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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十九章

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 その日の寮への帰り道、グリーレストが姿を現す気配はなかった。

 もう鍵の所有者を確認することができたからだろうか。

 背中に背負うマルスの杖も何の反応も示さない。

 アルマークは安心して、キュリメと他愛のない話をしながら道を歩いた。

「補習に来ていないのも、これで残りはあと二人だね」

 キュリメがそう言ってアルマークを見る。

「明日は、誰だと思う?」

「あと、残っているのはウェンディとウォリスだけなんだ」

 アルマークは答える。

「そうすると、明日はやっぱりウェンディかな」

「正解」

 キュリメは微笑んだ。

「どうして分かったの」

「ウォリスはクラス委員だから」

 アルマークは言う。

「きっと、自分で最終日にするって言うと思ったんだ」

「それも正解」

 キュリメは頷く。

「ウェンディ、すごく張り切ってたから期待しててね」

「うん」

 アルマークは微笑む。

「そういえば、ウェンディにはいつもいろいろなことを教わってるけど、ウォリスにきちんと何かを教わるのって初めてかもしれない」

 アルマークが言うと、キュリメは少し顔を曇らせた。

「私、ウォリスのことだけはよく分からないの」

「分からない?」

 アルマークはキュリメを見る。

「確かに、僕も彼のことはよく分からないな」

「ええと、言い方が悪かったね。分からないっていうか……見えない」

「見えない」

 アルマークは繰り返す。

「さっきイルミス先生も言っていた、君の洞察力でも見えないってことかい」

「うん」

 キュリメは頷く。

「私、話していると、この人はどんな人だってことがだいたい分かるんだけど」

 そう言って、誰もいない周囲にちらりと目を配る。

「ウォリスは、分からないの。見えたって思うときもあるんだけど、次に話したときにはまるで別の人みたいで」

「ああ……」

 アルマークにも思い当たることはあった。

 普段ウォリスが見せている、人当たりのいい頼れるクラス委員としての顔。

 アルマークと二人で武術大会のやり直しをしたときのような、冷静な判断力を見せつつも、いたずら好きで自分の危険までも楽しむ優雅な王族のような顔。

 それとは別に、時折垣間見せる、まるで歴戦の傭兵のような冷たい殺気を持つ顔。

 さらに、武術大会で闇の魔術師相手に見せた、闇の力の使い手としての顔。

 ウォリスには、いくつもの顔がある。

 夏季休暇の始まる前日の夜、一人で学院を去っていったウォリスは、いったいどんな顔をしていたのだろう。

「僕も、そう思うことがあるよ」

 アルマークが言うと、キュリメはアルマークの顔を見て頷いた。

「うん」

「あっ」

 アルマークはその仕草の意味に気付いて顔を赤らめる。

「また、僕が知ったかぶりをしたと思ったね」

「ごめんなさい」

 キュリメは手で口を覆って首を振る。

「自分でも無意識にやってしまうの。悪く思わないで」

「悪くなんて思うわけないさ」

 アルマークは微笑む。

「僕も、知ったかぶりはあまりしないように注意するよ」

「ありがとう」

 そう言ったあとで、キュリメはアルマークの顔をもう一度見た。

「でも、アルマークは今まで私が見たことのないタイプの人だわ」

「僕だけ、北の人間だからね」

 アルマークが快活に答えると、キュリメは目を伏せた。

「うん……そうなのかな」

「そうだと思うよ」

 アルマークはそう言って、それから大きく息を吐いた。

 白い息が、アルマークの後方に流れていく。

「明日は、ウェンディか」

 そう言ってから、アルマークはキュリメを見た。

「僕がどれくらい明日が楽しみか、分かるかな」

「ええ」

 キュリメは微笑む。

「分かるわ。あなたが、ウェンディのことをどれだけ大切に思っているのか、よく見える」

「それならよかった」

 アルマークは頷く。

「みんなのおかげで魔法がうまくなったところを、ウェンディに見てもらいたいんだ」

 アルマークはウェンディの姿を想像して微笑んだ。

「僕のことを、まるで自分のことみたいに喜んでくれるんだ。早く見せたい」

 その表情を見て、キュリメは、ふふ、と笑った。

「本当に、アルマークは面白いね」

「そうかな」

「うん」

 キュリメは頷くと、改めてアルマークを見た。

「あなたの魔力は、人よりも大きいから、強く、速く、大きく、はもうできているのよ。後は」

「後は」

 アルマークは眉を上げる。

「弱く、ゆっくりと、小さく」

 キュリメは言った。

「それはつまり、一言で言うと」

「丁寧に、ってことだね」

 アルマークの言葉にキュリメは頷いた。

「ええ」

 キュリメはアルマークを見て、微笑む。

「あなたならできるわ」

「ありがとう、キュリメ」

 アルマークは言った。

「君に言ってもらうと、自信になる」

 その言葉に、キュリメは笑う。

「誰の言葉がなくても、あなたはやるわ。あなたは、きっとそういう人だもの」



 乱暴に地面に転がされたアルマークの上に、呆れたようなグリーレストの声が降ってきた。

「弱い、遅い、小さい」

 言いながら、黒衣の魔術師はゆっくりとローブを翻す。

「なんとも中途半端な魔法よ」


 寮で夕食を済ませてから、アルマークは再度校舎への道に舞い戻った。

 マルスの杖を掲げると、待っていたかのように姿を現したグリーレストが、杖の先端に触れた。

「さて、始めるとするか」

 質量を取り戻した身体で、グリーレストは言った。


 グリーレストの足音に反応して瞬時に立ち上がったアルマークの振るったマルスの杖から、石をも切り刻む斬撃の風が飛ぶ。

 風切りの術。

 だが、その魔法はグリーレストのローブにすら届かなかった。

「身体の動きは大いに結構」

 造作もなくアルマークの魔法を打ち消したグリーレストが振り向く。

「だが、魔法はまるで児戯」

 そんなはずはない。

 アルマークは足を止めずにグリーレストの側面に回り込む。

 魔力は大きい、とキュリメが言ってくれた。その点はイルミス先生だって認めてくれた。

 それなのに、その全力の魔法を、弱いと言われた。小さいと言われた。

「おかしいのう」

 グリーレストは呑気に顎に手を当てる。

「出てくる時期を間違えたのか? あの変化の術は、汝がかけたのではないのか」

 それに答えず、アルマークは立て続けに気弾の術を放つ。

 舞い上がる土でグリーレストの目をくらませておいて、頭上から光の網を覆いかぶせた。

「それにしては、物足りぬのう」

 腕のひと振りで、光の網をちゃちな蜘蛛の巣のように振り払うと、グリーレストは言った。

「まあ、とにかく出てきてしまったものは仕方ない」

 背後に回り込んだアルマークの足元から地面が消失する。

 空中で足をばたつかせたアルマークは、気付いたときには近くの木の幹に叩きつけられていた。

「しかと己の役割を果たさせてもらうまでよ」

 グリーレストはそう言うと、痛がるそぶりも見せずに立ち上がったアルマークの姿に目を細める。

「さあ、まだまだ夜は長いぞ。存分に示せ、汝の力を」

 グリーレストが両腕を広げた。

 アルマークは杖を構えて、また走り出す。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 弱く、ゆっくりと、小さく。 弱い、遅い、小さい。 辛辣ぅ! そりゃあのレベルの術を通常レベルで求められるなら出てくる時間違えてるよね。レイラの言うとおり、毎回出来ればいいのでしょうが…。 …
[一言] …ほんと出てくる時期間違えてるよなぁ 二年間ブランクあるのにテスト前とか嫌がらせ以外の何者でもない
[良い点] キュリメの評価とグリーレストの評価は真逆なのか。 丁寧に魔法を使おうとしたら弱遅小などと言われた、としたら頭抱えそうになりますが、やはり求められるレベルが高いのか
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