表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十九章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

450/708

(閑話)陸の鮫 前編

 黒い鎧の戦士たちが走る。

 その真っ先を駆ける、小さな影。

「出過ぎるな、小僧!」

 忌々しげにすぐ後ろから叫ぶのは、ガドル。

 黒狼騎兵団の別働隊を率いる戦士だ。

 だが、その声が耳に入っているのかいないのか、先頭の少年はさらに走る速度を上げる。

 ちっ、と舌打ちしてガドルは少年の後ろについた。

「てめえに死なれたら困るんだよ」

 その時には、もう敵軍は目前だった。

 雑多な鎧を着た戦士たちが、威嚇の叫びを上げながら黒衣の戦士たちを迎え撃つ。

 そこに、ためらうことなく少年は一番に飛び込んだ。

 大人が扱うような長い剣を振るい、たちまちに一人の喉笛を切り裂く。

 左右から同時にかかってきた傭兵の剣をひらりとかわすと、正確に鎧の継ぎ目に剣を叩き込む。

「くそ生意気な小僧だぜ」

 ガドルはそう悪態をつくと、フォローの必要はないと判断したのか少年の後ろから離れていく。

「黒狼のガキ」

 敵方の大柄な戦士が斧を振りかざして叫んだ。

「噂には聞いているぞ。黒狼にやたらと強いガキがいるとな」

 凄まじい勢いで振り下ろされたその斧を、少年は間一髪でかわす。

 地面の石や草を巻き上げながら、戦士がさらに斧を振るった。

 それをかわしざまに少年は剣を滑らせる。

 だが、戦士はその巨体からは想像もつかない敏捷さで少年の剣をかわした。

「なめるなよ」

 戦士は言った。

「この“不動岩”クトブ。その程度の剣は腐るほど見ている」

 少年は何も答えず、その代わりに剣を叩きつける。

 クトブは斧で難なくそれを弾き返した。

「だから無駄だと言っている」

 少年の剣を二度三度と弾きながら、前に出る。

「ぬん」

 必殺の一撃は、少年をかすめて地面に突き刺さった。

「ちょこまかと」

 クトブが苛立った表情で、少年の動きを追う。

 少年が体勢を低くした。

 巨漢の足元を狙う作戦か。

 瞬時にそれを見抜いたクトブが腰を落とした。

 飛び込んできたところを真っ二つにしてやる。

 だが、次の瞬間、少年の身体が宙を舞った。

 クトブは自分の誤りに気づく。

 体勢を低くしたのは、地を這うためではなかった。

 高く飛び上がるため。

 顔を上げたクトブの目に、太陽の光とともに少年の影が降ってきた。

 強い衝撃。

「があっ」

 首元を切られたクトブは、それでも斧を振り上げた。

 着地して返しの斬撃を放とうとした少年の足が、さきほどクトブの斧がえぐった穴に踏み込んで滑る。

 一瞬の間隙。

 そこを斧が襲った。

 よけきれず、その強烈な一撃を剣でまともに受け止めた少年が、たまらず膝をつく。

「とどめぇ!」

 叫んでもう一度斧を振りかぶったクトブの脇に音もなく駆け寄ったガドルが、一撃でその首を落とした。

「立て」

 ガドルは獲物を取られて不満そうな少年を一瞥して言った。

「飛び上がるんなら、着地する地面のことまで考えろ」

 少年は無言で立ち上がる。

「おら、行くぞ」

 ガドルはそのまま少年に背を向けた。

 黒狼騎兵団の別働隊はその勢いのままで敵陣を難なく突破すると、敵の本隊に向かってなだれ込んだ。

 すでに敵の本隊と激しい戦いを演じていた黒狼騎兵団の本隊。その中に、その戦士はいた。

 黒狼騎兵団副官“影の牙”レイズ。

 北の傭兵たちの間でも名の知れたその男が、少年の顔を見て、眉を上げる。

「アルマーク」

 レイズは少年の名を呼んだ。

「ガドルの言うことを守ったか」

「守った」

「守ってねえよ」

 アルマークの返事は、すぐ後ろから追いついてきたガドルの声にかき消された。

「こいつ、一人で突っ走りやがる」

「アルマーク」

 レイズが顔をしかめる。

「話は後だ」

「うん」

 すでに敵軍は別働隊の攻撃を受けて動揺し始めていた。

 レイズが馬を駆って、敵陣のど真ん中に飛び込んでいく。

 その剣が閃くたびに、敵が崩れた。

「レイズだ」

 敵の悲鳴のような声が聞こえる。

「“影の牙”レイズが来た」

 アルマークは父の後ろを必死に追いかけた。



「もう俺は面倒みねえぞ」

 その日の夜。

 ガドルが声を荒げた。

 宿営地で、幹部が集まって翌日以降の動きを話している時のことだった。

「あの小僧、俺の言うことなんか聞きゃしねえ。今日はあの程度の相手だったから良かったものの」

「確かに、最近目に余るな」

 モルガルドがそう言って腕を組んだ。

「以前は、こちらの指示によく従っていた。戦場で、あの年で、よくきちんと指示が通るものだと感心もしたのだが」

「戦に慣れて、調子に乗ってきたんじゃねえのか」

 ガドルが吐き捨てる。

「ガキにゃよくあることだ。少し剣がうまいからってあれじゃあ」

「そういう風にゃ見えねえがな」

 自身も同じ歳の息子を持つ“黒戦斧”ゲイザックが言った。

「レイズ。ありゃお前のケツをくっついて回りてえだけだ」

 そう言って、レイズを見る。

「お前に憧れて戦場に出たんだからよ。お前のそばにいてえんだ」

 レイズは何も言わない。ガドルが肩をすくめた。

「要するに、まだガキなんだ。戦場に出るにゃ早すぎたんだ」

「あいつがやけに前に出るようになったのは」

 黙って話を聞いていた団長のジェルスが、おもむろに口を開いた。

「確か、クワッドラドを越えてしばらくしてからじゃなかったか」

 ジェルスは初夏に越えた大河の名前を出した。

「ああ」

 レイズが頷く。

「そうだな」

「そこで何かあったな」

 ジェルスはそう言ってレイズを見た。

「お前はばかじゃねえ。気付いてるはずだぜ」

 ジェルスの言葉に、レイズは低く唸る。

「次は強敵だ。ガドルにお前の坊主の面倒を見てもらうわけにゃいかねえぞ」

 ジェルスは言った。

「レイズ。息子を殺したくねえなら、自分の目の届くところに置いておけ」

「ああ」

 レイズは頷いた。

「分かってるよ」



 父に呼び出されたアルマークは、緊張した面持ちで、焚き火の傍らに腰掛ける父の脇に立った。

「アルマーク」

 レイズは火から目を離さずに言った。

「ガドルの指示に従わなかったそうだな」

 アルマークは答えない。

「どうして先頭を走りたがる」

 レイズは言った。

「そんなに死にたいのか」

 アルマークは首を振った。

「違うよ」

「お前の行動は、部隊全体を危険に晒す」

「ただ、部隊の先頭に立っただけだよ。勝手な行動はとってない」

 アルマークは言った。

「単独行動も取ってないし、そこまで飛び出したわけでもない」

「アルマーク。いいか」

 レイズは静かに言った。

「部隊の先頭は、一番勇敢な戦士が走る」

 そう言って、アルマークを見る。その目の厳しさに、アルマークは息を呑んだ。

「一番勇敢な戦士だ。それは、お前じゃない」

「でも」

 アルマークは言い募った。

「今日の敵の“不動岩”クトブだって、本当は僕が斬れたんだ。最後に足が滑っただけで」

「クトブだって、汗が目に入ったせいでやられたのかもしれねえ」

 レイズは言った。

「強さってのは、そういうことも全部ひっくるめて言うんだ。それが分からねえお前に先頭を走る資格はねえ」

 何も言えなくなったアルマークに、レイズは告げた。

「明日から、俺の後ろにつけ」

 アルマークの顔がぱっと輝く。

 ただし、とレイズは言った。

「俺の指示に一度でも背いたら、母隊に帰すからな」

「分かった」

 アルマークは頷く。

「絶対に背かない」

 アルマークの言葉にレイズは頷くと、乱暴に手を振った。

「分かったら、もう寝ろ。明日も早えぞ」

「うん」

 アルマークの足音が遠ざかる。

 その音が聞こえなくなるのを待ってから、レイズはそっと懐に手をやった。

 取り出したのは、赤いペンダントだ。


 シェティナ。お前は笑うか。


 レイズはペンダントを握りしめた。


 つまらねえ未練に囚われた、俺を。


 レイズはそのまましばらく動かなかった。

 ぱちり、と薪が爆ぜる。

 レイズは表情を変えることなく、目の前の炎をじっと見つめた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] レイズとシェティナの馴れ初めも見てみたい
[良い点] アルマークを怪我させたという陸の鮫。 この頃は学院長や魔術師のことなど考えもせずに傭兵になりたかったのでしょうか。 初期の北の頃に実際何があったのか興味深いですね
[良い点] 南に来る前のアルマークは、やはりどこか無愛想な感じですね。節々に今との違いが感じられて面白いです。 そしてついに語られる「陸の鮫」のお話……作中でも度々登場している名前なので、どのような顛…
2021/02/06 22:20 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ