遠く
翌日。
朝、アルマークはウェンディと一緒に登校しようと、彼女の部屋を訪ねた。
ノックすると、勢いよくドアが開いてカラーが顔を出した。
「あら。アルマーク」
「やあ、カラー。おはよう」
「おはよう」
そう言ってから、カラーは首を傾げる。
「ウェンディならもう出たわよ」
「えっ」
「部屋にいても落ち着かないみたいだったから。早めに行くって」
カラーはそう言って、探るようにアルマークを見る。
「ウェンディ、昨日帰ってきてから、少し塞ぎ込んでいたみたいだけど。またけんかでもしたの?」
「いや、けんかなんてそんな」
アルマークが慌てて手を振ると、カラーは顔をしかめた。
「あなたたち、仲良さそうに見えて、結構よくけんかするよね」
「だから違うってば」
アルマークは首を振る。
「まっすぐぶつかり合うばかりが恋愛じゃないわよ」
カラーはそう言って腕を組む。
「お互いに一歩引いたり踏み込んでみたりして、ちょうどいい距離を探しなよ」
「いや、僕らは恋愛というか、その」
アルマークは首を振りながらドアから離れる。
「とにかく、もうウェンディは出たんだね。ありがとう」
そう言って身を翻した。
「あなたの足なら、走れば追いつくんじゃない。急げ急げ」
カラーの呑気な声が後ろから追いかけてきた。
寮を出て、しばらく走ると、カラーの言葉通り、ウェンディの後ろ姿が見えてきた。
「ウェンディ!」
駆け寄りながらそう声をかけると、ウェンディが驚いたように振り向く。
「アルマーク」
「おはよう」
そう言ってアルマークは隣に並んだ。
「おはよう」
ウェンディが答える。
その顔はやや青ざめ、表情も硬かった。
昨日の補習で自分が言ったことをまだ気にしている様子だった。
「昨日の夜、あの後にね」
アルマークは言う。
ウェンディがアルマークの顔を見た。
「マルスの杖の試練に合格したよ」
その言葉に、ウェンディの頬にぱっと赤みが差す。
「えっ」
「君のおかげだ」
アルマークは感謝を込めてウェンディの顔を見た。
「私は別に何も」
ウェンディは首を振る。
「でも、そうなんだね」
そう言って、嬉しそうに頷いた。
「合格したんだね。よかった」
「うん」
アルマークも頷く。
ウェンディの嬉しそうな顔に、自分も胸が高鳴るのを感じる。
「話していいかな」
「もちろんいいよ」
ウェンディはそう言って、足を速めた。
「今日はまだ少し早いから。校舎の先まで歩こうよ」
「いいね」
アルマークは歩きながら、ウェンディに昨日のことを話し始める。
自分の力任せにぶつけた魔法が、まるで通用しなかったこと。
グリーレストにマルスの杖を手放せと言われ、その危機にコルエンとポロイスが駆けつけてくれたこと。
「あの二人、まだ探してたんだね」
ウェンディが目を丸くする。
「うん。コルエンの食いついたら離れない性格のおかげで助かったよ」
アルマークは頷いて、話を続けた。
コルエンとポロイスが連携してグリーレストに立ち向かったこと。
だがやはり打ち倒され、コルエンが殺されかけたこと。
とにかくコルエンを救わなければ、という一心でアルマークはグリーレストを退け、最後はモーゲンとウェンディの教えてくれた光の網でグリーレストを捕らえたこと。
「すごい」
ウェンディが息を吐いた。
話がそこに至る頃には、もう二人は校舎を通り過ぎ、森へ向かう道の途中にいた。
「それで、合格したんだね」
「うん」
アルマークは頷く。
「グリーレストさんが言ってた。胸を張れって」
「胸を?」
「そう。胸を」
アルマークは頷いて、自分で大げさに胸を張ってみせる。
「自分が鍵の所有者だって、胸を張って言ってもいいって」
「なあに、それ」
ウェンディが不思議そうに笑う。
「試練に合格したら、もっと何かあるんじゃないの? マルスの杖が強力になるとか、新しい能力が使えるようになるとか」
「うん。僕もそれを期待したんだけど」
アルマークは苦笑した。
「グリーレストさんが言ってたよ。何もないんだって」
「じゃあ、何のための試練なの」
笑いを含んだウェンディの声に、アルマークも明るい声で答える。
「僕も君と同じことを思った」
でも、とアルマークは言った。
「なんとなく分かったんだ。きっと試練に意味なんてないんだって」
「どういうこと?」
ウェンディが眉をひそめる。
「試練の意味は、さ」
アルマークはマルスの杖を握った。以前よりも手に馴染むその感触をもう一度確かめる。
「試練を受けた人自身が見つけるんだよ」
ウェンディが首を傾げて、アルマークを見た。
「アルマークは見つかったの?」
「うん。見つかった」
笑顔で頷くアルマークに、ウェンディは目を瞬かせる。
「何? 教えて」
「君の隣で戦う自信がついた」
アルマークは答えた。
「もうこの杖を操られて君を危険な目にあわせるような、そんな無様な真似はしない」
「あ……」
ウェンディが目を見張る。
気付けば、二人はあの石の前にいた。
魔術祭の初日、関係修復のために二人が待ち合わせ、ライヌルの襲撃を受けた場所。
そこはいやがうえにもあの日のことを思い出させた。
「次は、もっとうまくやる」
アルマークは言った。
戦場に、次はない。
失敗したら、それは命を落とすことを意味するからだ。
だが、もしも命を拾うことができたなら。
父は生きて帰った部下を前に、よく口にしていた。
次はもっとうまくやれ。
そのために、お前は命を拾ったんだ。
次はもっとうまくやる。
「二人で闇なんて打ち消そう」
アルマークはそう言ってウェンディを見た。
「うん」
ウェンディは頷く。その目が少し潤んでいた。
「思ったより遠くまで来ちゃったね、私たち」
「え、ああ」
アルマークは言葉の意味を図りかねて、ウェンディを見る。
ウェンディは笑顔で校舎の方を振り返った。
「戻ろう。授業に遅刻しちゃう」
実践場の扉が開くと、ラドマールがぎょっとしたように目を見開いて、すぐに顔を背けた。
入ってきたのはウォリスだった。
クラス委員であり、補習を担当する最後の一人。
実践場の中央にいたアルマークが、ウォリスに声をかける。
「ウォリス。来てくれてありがとう」
ウォリスは目を細めてアルマークを見た。
「ああ」
鷹揚に頷くウォリスを見て、アルマークは思った。
さて、今日のウォリスは、どのウォリスだろう。




