増援
「ほら、あなたたちもっと明るいところに来て」
ロズフィリアが楽しそうにアルマークたち男子三人を寮の灯がしっかりと届くところまで手招きする。
コルエンたちに支えられたアルマークがゆっくりとそちらに歩を進めるのを見て、レイラは眉をひそめた。
「あなたが歩けなくなるなんて。怪我だけじゃないわね」
「ああ、実は」
アルマークは苦笑いする。
「魔力が空っぽになってしまったんだ」
レイラはため息をついて首を振ると、ロズフィリアを振り返る。
「ロズフィリア、ちょっと待っていてくれるかしら。すぐに戻るから」
「どうぞ」
ロズフィリアが優雅に頷くのを見て、レイラは身を翻して寮へと走った。
「よし、アルマーク。この辺に座っておけ」
コルエンがそう言って、ポロイスと二人でアルマークを手近な石に腰掛けさせる。
「ありがとう」
アルマークは微笑んだ。
「助かったよ」
「いや、それはいいけどよ」
コルエンは不満顔でロズフィリアを振り返る。
「ロズフィリア。こんなところじゃ寒いじゃねえか。治すんなら談話室に行こうぜ」
「いやよ」
ロズフィリアはあっさりと首を振った。
「談話室になんか行ったら、あなたたちみんな、注目の的になるわよ。試験前なのにケンカしたみたいだって先生に報告に行く生徒だっているかもしれない」
「別に報告なんてされたって痛くも痒くもねえよ」
コルエンは肩をすくめる。
「なあ、ポロイス」
「いや」
ポロイスは首を振った。
「僕も、できればあまり注目を集めたくはない。怪我をしている僕を見て、喜んで手を叩くような輩もいるだろうからな」
「そりゃお前の日頃の行いだな」
コルエンは笑う。
「敵を作るのがいやなら、普段からそう振る舞やいいんだ」
「別に」
ポロイスは言った。
「僕が認めていない人間がいくら敵に回ろうと構わない。そんな連中からどう思われようと」
「だったら」
「だが、それを僕の面前でやられるとしたら、話は別だ」
ポロイスは硬い表情で首を振り、コルエンは肩をすくめてロズフィリアを見た。
ロズフィリアは微笑むだけで、何も言わない。
「君の言い方を借りれば」
アルマークが石の上で微笑む。
「僕は、君に認められたってことなのかな」
「無論だ」
ポロイスは頷いた。
「僕は、武術大会で負けた相手が君でよかったと思っている。ほかの有象無象ではなく」
「僕はこの学院に来てまだ一年足らずだけど」
アルマークは穏やかに言った。
「君を含めて、認める価値のない人には、一人も会ったことがないな」
「それは」
ポロイスが鼻白んだ顔をする。
「君の考え方だ」
「おっ」
コルエンが声を上げた。
「レイラが戻ってきたぜ。男を連れてる」
「言い方がいやらしいわ」
ロズフィリアが笑う。
「あれはバイヤーね」
その言葉に、アルマークも顔を上げる。
「待たせたわね」
白い吐息を軽く弾ませながら駆け戻ってきたレイラは、ロズフィリアに言った。
「始めましょう」
「呼んでくれてありがとう」
レイラの後ろから、バイヤーが嬉しそうな声を上げた。
「アルマーク。魔力が切れたんだって」
「ああ、うん」
アルマークは頷く。
「まさか、バイヤー」
「じゃあん」
バイヤーは高々と小瓶を掲げた。
「僕特製の薬湯を持ってきたんだ。飲んでくれ、アルマーク」
「ありがとう。さすが薬草博士だ」
アルマークはどろりとした茶褐色の液体の入った小瓶を受け取る。
「飲ませてもらうよ」
「何が入ってるのか聞きもしないで飲むのかよ」
コルエンが目を丸くする。
「すげえまずそうだぞ、それ」
「アルマークをなめちゃいけないよ、コルエン」
バイヤーは、なぜか自分が得意そうに胸を張る。
「アルマークは、ラドマールと並ぶ、初等部で最強の薬湯飲みなんだから」
「薬湯飲み?」
コルエンが眉をひそめた。
「ラドマール? 誰だ?」
そう言ってポロイスを振り返るが、ポロイスも首を振る。
「僕に聞くな」
「さあ、アルマークはバイヤーに任せて」
ロズフィリアが手を叩く。
「あなたたちの傷を治すわよ」
「おう。手短に頼むぜ」
コルエンが気を取り直したように頷き、ポロイスもそれに倣う。
二人はアルマークたちから少し離れた石の上に腰を下ろし、ロズフィリアとレイラがそれぞれの前に立った。
「自分の痛いところを申告して」
レイラがコルエンに言う。
「そこを治すから」
「レイラに治してもらえるなんてな。怪我もしてみるもんだぜ」
コルエンは嬉しそうに言って、隣のポロイスを見た。
「悪いな、ポロイス」
「僕は、治してくれるなら別に誰でもいい」
ポロイスは澄ました顔で答える。
「そういう話は、後で二人でして」
レイラは真剣な声で言った。
「どこを治すの」
「おう。そうだったな」
コルエンも表情を改める。
「治すのが早かったほうがアルマークも治すんだもんな。大事なボーイフレンドをロズフィリアに壊されるわけにはいかねえよな」
「ボーイフレンド?」
レイラの目が険しくなる。
「コルエン」
ポロイスが顔をしかめて首を振った。
それに気付いて、コルエンも頭を掻く。
「あ、そうか。もうだめになったんだっけか。悪い、今の話は無しだ」
「何の話か分からないけど」
レイラは額にかかった髪をかき上げる。
「痛いところを早く教えて」
「お」
コルエンは珍しいものを見付けたように、レイラの顔を見上げた。
「お前もそんな顔するんだな」
「だから」
レイラが少し苛立った表情を見せたとき、ポロイスが怯えた声を上げた。
「待て、ロズフィリア」
「え、何が?」
ロズフィリアは笑顔でポロイスの顔を見る。
「君の表情。とてもこれから人を治すという顔じゃないぞ。いいか、治すんだ。壊すんじゃないぞ」
言い聞かせるようにポロイスが言うと、ロズフィリアは声を上げて笑う。
「当たり前でしょ。治すわよ」
「本当だな」
ポロイスはそれでも念を押した。
「本当にちゃんと治せよ」
それに答えず、ロズフィリアはレイラを見た。
「準備はいいかしら」
「ええ」
レイラは短く答える。
「必要なことは聞いたから。ここは寒いわ。さっさと済ませましょう」
「そうね。……アルマーク!」
ロズフィリアは、バイヤーの嬉しそうな薬湯説明をふんふんと頷きながら真剣に聞いているアルマークを振り返った。
「開始の合図を出してくれるかしら」
「僕がかい」
アルマークは顔を上げた。
真剣な表情のレイラと目が合う。
「分かった」
そう言って頷く。
ひと呼吸おいて、右手を上げた。
「はじめ」




