意思
「なぞかけ黒ローブ男、まさかこんなに凶暴なやつだったとはな」
コルエンは杖を構えながら、グリーレストを見た。
「面白え」
「コルエン」
その性格からして聞き入れることはないだろうと思いながらも、アルマークは声を上げた。
「ポロイスと一緒にここを離れるんだ。君たちはもう探すのをやめたはずだろう」
「コルエンがそう素直に諦めるわけはない」
ポロイスが答えた。
「今日で最後、今日で最後と言いながらずるずると毎日行くに決まっている」
「ま、そういうことだ」
コルエンは言った。
「キリーブのやつ、来ればよかったとがっかりするぜ」
「いや、逆だろう」
ポロイスが冷静に首を振る。
「行かなくてよかったと胸をなでおろすだろうな」
三人の会話を黙って聞いていたグリーレストが、不意に肩をすくめた。
「邪魔が入ったが、仕方あるまい」
グリーレストはゆっくりとコルエンの方に向き直った。
「些事は早々に片付けるとしよう」
「へっ」
コルエンが笑う。
「ポロイス、見てろ」
「無理はするな」
ポロイスがそう言って後ろに下がる。
コルエンはそれに答えずにグリーレストに向かって走り出した。
その右手に風が渦巻いている。
コルエンは走りながら左手を地面にかざした。
凶悪な力を孕んだ光が地面を一直線にグリーレストに向かって伸びる。
グリーレストは微かに顔をしかめて右足を地面から浮かせた。
それだけで光は弾けるように霧散した。
「すげえな」
そう言って口元を歪めるコルエンは、もうグリーレストの眼前に迫っていた。
「おら、くらえ」
コルエンが至近距離で放った風の術。
その威力にさしものグリーレストも一歩後ずさった。
だが、それだけだった。
強烈な風をものともせずにグリーレストが手を一閃すると、その動きと合わせて衝撃波が生じる。
それをまともに食らってコルエンは吹っ飛んだ。
「コルエン!」
ポロイスがグリーレストの追撃を防ぐように不可視の盾を展開しながらコルエンに駆け寄る。
だがグリーレストは興味なさげにそちらを一瞥しただけだった。
「素質は、こちらのほうがあるやもしれぬな」
グリーレストはそう言って、ちらりとアルマークを見た。
「いずれにせよ、どうでもいい話か」
アルマークはそれに構わず、コルエンに叫ぶ。
「大丈夫か、コルエン」
「なんてことねえよ」
コルエンはそう答えてすぐに立ち上がった。
「お前に食らった突きのほうがよっぽど痛え」
「離れろ、ここは危ない」
アルマークの言葉に、コルエンは笑って血混じりの唾を吐いた。
「やだよ、盛り上がってきたところじゃねえか」
「まだいけるか」
ポロイスも声をかけるが、こちらは、一応聞いただけ、という感じだ。
「当たり前だ」
コルエンはそう言うと、アルマークを見る。
「アルマーク。お前こそ、俺に力を貸せ」
どう答えていいか分からずにアルマークがコルエンを見返すと、コルエンは笑ってポロイスに向かって顎をしゃくった。
「ポロイス、行くぜ」
「ああ。昨日考えた例のやつだな」
ポロイスが頷く。
「なんでもいい。早く済ませい」
グリーレストが退屈そうな声を上げた。
「へっ、分かってるよ」
コルエンが笑う。
それが合図だったかのように、コルエンとポロイスは同時に走り出した。
コルエンはグリーレストの右側に、ポロイスは左側に。
グリーレストは黙って二人の動きを眺めている。
二人はそれぞれグリーレストの左右斜め後方まで達するとそこで足を止め、杖をかざした。
稲光の術が二方向から同時にグリーレストを襲う。
だが、二つの光はグリーレストに当たる寸前でかき消されるようにして消えた。
「おっ」
コルエンが嬉しそうな声を出す。
「やっぱり返しの術は来ねえ。いいぞ」
グリーレストが無表情にコルエンの顔を見た。
「ポロイス!」
コルエンは叫ぶ。
「ああ」
ポロイスが応じて、再度杖を掲げる。
グリーレストの足元の草が爆発的に膨れ上がってその身体を締め付けた。
それと同時にコルエンの放った光の網が上からグリーレストに覆いかぶさる。
「やれやれ」
グリーレストは小さく首を振ると、右手を上げて網を引き裂き、左手を振るって草を薙ぎ払った。
それを見たコルエンがにやりと笑う。
「アルマーク!」
コルエンが叫んだ。
アルマークにも、コルエンの言わんとしていることが分かった。
右手で網。左手で草。
グリーレストの腕は、二本だけだ。
さすが、コルエン。
アルマークは残った魔力をマルスの杖に込めて思い切り振り抜いた。
気弾の術。
二本の腕で二人の魔法に対処し、無防備のグリーレストの身体に。
コルエンが会心の笑みを漏らす。
だがその瞬間、グリーレストが、大きく口を開いた。
その喉の奥から、裂帛の気合が放たれる。
声に、巨大な魔力が乗っていた。
光を伴った衝撃が、アルマークの放った気弾もろとも、周囲の空気を振動させながらアルマークをなぎ倒す。
「うおっ」
「アルマーク」
思わず声を上げた二人を見もせず、グリーレストは言う。
「この程度で仕留められると思われたのは心外だが、まあ児戯にしては手が込んでいた」
グリーレストのローブがはためいた。
「どれ、少しだけ児戯ではない魔法を見せるか」
そう言って、地面にふわりと手をかざす。
それと同時に、コルエンとポロイスを包むように地面が格子状の青白い光を放った。
「これは」
「ポロイス、離れろ」
コルエンが叫びながら飛びのくが、一瞬遅かった。
光が爆ぜた。
衝撃を伴った光の乱反射をまともに浴びて、二人がたまらず吹き飛ばされる。
近くの木の幹に叩きつけられたポロイスが声も上げずに崩れ落ちた。
「くそっ」
野性の勘で直撃を避けたコルエンが、血を滴らせながらそれでも杖を構える。
まるで水準の違う魔法を目の当たりにしても、その顔に恐怖の色はない。
「いい素質を持っている」
グリーレストは感情もなくそう言うと、手を突き出した。
衝撃。
三度吹き飛ばされたコルエンの長身が宙を舞い、叩きつけられた地面で、二、三度跳ねた。
「コルエン! ポロイス!」
アルマークは叫んだ。
返事はない。
「待っておれ」
グリーレストはアルマークを振り返りもせずに言うと、ゆっくりとコルエンたちに向かって歩き出した。
「待て」
アルマークは叫ぶ。
「何をする気だ」
「息の根を止める」
グリーレストは言った。
「鍵の話を知ったかもしれぬからな」
「何を言ってるんだ」
アルマークは目を見開く。
「やめろ」
「我に命ずるな」
グリーレストは背中で答えた。
「汝にその資格はない」
絶句するアルマークを尻目に、グリーレストは倒れているコルエンの前で立ち止まった。
「さて」
その瞬間、コルエンが跳ねるように起き上がった。
ほとんど意識もなく、まるで闘争本能だけで動いたように見えた。
長い腕を伸ばして殴りかかるコルエンを、グリーレストは見た目からは想像もつかない俊敏な動きで捌くと、その側頭部に容赦のない蹴りを叩き込んだ。
糸が切れた操り人形のように倒れたコルエンの首を、グリーレストの足が踏んだ。
「闘志は十分。だが技術が粗い」
言いながら、その足に力を込める。
「やめろ!」
アルマークが立ち上がった。
それを見て、グリーレストは薄く笑う。
「命令は聞かぬと言ったであろう」
「やめろ」
アルマークはもう一度言った。
「知っているのか。一度失った命は戻らないんだぞ」
「何を当然のことを」
グリーレストは笑う。
「知っておるとも。汝などよりも余程」
「なら、コルエンから離れろ」
「意味が分からぬ」
グリーレストが笑って足を振り上げる。
そのまま足を振り下ろそうとしたとき、ぱん、と乾いた音がした。
体勢を崩したグリーレストが意外そうな顔で地面に足をついた。
足に気弾の術を受けた音だった。
アルマークの身体の中で、尽きたはずの魔力が渦巻いていた。
気弾の術がグリーレストの身体をまともに捉えたのは初めてだった。
「離れろと言っている」
アルマークは言った。
その雰囲気が一変していた。
グリーレストは目を細める。
「言ったであろう。命令は聞かぬと」
「そうか」
アルマークの身体の中で魔力たちが叫ぶ。
俺たちを使え。
こいつを壊せ。
その殺意にも似た魔力の意思を、アルマーク自身の強靭な意思が圧殺した。
うるせえ。気が散る。
くだらねえことを四の五の言うな。
魔力の声が、気圧されたように静まっていく。
アルマークは、魔力を自分の意思でぎりぎりと締め上げた。
お前らの声など、知ったことか。
従え。
黙って、僕に。
アルマークの魔力が、凄まじい速度で先鋭化していく。
「それなら、力づくだ」
アルマークは言った。




