。
「じゃあモーゲン。井戸まで行こう」
「井戸までなんて待てないよ。僕はここで飲む」
モーゲンはそう言って自分の手から湧水の術の水を吹き出させると、ごくごくと飲み始めた。
「あーあ。自分の魔力を飲んじまって」
ネルソンが苦笑いする。
「みんなの分も汲んできてやるよ。行こうぜ、アルマーク」
「ああ」
アルマークとネルソンは仲間たちの水筒を預かると、連れ立って歩き出した。
井戸は、さして遠くない木陰にあった。
二人で水を汲み、両手いっぱいに持ってみんなのところに戻る。
「ほら、モーゲン。ちゃんとした水も飲め」
ネルソンが笑いながら水筒を投げる。
モーゲンは危なっかしくそれを受け取り、ありがとう、というお礼の言葉もそこそこに水を飲み始めた。
「そういえば」
みんなで日陰に車座になり、ひとしきり喉の渇きを潤した後で、アルマークはふとネルソンを見た。
「ネルソン。船に乗る前に、幽霊船の話をしていたじゃないか」
「ああ」
「僕はきちんと聞いていなかったけど、あれって具体的にはどんな話なんだい」
「うーん、それがな」
ネルソンは頭を掻く。
「まあ、そんなに大した話でもなかったんだけどさ」
「そうなのか」
「要は、この島には小さな漁村しかないからさ」
ネルソンはそう言って、港の方角を顎でしゃくる。
「この辺の海を行き来しているのは、俺たちの乗ってきた連絡船か島の人達の漁船くらいしかないはずなんだけど」
「うん」
「真夜中とか明け方とか、そういう時間に、沖合に大きな船が漂っているのを見た人がいるんだってさ。甲板に人がいるのも見えたらしい」
「それって」
アルマークは眉をひそめる。
「本当の船じゃないのかい」
ネルソンは肩をすくめる。
「本当の船だったら、寄港もしないで何日も同じ島の周りをぐるぐる回ってはいねえだろ」
「それもそうだね」
アルマークは頷く。
「不思議な話だね」
「ああ。だけど、なんか地味だよな」
ネルソンは少し不満そうな顔をする。
「もっとこう……船と一緒にたくさんの人魂が飛んでるとか、見た者は正気を失うとか、そういういかにもな話があればよかったんだけどな」
「いや、よくはないと思うけど」
「まあ、そうなんだけどさ」
ネルソンは頷いてから、不意に思い出したようににやりと笑った。
「とはいえ一応は、デグとガレインと一緒に、真夜中に海岸に行ってみようって話をしてるんだ」
「へえ」
「見られるもんなら見てえからな。帰ってから他のクラスの連中にも自慢できるし」
ネルソンはそう言って、アルマークの肩を叩く。
「お前も興味があったら来いよ」
「分かった」
アルマークは頷く。
「でも、今日はみんな、それ以外にも色々とやることがあるんだろ。楽しみだね」
「おう」
ネルソンが笑顔で頷くと、レイドーが、よし、と言って立ち上がった。
「それじゃあ、テントを建てようか」
「よっしゃ」
ネルソンが元気よく立ち上がる。
「女子が来る前に片付けちまうか」
「よし。やろう、アルマーク」
水を飲んで休憩して、少し元気の出たらしいモーゲンが立ち上がってアルマークに頷いた。
「そうだね」
アルマークも頷いて、自分の運んできた支柱の束を縛っていた紐をほどく。
「大丈夫。この程度のテントならすぐに作れるよ」
アルマークたちが協力して、大小一つずつのテントを建て終えた頃、道の向こうに女子たちが姿を現した。
「おー、すごい。建ってる建ってる」
セラハのはしゃいだ声がする。
「立派なもんじゃない」
「お疲れ様」
先頭のノリシュが手を振った。
「お昼買ってきたよ」
「やった」
モーゲンが両腕を挙げて喜びを表した。
「僕はこの瞬間のために生きてきた」
「大げさだな」
ネルソンが苦笑する。
「とも言い切れねえからな。モーゲンの場合」
「モーゲン、頼まれたの買ってきたよ」
ウェンディが手に持った紙包みを振った。
「やった! ありがとう、ウェンディ」
モーゲンが満面の笑顔で手を振った。
港で男女別に分かれる前に、モーゲンがウェンディに何か小声で話していた姿を、アルマークは思い出す。
「モーゲン、何を頼んだんだい」
「海で捕れた白身の魚を挟んだパンがこの島の名物なんだけどね」
モーゲンは答える。
「魚も美味しいんだけど、実は貝を挟んだパンが絶品なんだよ。でもあんまり数がないから」
「だから小声で頼んでたのか」
アルマークが合点のいった顔をすると、モーゲンは困った顔をした。
「ごめん、全員分はないだろうと思って」
「いいんだ。僕はお腹に入れば何を食べても」
アルマークは笑顔で首を振る。
「自分で食べるより、君が好きなものをおいしそうに食べている姿を見るほうが嬉しい」
アルマークたちは木陰に設えられたテーブルに集まった。
「本当に、貝のパンは人気なんだね」
アルマークの隣に座ったウェンディが言った。
「もうこれ一個しかなかった」
「そうでしょう」
ウェンディからパンを受け取ったモーゲンは嬉しそうに目を細める。
「魔術祭の時に、この島の人達がお店を出してたから絶対に買おうと思ってたんだけどね。早々に売り切れちゃって」
「モーゲンが買えないなんてよっぽどだな」
ネルソンが眉を上げた。
「うん。一生の不覚だったよ」
モーゲンは深刻な表情で頷く。
「だからこの島に来る話が出たときから、絶対に食べようと思ってたんだ。しかも、この空腹」
モーゲンは自分のお腹をぽんぽんと叩く。
「待った甲斐がある。最高だよ」
「そこまで求めてたんなら、おいそれと一口くれとも言えねえな」
ネルソンが苦笑する。
「ほかのパンもいろいろあるから。挟んである魚も何種類もあるんだよ」
ノリシュがとりなすように言う。
「さあ、食べ始めましょう」
昼食は和やかに進み、おいしさのあまり感涙にむせんだモーゲンが、明日も絶対これをもう一つ食べて帰る、と宣言したりもしたが、その後で自然と、これからの予定を話し合うことになった。
「俺は砂浜で遊ぶ」
ネルソンが真っ先に言った。
「クラン島に来たからには、海で遊ばねえと」
「僕もそうするよ」
とレイドー。
「海に入るほどの気温じゃないけど、波と砂があれば楽しめるしね」
「僕は向こうの岩場で釣りをするよ」
モーゲンが三個目のパンを食べながら言った。
「管理人さんの小屋で釣り竿を貸してくれるんだ」
「僕も釣りをしよう」
ピルマンが言った。
「夕食は期待しててよ」
「俺はネルソンたちと海に行くけど」
デグがガレインを見た。
「ガレインはどうする」
「俺は釣りだ」
ガレインの答えに、セラハが目を丸くする。
「デグとガレインが別れた」
「どうしたの」
ノリシュも心配そうな顔をする。
「テントを建てるとき、何かあったの」
「何もねえよ」
デグが苦笑いした。
「俺達だって、たまには離れるぜ。年がら年中一緒なわけじゃねえってば」
デグの言い方がおかしくて、みんなが笑う。
「私はせっかくだから、最初は砂浜の方に下りようかな」
ノリシュが言い、リルティもそれに頷く。
「ええと、私は」
キュリメが遠慮がちに言いよどむのを見て、セラハがその肩を抱いた。
「キュリメは、水がそんなに好きじゃないしね。私と一緒に岩場の方に行って、モーゲンたちの釣りでも見よう」
そう言ってから、付け加える。
「あの辺、去年来たときは野良猫が結構いたんだよ。今年もいるかなあ」
「そうなの? 見たい」
キュリメが微笑んだ。
「触るのはちょっと怖いけど」
「アルマークはどうするの?」
ウェンディに尋ねられ、アルマークは腕を組んだ。
「うーん……ウェンディは?」
「私は、ノリシュたちと砂浜に行こうかな。せっかくだし」
「そうか」
「もしかして」
バイヤーがアルマークの表情を見て微笑んだ。
「僕の手伝いをするって言ったことを気にしてるのかい。それならお構いなく。僕は一人のほうがやりたいようにやれるから」
「大丈夫かい」
「もし人手が必要なら、魔法でどうにかして知らせるよ」
バイヤーは片目をつぶってみせた。
確かに魔法を使えば、多少離れたところにいても異変を知らせることはできるだろう。
アルマークは頷く。
「分かった。じゃあ僕も砂浜に行くよ。その後でモーゲンたちの釣りも見に行こうかな」
「おっ、欲張りコースだな」
ネルソンが笑って立ち上がる。
「そうと決まれば、さっそく行こうぜ」
「みんな、夕食の準備までにはまたここに戻ってね」
ノリシュのその言葉を合図に、みんなが立ち上がった。




