新たな戦い
「言いたいこと言って消えちまったな」
グリーレストの消えた後を眺めてそう言った後、コルエンはアルマークを振り返った。
「で、お前はなんであいつに襲われてたんだよ」
「いや、それが」
アルマークは頭を掻く。
「正解を出したんだ」
「おう」
コルエンが笑う。
「なんだった、正解は」
「鍵だよ」
「鍵ぃ?」
コルエンは顔をしかめる。
「なんで、鍵が答えなんだよ」
アルマークは簡単に、鍵が大事ではないが大事なものである理由を説明する。
「ふうん」
コルエンは釈然としない顔で頷いた。
「それなら、キリーブの答えのほうが面白かったけどな」
そう言って、首を振りながら立ち上がる。
「それで、正解を出したら今度は襲われたってわけか」
「ああ、うん」
アルマークは頷いた。
正解を出したら、試練が始まったのだ。嘘はついていない。
「危なかったけど、君たちが来てくれて助かった」
「よく言うぜ」
コルエンは笑う。
「お前、さっきは俺たちに来るなって叫んでたじゃねえか」
「それはそうなんだけど」
「まあ結局、俺たちは何の役にも立たなかったけどな」
「いや。そんなことはないよ」
アルマークは首を振った。
「君の、風を直接相手にぶつけるアイディア。あれを真似させてもらった」
「あれを」
「ああ。僕は風の術じゃなくて吹き上げの術にしたんだ。最初の君の攻撃があったから、それがちょうどうまくフェイントになった」
「吹き上げの術か」
コルエンが目を見張る。
「なるほどな。俺もそっちにすりゃよかった」
そう言って、悔しそうにグリーレストの消えた辺りを睨んだ。
「それで、お前はあいつに褒められたってわけか」
「まあ、多少は褒められたけど」
アルマークは今日までのグリーレストの言葉を思い返して苦笑する。
「大部分は、良くない点の指摘というか説教というか」
「年取ると話がくどくなるんだ」
コルエンは言った。
「目ぇ覚ましたらいきなり褒めてくるから、俺もつい、どうも、なんて言っちまったけどよ」
コルエンは自分の手に拳を当てて、ぱん、と音を出した。
「くそ。一発くらい殴ってやりたかったぜ」
「君らしいな」
アルマークが言うと、コルエンは鼻を鳴らす。
「お前はあいつに思い切り魔法をぶつけてすっきりしてるんだろうけどよ。こっちはいいところなしだ、むかつくぜ」
そう言いながら、コルエンは木の下で倒れているポロイスに近づいていった。
「おい、ポロイス。お前もそろそろ目ぇ覚ませ。帰るぞ」
ポロイスの前にしゃがみ込み、乱暴に頬を叩く。ポロイスはうめいて目を開けた。
「コルエンか」
そう言って、辺りを見回す。
「黒ローブはどうした」
「消えちまったよ、言いたいことだけ勝手に言ってな」
コルエンは立ち上がって、腰に手を当てて笑う。
「褒めてたぞ、お前のことも」
「僕を?」
ポロイスは顔をしかめて木から身体を起こした。
「褒められるようなことは何もしていない」
「基礎が一番できてるってよ」
「なんだ、それは」
「知らねえよ」
コルエンは肩をすくめる。
「あいつ、さすらいの魔法教師かなんかだったんじゃねえのか」
「教師があんな危険な魔法を生徒にぶつけるか」
そう言ってポロイスは立ち上がり、怪訝そうな顔で肩を回す。
「む。意外に大した怪我はしていないぞ」
「俺もだ」
コルエンは頷く。
「ますます腹立つぜ。手加減しやがって」
コルエンはアルマークを振り返った。
「あいつ、また来るかな」
「どうだろう」
アルマークは曖昧に首をひねる。
「もう来ないかもしれないな」
「そうだよな。なんか満足した顔してたもんな」
コルエンは頷いて、もう一度血の混じった唾を吐いた。
「ま、いいや。終わりだ、終わり」
さばさばとした表情でそう言うと、ポロイスを振り返る。
「帰るぞ、ポロイス」
「明日からは試験勉強に集中できそうだな」
ポロイスはため息をついた。
「やはり、やることはきちんとやらないと落ち着かない」
「お前のそういうところ」
コルエンが笑う。
「もう少し、はみだせってよ」
「誰が、そんなことを」
ポロイスが目を剥く。
「だから、さすらいの魔法教師がだよ」
コルエンは楽しそうに言った。
アルマークは二人の会話を聞きながら、そっとマルスの杖を握り直す。
まるで、アルマークの手の形を知っているかのような、以前よりも、さらにしっくりと馴染む感覚があった。
それは、この杖とまた一つ、生死をともにしたからなのだろうか。
グリーレストは、試練に合格しても何の変化もないと言った。けれど、アルマークにはマルスの杖が自分の相棒にまた一歩近づいた気がした。
魔力の尽きたアルマークをコルエンとポロイスが両方から支えて、森を抜け、寮へと歩く。
その道中、不意にポロイスが低く笑った。
「どうした、ポロイス」
コルエンが怪訝な顔をする。
「何か面白いことでも思い出したか」
「いや」
ポロイスは首を振った。
「不思議なものだな」
そう言って、アルマークの顔を見る。
「武術大会が終わったときは、僕は君に肩を貸して歩くことになろうとは、想像もしていなかった」
「そうか」
コルエンがにやりと笑う。
「武術大会ではお前がアルマークに負けたんだったな」
「あのときは悔しかった」
ポロイスは言った。
「何日もまともに眠れなかった」
「ああ」
コルエンが思い出したように笑う。
「毎日、ウサギみてえな目で授業受けてたっけな」
「どうやったら、あの恥をそそぐことができるのか、ずっと考えていた」
ポロイスは言いながら、コルエンにつられたように笑った。
「だが、モルフィスを一撃で殴り飛ばした君の姿を見て、あの時負けたのは当然の結果だった、恥じることではないのだと分かった」
「ありゃ傑作だったな」
アルマークの頭上からコルエンの笑い声が降ってくる。
「モルフィスのやつ、きれいに半回転してよ」
「僕もだよ、ポロイス」
アルマークは答えた。
「僕も、君とこうして歩くことになるとは思わなかった」
「そうか」
ポロイスが小さく頷く。
「武術大会の試合は、命の奪い合いじゃないから」
アルマークはそう言って微笑んだ。
「こうして、次の機会を与えてもらえる。それが素晴らしいと思うよ」
「命の奪い合いではない、か」
ポロイスは呟いた。
「なるほど。確かにな」
「これからも3組にちょくちょく顔を出せよ、アルマーク」
コルエンが言った。
「キリーブも、ああ見えてお前のこと割と気に入ってるぜ」
「ありがとう」
アルマークは頷く。
「何かあったら相談するよ。それに、今日の借りも返さないといけない」
「借りもくそもあるか」
コルエンが笑った。
「俺たちの方こそ……む」
寮の灯がすぐそこに見えていた。
だが、寮とは別の方角から近づいてくる人影に気づいて、コルエンが口をつぐむ。
「誰だ、あれ」
「庭園の方から来たな」
ポロイスが答える。
「女子だ」
「ロズフィリアだよ」
アルマークが言った。
「こっちを見て笑ってる」
「げ」
コルエンが顔をしかめる。
「面倒なやつに見つかったな」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ロズフィリアの凛とした声が響いた。
「珍しい組み合わせだわ」
ロズフィリアは三人の方にずんずんと近付いてくる。
「一番怪我をしなそうな人が、一番怪我をしている」
「やあ、ロズフィリア」
アルマークは答えた。
「君も魔法の練習の帰りかい」
「ええ」
ロズフィリアは頷いた。
「部屋じゃできない練習もたくさんあるから」
そう言いながら、じろじろと三人の姿を見る。
その顔に、隠しきれない笑みが浮かんでいる。
「なんだよ」
コルエンが顔をしかめた。
「気味悪ぃな」
「あなたたちって最高ね」
ロズフィリアは言った。
「ちょうど、治癒術の練習がしたかったのよ」
「練習って、お前」
コルエンが抗議しかけたとき、庭園の方からもう一人、別の人影が戻ってきた。
「あ」
アルマークが声を上げる。
「レイラ」
名前を呼ばれたレイラが立ち止まり、アルマークを見て眉をひそめる。
「どうしたの、その姿」
「いや、ちょっと」
アルマークは苦笑いする。
「魔法の練習を」
「どうしたら、そんなにぼろぼろになるのよ」
レイラは足早に近付いてくると、ロズフィリアに気付いて足を止める。
「レイラ。ちょうどよかったわ」
ロズフィリアは微笑んだ。
「彼らを治療してあげたいの」
「嘘つけ」
コルエンが言った。
「治癒術の練習台にしたいだけだろうが」
それに構わず、ロズフィリアはレイラに言う。
「私はポロイスの怪我を治すわ。あなたはコルエンの怪我を治してくれないかしら」
それから、アルマークを指差した。
「早く治したほうが、アルマークの怪我を治すの。どうかしら」
「ロズフィリア。それは」
「いいわ」
慌ててロズフィリアを諌めようとしたアルマークは、レイラの返答に驚いて彼女を見る。
レイラはロズフィリアを見ようともせずにアルマークに近付くと、一瞥して傷を確かめた。
「アルマーク、ちょっと待っていて。すぐ治すから」
レイラが言った。




