到着
船は、クラン島の岸壁にへばりつくような小さな港に、無事到着した。
アルマークたちは、船員たちにお礼を言って順番に船を降りる。
「クラン島上陸!」
ネルソンが両手を挙げて叫びながら、島に降り立った。
「さあ、こんな重っ苦しいのはもう脱ぐぜ」
そう言って、防寒の外套を勢いよく脱ぐ。
「確かに、もうこういうのを着ている気温じゃないな」
アルマークは頷いた。
照りつけてくる日差しは、まるで夏のそれだ。
木々も夏のように青々とした葉を茂らせている。
肌で感じる気温も盛夏とまではいかないが、秋の初めくらいの暑さに思える。
アルマークはネルソンに倣って上衣を脱ぎ、身軽になった。
「上着は、島を出るまではお役御免だね」
「そういうことだね」
アルマークの隣でウェンディが頷いた。
ウェンディもいつの間にか脱いだコートを手に持っている。
「やっぱり暑いなぁ」
モーゲンは早くも鼻の頭に汗をかいていた。
「こんなに暑いとお腹が空くよ」
「そりゃお前だけだ」
ネルソンが笑う。
「おーい」
ノリシュと一緒に船員と話していたバイヤーが手を振った。
「こっちこっち」
「男子、荷物を取りに来て」
ノリシュもそう言って手招きする。
「そうだった」
モーゲンが肩を落とした。
「あの重いテントをまた運ばないといけないんだった」
「頑張ろう、モーゲン」
アルマークはモーゲンの肩を叩く。
「野営場は遠いのかい」
「遠くはないよ。ええと」
答えに詰まったモーゲンの代わりに、通りがかったレイドーが答えた。
「ここから歩いて少し行ったところの、海岸の近くなんだ」
「だってさ。頑張ろう、モーゲン」
「仕方ないね」
モーゲンも渋々頷いた。
「苦労して空かせたお腹ほど尊いものはないからね」
男子がそれぞれに船員の下ろした荷物を担ぎ、バイヤーが男子の脱いだ上着をまとめて持つ。
「じゃあ、ここでいったん男子と女子は別れましょう」
ノリシュが言った。
「大変だけど、テントの設営お願いね」
「おう」
ネルソンが頷く。
「えっ」
アルマークは驚いてウェンディを見た。
「島に着いたばかりで、いきなり別行動なのかい」
「大丈夫。そんな顔しないで」
ウェンディがアルマークの表情を見て笑う。
「役割分担なの。女子はクランの漁村で必要なものを買ってから野営場に行って、その間に男子がみんなでテントを建ててくれるっていう段取りだから。すぐにまた会えるよ」
「なるほど、そういうことか」
アルマークは頷いた。
「びっくりしたよ」
「去年の冬に来た時に、すったもんだしたんだ。その結果、それが一番効率がいいって分かった」
ネルソンが言った。
「まあ去年のクラスは、今年ほど仲良くはなかったけどな」
「あのときは大変だったよね」
珍しくノリシュがネルソンに同意する。
よほど揉めたのだろう、とアルマークは推測した。
「さあ、それぞれの動きも決まったことだし出発しよう」
レイドーが言う。
「明日の夕方までしかいられないんだ。時間がもったいないよ」
「そうね」
ノリシュが頷いた。
「じゃあ、野営場で会いましょう」
「おう」
「みんなテント作り頑張ってねー」
セラハが手を振る。
アルマークたちも女子5人に手を振ると、荷物を担いで野営場へ向かって歩き出した。
「お昼まで、まだもうしばらく時間があるね」
モーゲンが真っ青な空を見上げて言う。
「なのにもうお腹が空いてきた」
「テントが建つ頃には、女子が昼食を持って帰ってくるはずだから、それまでの辛抱だよ」
レイドーが言うと、ネルソンがにやりと笑う。
「逆に言えば、あいつらが帰ってくるまでにテントが建ってなかったら、またノリシュに何やってんだってどやされるってことだな」
「それはいけないな」
アルマークは真剣な顔で言った。
「早く行こう」
「アルマークは真面目だな」
デグが笑う。
「何でも試験みたいにきちんと取り組むよな」
「そうかな」
「大丈夫だよ。どやされるのは俺達じゃなくてネルソンの役目だから」
デグの言葉に全員で笑う。
海岸沿いの道をアルマークたちは並んで歩いた。
海風が心地よく頬を撫でていく。
「やっぱり、暑いっていいよな」
ネルソンがそう言って両腕を天に向かって思い切り突き出した。
「全身の関節がぐっと伸びて、体中が目覚める感じがするぜ」
「ネルソンには夏が似合うよ」
アルマークは微笑んだ。
「夏の太陽が」
「アルマークは寒い日が似合うよな」
ネルソンが言う。
「何でだろう。北から来たからかな」
ネルソンが自分の言葉に首をひねったとき、先頭を歩いていたピルマンが声を上げた。
「あれ、誰か来るよ」
そう言って、道の先を指差す。
「ほら、向こうから」
その言葉通り、前方からぞろぞろと歩いてきたのは、アルマークたちよりも少し年上の少年少女たちだった。
「おや」
先頭を歩いていた少女がアルマークたちを見て微笑んだ。
「君たちも野営場に行くのか」
その顔にはアルマークも見覚えがあった。
「ヒルダさん」
魔術祭の夜、ジェビーたちに絡まれていたネルソンとノリシュを救ってくれた、中等部二年のクラス委員だった。
自分の名を呼ばれたヒルダは、アルマークの顔を見て思い出したように頷く。
「ああ、君は確かアルマーク君、だったかな」
「はい」
アルマークは頷く。
「こんにちは、ヒルダさん」
ネルソンが言った。
「ヒルダさんたちもクラン島に来てたんですね」
「やあ、ネルソン。ああ、我々は夕方の船で帰るがね」
ヒルダはそう言って微笑む。
「楽しんでくるといい」
「はい」
ネルソンは頷いて、やや声を落とす。
「ところで、幽霊船って見ましたか?」
「幽霊船?」
ヒルダは目を瞬かせた。
「そういえば、そんな話も……ウィガロ」
「ああ」
ヒルダの後ろにいた男子が頷いた。
「朝釣りに行った連中が、沖合にそれらしい船を見たようなことは言っていたけれどね。まあ、真偽は分からないな」
「そうですか」
ネルソンが残念そうな顔をするのを見て、ヒルダは声を上げて笑う。
「男子は幽霊が好きだな」
「ヒルダさんたちは何泊したんですか」
レイドーがネルソンの後ろから尋ねた。
「私達は三泊だ。君たちは?」
「僕らは一泊だけなんです」
レイドーは答えた。
「卒業試験も控えているので」
「そうだったな」
ヒルダは表情を改めた。
「試験は大変だが、頑張ってくれ。君たちを中等部で待っているよ」
「はい」
レイドーは微笑む。
「ありがとうございます」
ヒルダたちと別れ、アルマークたちはまた海岸沿いの道をゆっくりと歩き出した。
「来てたのがヒルダさんたちで良かったな」
上級生たちの姿が見えなくなったのを見計らって、ネルソンが口を開く。
「ジェビーたちだったら、間違いなくけんかになってたぜ」
「そうだね」
レイドーが答えた。
「間違いない」
「そんな、いきなりけんかになるものかい」
アルマークが尋ねると、レイドーは頷く。
「なるさ。この道を譲る、譲らないみたいなつまらない話でね」
「本当にあいつら、たちが悪いから」
汗だくのモーゲンも同意を示した。
「こんなところまで来て、あいつらの顔なんてみたくないよ」
「そうか。そんな風に人に絡んで何が楽しいんだろうな」
理解できずにアルマークが言うと、ネルソンが、へっ、と笑う。
「人の嫌がる顔が見たいだけなんだよ」
「俺はジェビーじゃなくて残念だったけどな」
デグが言った。
「ジェビーだったら、こいつを頭から落としてやろうと思ってたのによ」
そう言って、浮かせたテントを指差してにやりと笑う。
「そりゃいい考えだ」
ネルソンが手を叩いて笑い、それにつられてアルマークたちも笑った。
「さて、ヒルダさんたちと話して時間も食ってしまった。そろそろ急ごう」
ひとしきり笑った後、レイドーが気を取り直したように言った。
「あんまりのんびりしてると、本当に女子にがっかりされてしまうからね」
「ノリシュがぎゃあぎゃあとうるせえからな」
ネルソンが言うと、レイドーは首を振る。
「ノリシュみたいに言葉にして怒ってくれる女子はいいんだ」
そう言って、声をひそめる。
「本当に怖いのは、静かに何も言わず心の中で失望する女子さ。何も言ってくれない分、こっちは気づきようもないし直しようもない」
なぜか、その言葉は妙な迫力を伴って男子たちの胸に響いた。
冷たい目をした無言の女子の姿が、それぞれの脳裏に去来する。
「よく分からねえけど、急いだほうがよさそうだな」
ネルソンが神妙な顔で言った。
「そうだね」
モーゲンが頷く。
「僕、頑張るよ」
「俺たちも、なあ」
「おう」
デグとガレインも顔を見合わせて、足を速めた。
「僕だって失望されたくない」
ピルマンがそう言って先頭に立つ。
「ほら、急ぐよアルマーク」
バイヤーが振り向き、いつの間にか最後尾になってしまったアルマークを急かした。
「みんな、どうしたんだ。急に」
アルマークは慌てて仲間たちの後を追った。




