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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十九章

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「ウェンディ!」

 向こうでラドマールが手を振っている。

 その隣ではイルミスが渋い顔をしている。

「僕の魔法を見せるぞ、こっちに来い」

「あ、うん」

 ウェンディは返事をしてから、困ったようにアルマークの顔を見た。

「僕は大丈夫」

 アルマークは頷く。

 ちょうど湧水の術を終えて、風の術と風曲げの術に入るところだった。

「こっちで風の術の練習をしているから、ラドマールの魔法を見てあげてくれ」

「うん」

 ウェンディは頷いて、それでも気遣わしげにアルマークを見た。

「ごめんなさい。すぐに戻るね」

「大丈夫。ちゃんと見てあげてよ」

 アルマークはそう言って、マルスの杖を構えた。



 ラドマールが自分の中で魔力を練る。

 イルミスの隣に立ったウェンディは、その魔力の質に目を見張った。

「先生」

 そう声をかけてイルミスを見上げる。

「ラドマールの魔力」

「うむ」

 イルミスは口元を緩める。

「だいぶ成長しただろう」

「はい」

 ウェンディは頷いてラドマールに目を戻した。

「すごいですね。魔術祭のときとはもう別人みたい」

 魔力を練り終えたラドマールが、芝居がかった仕草で手を突き出す。

「霧の魔法」

 そう叫ぶと、手から真っ白い霧が噴き出した。

 霧はたちまちのうちに実践場内を覆っていく。

「すごい」

 ウェンディが歓声をあげ、ラドマールが誇らしげに笑ったときだった。

 びしゃっという音がした。

 ラドマールの手から床に水が落ちる。

 集中を欠いたラドマールの魔力が霧から水に変わっていた。

「ぬっ」

 ラドマールは顔を赤くして魔力を操作しようとするが、一度水に変わった魔力はなかなか霧状になってくれない。

「く、くそ」

「いったん止めろ、ラドマール」

 イルミスが厳しい声を上げた。

「魔力を大量に消耗してしまうぞ」

「いや、まだ」

 ラドマールはそれでも必死の形相で、水を噴き出す手を突き出したまま、魔力の制御を試みようとする。

 ばしゃばしゃと派手な音を立ててこぼれ落ちる水が、床に水たまりを作っていく。

「ラドマール」

 顔をしかめてイルミスが一歩踏み出そうとしたその時だった。

「先生、私が」

 ウェンディがそう言って、ラドマールのもとに走った。

 ウェンディはラドマールの背後に回ると、そっとその手を支える。

「なっ」

 ぎょっとしたように振り返るラドマールに、ウェンディは厳しい顔で首を振る。

「集中して」

 そう囁くと、ラドマールの腕を水平より上の高さまで持ち上げる。

 その手から流れる水が、さっきまでよりもさらに大きな音を立てて、床で跳ねた。

「あなたの手から床に落ちるまでの、この水を見て」

 ウェンディはラドマールの後ろで囁く。

「イメージするの。この水が、床に落ちきる前に霧になって飛び散ってしまう様子を」

 そう言って、自分の腕が濡れるのも構わずに、さらにラドマールの手を上に上げる。

「この水の流れが小さな滝だと思って。それが強い風に吹かれて飛び散る光景を強くイメージするの」

 真っ赤な顔でどうしていいか分からない様子だったラドマールの目が、ウェンディの言葉とともに徐々に落ち着きを取り戻していく。

「滝か」

「ええ」

 ウェンディは頷く。

「僕の国にも滝がある。大きくはないがとてもきれいな滝だ」

 ラドマールは言った。

「僕の国と同じだ。ヴォルカドも、大きくはないが美しい」

「そう」

 ウェンディは表情を緩める。

「その滝に、強い風が吹くの。そうして、水が霧になる」

「ああ」

 ラドマールが頷く。

「見える」

 不意に水音が止んだ。

 イルミスが片眉を上げる。

 その手から流れ落ちていた水が、途中で霧に変わって実践場の中へ流れ出し始めた。

 やがて水が霧へと変わる位置は少しずつ上に上がっていき、最後には水の流れはすっかり消え、手からそのまま霧が噴き出すようになった。

 それを見届けて、ウェンディはラドマールを支えていた手を離す。

「できたね」

「ああ」

「あなたの霧だって、きっとヴォルカドの滝と同じくらいきれいだよ」

 ウェンディが言うと、ラドマールは真剣な顔で頷いた。

「滝ならずっと見てきたからな。はっきりとイメージができた」

 そう言って、自分の霧の流れる先を見つめる。

「さっきも言ったが、ヴォルカドの滝はきれいだ」

 霧が周囲を包んでいく。

 それに紛れるようにして、ラドマールは小さな声で言った。

「ウェンディ。お前もいつか、見に来い」



「ウェンディの前だからと、いい格好をしようとしたな」

 霧がすっかり消えた後。

 イルミスは厳しい声で言った。

「ラドマール。自分の魔法をかっこよく見せようとか、いつもよりもうまくやってやろうとか、そういう余計な感情は魔術師にとっては大敵だ」

「はい」

 ラドマールは渋々頷く。

「芝居がかったような余計な動作は不要だ。練習のとおりに、ありのままの自分の魔法を使えばいいのだ」

 イルミスはそう言って、ラドマールの顔を覗き込む。

「分かるな」

「はい」

 ラドマールは返事をしたあとで、うつむいてちらりとイルミスの隣に立つウェンディを見た。

 それを見て、ウェンディがとりなすように言う。

「でも、魔力はきれいに練れていたし、失敗した後にちゃんと立て直せたのはすごかったよ」

 その言葉に、ラドマールが嬉しそうに顔を上げる。

 だがイルミスは首を振った。

「ウェンディ、褒めなくていい。普段はもう少しできる」

「はい」

 ウェンディは首をすくめる。

「すみません」

「だが、よくやってくれた」

 イルミスは微笑んだ。

「ありがとう。君のおかげで彼の不安定さがよく分かった」

「いえ、そんな」

 恐縮するウェンディを優しい目で見やると、イルミスは背後を振り返った。

「アルマークの続きを見てやってくれ」

「はい」

 ウェンディは頷いて、ラドマールに向かって胸の前で握りこぶしを作ってみせる。

「頑張ってね、ラドマール」

「ああ」

 ラドマールはいつもの無愛想な表情で答えるが、その頬はいつもと違って赤く染まっている。

 ウェンディはラドマールに小さく手を振ってアルマークのもとに駆け戻った。



「ごめんなさい、アルマーク」

 走って戻ってきたウェンディを見て、アルマークは心配そうにそのローブの袖を手に取った。

 袖は、じっとりと重く濡れている。

「大丈夫かい、腕がずいぶん濡れてしまったみたいだけど」

「あ、見てたの」

 ウェンディが決まり悪そうな顔をした。

「あ、いや」

 アルマークは慌てて袖から手を離して否定しようとするが、すぐに諦めて頷く。

「うん、実は見てしまった。ちょっと気になって」

「大丈夫」

 ウェンディは微笑む。

「ラドマール、うまくなってたよ。魔力の質もすごく良くなってた。きっとアルマークやみんなのおかげだね」

 そう言ってから、付け加える。

「あ、もちろん一番はイルミス先生のおかげだけど」

「そうか」

 アルマークは頭を掻いた。

 ラドマールの魔力の質が良くなったことは、もちろん知っている。

 毎日同じ実践場で練習しているのだから。

 気になったのはそっちじゃないんだけどな。

 そう思いながら、アルマークはウェンディの濡れた袖口をもう一度心配そうに見た。

「帰る前に魔法で乾かしたほうがいいよ。風邪を引いたらいけない」

「ありがとう」

 ウェンディは頷いて、自分の袖を見る。

「大丈夫。ここは暖かいからすぐに乾くよ。さあ、続きをやりましょう」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 何より、ごく自然にイルミス先生に謝ってるところに成長を感じます。先生すごい。
[一言] ラドマールくん、どんなに頑張ってもしょせんは噛ませ… 以前から思ってたけどこの学校は先輩後輩の関係が揺るいですな。平民だけでなく貴族達にしてもそんな態度とるか?というか貴族なのに対人教育も…
[良い点] わー、アルマークの心にこんな時でも気になるという感情が。 そのきっかけになってしまったとなると頑張った分ラドマールも哀れな
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