命
アルマークの曲げた風が、実践場の隅に立てられた小さな旗をふわりと翻らせた。
「すごい」
ウェンディは目を丸くする。
「こんな弱い風を、あんな遠くまで」
「ああ」
アルマークは息を吐いて杖を下ろすと、額の汗を拭った。
「うまくいってよかった」
「すごく上達してるね、風曲げの術」
ウェンディが自分のことのように嬉しそうに笑う。
「本当に上手」
「いや、まだまだだけど」
アルマークはそう言いながらも表情を緩めた。
「ノリシュに教えてもらったんだ。風の芯を捉えるコツを」
「風の芯?」
ウェンディは目を瞬かせる。
「うん。ノリシュが使ってた言葉なんだけど」
「そう。風の芯、か」
ウェンディはその言葉を反芻するように何度か口の中で呟いた後、納得したように頷いた。
「ノリシュらしい言葉」
「うん」
アルマークは頷く。
「自分で作った言葉だって言ってた。でも、聞いてなるほどと思ったんだ」
「ノリシュは伝えるのが上手だから」
ウェンディは微笑む。
「分かりやすかったでしょ」
「そうだね」
アルマークは思い出して口元を緩める。
「ネルソンの教え方のことを怒ってたな。全然分からなかったって。僕はどちらも面白いと思ったけど」
「ノリシュは伝えるのがうまいけれど」
ウェンディはアルマークの表情を見て微笑んだ。
「アルマークは受け取るのがうまいのよ」
光の網が、空中を自在に飛び回る大小の木の模型を次々に捕らえていく。
木でできた鳥。獣。魚。虫。龍。
それらがてんでばらばらに空中を飛び回るが、決して互いにぶつかることはない。
それを全て一人で操っているのはウェンディだ。
やっぱりすごいな。
ウェンディの魔法の精密さに舌を巻きながら、アルマークは頭上の模型に目を走らせる。
最後まで逃げ回っていた、親指ほどの大きさの小さな鳥の模型を光の網ががっしりと捕らえた。
アルマークが腕を上げて網を絞る。
「これで、全部だ」
アルマークはそう言いながら、網から落ちてきた小鳥の模型を手に取った。
「うん。合格」
ウェンディは頷いた。
「この魔法が一番苦戦するかと思っていたんだけど」
そう言いながら、アルマークの足元に並べられた模型に目をやる。
「びっくりするくらい上手になっていたね。誰に教えてもらったの」
「ああ、光の網はね」
アルマークが言いかけるのを、ウェンディは手を上げて制した。
「待って。当てるから」
そう言って、アルマークの作った網を思い出すかのように空中に目を泳がせる。
「うん」
ウェンディはすぐに笑顔で頷いた。
「分かった」
「どうぞ」
アルマークは手で促す。
「モーゲン」
「正解だ」
アルマークは微笑む。
「この間、なぞかけの話を君にしたときに、話していたかな」
「ううん」
ウェンディは首を振る。
「あのときは、補習の内容までは話していなかったよ」
「そうだったっけ」
「うん。モーゲンのお菓子袋のことは、袋の大きさから模様まで詳しく教えてくれたけど」
ウェンディの言葉に、アルマークは苦笑いする。
「なぞかけのひらめきがそこから来たんだ。だから、しっかり話そうと思って」
「ちゃんと話してくれてありがとう」
ウェンディはアルマークの冗長な話を思い出したようで、楽しそうに頷く。
アルマークは改めてウェンディを見た。
「でも、それならどうしてモーゲンだって分かったんだい」
「だって、網が」
ウェンディは微笑む。
「モーゲンの作る網に似ていたもの」
「網が?」
アルマークは眉をひそめる。
「似てるとかってあるのかな。形がってことかい」
「そうじゃなくて」
ウェンディは首を振る。
「もう一度網を出してくれる?」
「ああ、うん」
アルマークは言われるがままに空中にもう一度光の網を作り出す。
それを見ながら、今度はウェンディが手を伸ばした。
「私も作るね」
アルマークの網に重なるように、もう一つの網が出現する。
「あっ」
アルマークが声を上げた。ウェンディはその顔を見て小さく頷く。
「分かった?」
「網の出方が違うね」
アルマークは二つの網から目を離さずに答えた。
「正解」
ウェンディが微笑む。
アルマークの網は、獲物を捕らえるように勢いよく空間に飛び出してきた。
だが、ウェンディの網は空間に蜘蛛の巣のように不意に出現した。
「物体浮遊の術に、得意なタイプがあるっていう話は聞いた?」
ウェンディの言葉に、アルマークはデグの顔を思い出す。
「うん。デグから教えてもらったよ。引き寄せるのが得意なタイプと、遠くに飛ばすのが得意なタイプ。それぞれにイメージの仕方も違うんだって」
「ええ」
ウェンディは頷く。
「これも、似たような感じ。みんな、どっちのやり方もできるけど、ほとんどの人が得意なのは私の出したほう」
「蜘蛛の巣みたいな網か」
「うん。そのほうが、網目をきちんと細かく作りやすいでしょ」
「ああ、なるほど」
アルマークは頷く。
確かに、最初から筒状で現れる網よりも、まずは平面で展開される網のほうが網目を精緻にイメージしやすい。
「言われてみれば、僕もモーゲンの網の出し方を元にイメージしていたかもしれない」
「そうでしょ」
ウェンディは微笑む。
「よかった、当たって」
「じゃあモーゲンは筒状に作るほうが得意なタイプなんだね」
アルマークは言った。
「珍しいタイプなんだ」
「珍しいタイプ……うん。そうだね」
ウェンディが曖昧に頷くのを見て、アルマークは眉をひそめる。
「違うのかい」
「モーゲンも、前は私達と同じように出していたと思う」
「えっ」
アルマークは腕を組む。
「途中から変えたのか。自分の得意なやり方を見つけたのかな」
「これは私の勝手な予想だけど」
ウェンディは言った。
「モーゲンは、考えたんじゃないかしら。これからは網をいちいち平面で作っていたんじゃ間に合わない。だから、最初から筒で作ろうって」
「間に合わない」
アルマークは目を見開く。
「何にだい」
「あなたを守るのに、でしょ」
ウェンディは微笑んだ。
「ボラパと戦ったときに、きっとそう思ったんだわ。それで、やり方を変えたのよ」
「まさか」
アルマークは首を振る。
「モーゲンは、そんなこと一言も」
「私の勝手な予想だって言ったでしょ」
ウェンディは穏やかに首を振った。
「でも、私も負けていられないな」
一通りの試験対策を終えた後、ウェンディはアルマークに言った。
「さあ、あと二つ」
「二つ?」
「難しいのが残っちゃった」
ウェンディは微笑む。
「治癒術と、変化の術」
「確かにどちらも難しいね」
アルマークは頷く。
「でも、大丈夫。やってみせるよ」
「魔法にすごく自信がついたみたいだね」
ウェンディはアルマークから一歩離れて、その全身をまじまじと眺める。
「なんだか、アルマークの後ろにクラスのみんながいるみたい」
「みんなが大事なものを僕に分けてくれたからね」
アルマークは真面目な顔で頷いた。
「命を分けてもらったのと一緒さ」




