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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第二十章

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「幽霊船?」

 ネルソンの口から突然に発せられた、旅行にはそぐわぬ不穏な言葉に、アルマークは顔をしかめる。

「それは穏やかじゃないな」

「まあ、どんなもんだかは俺も分からねえけどよ」

 ネルソンは頭を掻く。

「でもせっかくそんな噂があるんなら、旅の思い出にぜひ見てみたいよな」

 そう言ってネルソンはアルマークとウェンディの顔を見て、拍子抜けした顔をした。

「あれ?」

 困惑したように呟く。

 アルマークとウェンディの表情に、期待したような反応が見られなかったからだ。

「二人とも、幽霊船に興味ないのかよ」

「旅行に行くのに、気味の悪いものはあんまり見たくないかな」

 ウェンディがそう言って遠慮がちに首を傾げる。

 アルマークもその言葉に頷いた。

「幽霊船っていうからには、本物かどうかはともかく、きっとそんなにいいものじゃないよ。無理に近付く必要はないと思う」

「お前ら」

 ネルソンは言いかけて、何かに思い当たった顔をする。

「そうだ。前に庭園で謎の声がするって噂をモーゲンが持ってきたときも、お前ら二人、全然乗り気じゃなかった」

「ああ、あのノリシュが風便りの術を練習していたときの」

 アルマークが答えると、ネルソンは勢いよく頷いた。

「そうそう。あの時も最初は俺一人で行ったんだ」

「そういえば、そんなこともあったね」

 ウェンディが懐かしそうな顔をする。

「そうだった、そうだった。お前ら二人はそういうやつらなんだ。話した俺がばかだったぜ」

 ネルソンはそう言うと、身を翻してすぐ後ろにいたノリシュに駆け寄った。

「なあなあ、ノリシュ」

「何よ」

 ノリシュが振り向く。

「あっ」

 その様子を見てウェンディが顔をしかめた。

「ネルソン、きっと怒られるよ」

「うん」

 アルマークは頷く。

「僕もそう思う」

 案の定、すぐに、

「何考えてんのよ!」

というノリシュの怒鳴り声が響いた。

 両耳を押さえたリルティが走って離れていく。

「ほら、やっぱり」

 ウェンディが苦笑いしてアルマークを見た。

「少し考えれば分かるのに」

「ああいう真っ直ぐなところが、ネルソンのいいところだからね」

 アルマークは言った。

「仕方ない」



 結局、ネルソンの幽霊船の話はデグとガレインの興味を惹いたようで、レイドーを半ば強引に巻き込んで、四人でこそこそと船員に話しかけていた。

「もう、あいつら本当にばか」

 ノリシュが腕を組んで頬を膨らませる。

「幽霊船にさらわれたって知らないから」

「男子はそういうの好きだよねぇ」

 セラハが明るく笑った。

「幽霊船って響きが、男子の冒険心みたいなのをくすぐるんだろうね」

 そう言ってキュリメを見る。

「うん、そうだと思う」

 キュリメも頷いた。

「幽霊船とか海賊船とかを題材にした物語もたくさんあるし。男の子はみんな好きなんじゃないかな」

「まあ、ここに興味のない少数派の男子もいるけど」

 ノリシュがそう言ってモーゲンを見る。

「幽霊船じゃお腹は膨れないからね」

 モーゲンは澄ました顔で答えた。

「遊覧船なら少しは考えるけど」

「僕は、海には行かなくていいよ」

 そう言って、別の意味でわくわくした顔を隠さないのは、バイヤーだ。

 手には彼お手製の薬草手帳を抱えている。

「クラン島の薬草を、採って採って採りまくらないといけないからね。そんな時間はないよ」

「君はいつでもぶれないな」

 アルマークは微笑む。

「暖かい島だって聞いたし、きっと他では採れない薬草なんかもあるんだろうね」

「そうなんだよ」

 バイヤーは頷いた。

「この旅行のために、セリア先生に聞き込んで、図書館で調べて……試験勉強どころじゃなかったけど、まあそれはそれ」

 そう言って、にこりと微笑む。

「めったにない機会だからね。逃したら後悔する」

「うん」

 アルマークはその笑顔に自分の頬も緩むのを感じる。

「手伝えたら、僕も手伝うよ」

「ありがとう」

 バイヤーは笑顔で頷いた。

「ほら、あんたたち。いつまでやってるの。船に乗るよ」

 ノリシュがネルソンたちに向かって声を張り上げた。



 船は朝日を浴びながら出港した。

 穏やかな海を、風を受けて滑るように進んでいく。

 乗船した客は、アルマークたち13人のほかには数人の男性がいるだけだった。

 身なりからして、いずれもクラン島の島民で、島へ帰るところのようだった。

「学院の休暇が始まってから、船の客は学生さんばかりさ」

 船員の一人がそう教えてくれた。

「中等部だっていう子たちのグループが、休暇が始まってからもう何組もこの船でクラン島へ渡ったよ。今も一組向こうに行ってるんじゃないかな」

「へえ、中等部ですか」

 レイドーが反応した。

「ああ。夕方にこの船はまた向こうからノルク島に帰ってくるから、それに乗って帰るんじゃないか」

「そうですか」

 レイドーは頷き、ネルソンを見て肩をすくめた。

「ジェビーたちじゃないといいけどね」

「あいつらだったら、ぶん殴ってやる」

 ネルソンは腕を振り回した。

「魔術祭の夜の恨み、忘れてねえからな」

「よしなさいよ」

 ノリシュがその脚を叩く。

「あんな連中に絡んだら、楽しい旅行も台無しになっちゃうでしょ」

「おう。それもそうだな」

 ネルソンはあっさりと頷いた。

「ばかに構っても仕方ねえ。時間の無駄だ」

「本人の顔を見ても、そう言えりゃいいけどな」

 デグがそう言って笑う。

 船の上では、皆が思い思いに過ごしていた。

 アルマークも、ウェンディやモーゲンと一緒に波の向こうで跳ねる魚を見たり、船と並んで飛ぶ鳥を見たりして穏やかな時間を過ごした。

「鳥はいいわね」

 ウェンディが言う。

「海の上でも森の上でも、関係なく飛んでいけるんだもの」

「僕はごめんだな」

 モーゲンが答えた。

「両手が羽だったら、食べるとき不便でしょうがないよ」

「モーゲンったら」

 ウェンディが吹き出す。

「君らしい答えだな」

 アルマークも笑顔で頷いた。

「君が人間に生まれてきて、本当に良かった」

「まあね」

 モーゲンが胸をそらして答え、三人で顔を見合わせて笑う。

 やがて前方に、尖った帽子のような形の島が見えてきた。

 島の中央の、天に突き出すようにそびえた山から、噴煙が上がっている。

 この島こそ、クラン島だった。

「そろそろだ」

 ピルマンと話していたバイヤーが、嬉しそうに声を上げた。

「何がだい」

 そう尋ねるアルマークに、バイヤーは水面を指差す。

「見ててごらん。一気に色が変わるから」

「え?」

「私も、これを見るの大好き」

 ウェンディが嬉しそうに水面を覗き込んだ。

「ほら、アルマークも見逃さないで」

「うん」

 アルマークはウェンディに言われたとおり、水面に目を凝らす。

 その変化は、突然に訪れた。

 濃い藍色を呈していた冬の海が、突如光を放つような鮮やかな青色に変わった。

 吹いてくる風が、まるで夏のような熱気を孕んでいる。

 船を包む景色全てに、眩い光が溢れた。

 一瞬で季節が入れ替わったかのような変化に、船のあちこちから歓声が上がる。

「これは」

 アルマークは思わず顔を上げてバイヤーを見た。

「クラン島の圏内に入ったんだ」

 バイヤーは言った。

「さあ、ここからはもう冬じゃないよ」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 先日、酔った勢いでアルマークのお話の世界と地理を考察しました。 案の定、クラン島は魔法的な力で緯度を推測するのが難しいという回答を頂き、ですよねーって思いました。 悔しいので、バイヤ…
[良い点] 両耳を押さえたリルティが可愛い
[良い点] みんなそれぞれの考え方で楽しみを見つけているところが良いですね〜。クラン島の鮮やかな景観に心が踊る様子も伝わってきて、こっちまでうきうきしてしまいます。 [気になる点] しかし幽霊船ですか…
2021/02/17 11:05 退会済み
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