魅力
その日の放課後。
魔術実践場に、セラハとラドマールが並んで現れたのを見て、アルマークは目を丸くした。
「アルマーク。来たよー」
にこにこしながら手を振るセラハと、ぶすっとした顔のラドマールを交互に見比べて、アルマークは口を開く。
「二人とも、知り合いだったのかい」
「ううん」
セラハは首を振る。
「そこで会ったの」
「そこで」
アルマークは目を瞬かせる。
「ええと、初対面ってことかい」
「そうだよ。ね、ラドマール」
「ああ」
ラドマールはアルマークの方も見もせずに答える。
「私がこっちに来る時に、ラドマールの背中が見えてね」
セラハが明るく説明を始めた。
「こっちに向かってるみたいだったから、ぴんと来たの。ああ、この子がアルマークと一緒に補習を受けてる子だって」
「一緒じゃない」
ラドマールが口を挟む。
「僕は僕で、こいつとは別にイルミス先生から指導を受けているんだ」
「ああ、そうなんだ。ごめんね」
セラハは笑顔でラドマールに謝ると、アルマークを見る。
「それで、この子、魔術祭で一生懸命ダンスしてた子だったなーって思い出してね。話しながらここまで来たの」
「話しながら」
アルマークは目を丸くしてラドマールを見た。
ラドマールは、ふん、と鼻を鳴らす。
「悪いか」
「いや、全然」
アルマークが首を振ると、ラドマールはセラハから離れて壁際に歩いていく。
「今日はイルミス先生が来るまで僕は瞑想の時間だ」
ラドマールは言った。
「邪魔するなよ。アルマーク、セラハ」
「ああ、分かった」
アルマークは答えて、ラドマールが壁際に座り込んで目を閉じたのを見届けてから、そっとセラハに囁く。
「ラドマールが君の名を呼んだ」
「うん」
セラハはきょとんとして頷く。
「だって、名乗ったもの」
「いや、それにしても」
アルマークは首を振った。
「いろいろな人が僕の補習に来てくれたけど、ラドマールがここで僕以外の生徒の名前を呼ぶのを初めて聞いたよ」
「え、そうなの」
セラハは不思議そうな顔をする。
「うん」
アルマークは頷く。
お前、とか、そいつ、とかラドマールの上級生に対する呼び方は散々なものだった。
ラドマールが一応はきちんと名前を呼ぶ3年生は、アルマークのほかには、ウェンディくらいのものだ。モーゲンの名は呼んだことがあっただろうか。あったかもしれないが、ちょっと記憶にない。
「でも、普通の子だよ」
セラハは言った。
「ちょっとひねくれてるのかもしれないけど。別に会話してて嫌な感じはしなかったけどな」
「それならよかった」
アルマークは答える。
「悪い子ではないのは間違いないんだけど、ちょっと分かりづらいというか、誤解されやすいところがあるから」
「そう?」
セラハは首を傾げた。
「別に気にならないけどな」
「もしかして、君にも似たような弟がいたりするのかい」
「いないけど」
セラハは首を振る。
「ほら、うちは商売やってるでしょ。それでいろんな人が家に出入りしてたから」
そう言って、嫌なことを思い出したように顔をしかめた。
「商売やってると、本当にいろんな人が家に来るのよ。結構、子連れで来たりもしてね。嫌な子だなって思っても、親から、お得意様のお子さんだ、なんて言われたら愛想よくしなきゃいけないし。お金だけはある変な人もいっぱいいたわよ。それに比べたら、ぜーんぜん」
壁際の、気持ち穏やかな表情で瞑想をするラドマールを見て、セラハは微笑んだ。
「ラドマールなんて、ちょっとシャイで無愛想な、普通の子だよ」
「すごいな」
アルマークは感心して首を振った。
「君のその、おおらかなところ」
そういえば、魔女セラハを演じる前のセラハは元来、商家育ちの人懐っこい明るい子だった。
「君のそういうところは、あの魔女よりも、もっと魅力的だと思う」
「え?」
セラハは顔を赤らめて頬に手をやる。
「そうかな。え、魅力的? 照れる」
「うん。魅力的だ」
アルマークは力強く頷いた。
魔女の強さも確かに魅力的だが、周囲の人を自然に仲間に引き込み元気にできるセラハの明るさ。それのほうがアルマークには遥かに魅力的に映った。
「できれば、ラドマールにもちょくちょく声をかけてあげてほしい」
アルマークは言った。
「あんな調子だけど、本当に嫌だったら絶対に口をきくような人間じゃないんだ、ラドマールは」
その頑固さ。
強さと表裏一体のそのかたくなさを、アルマークも何度も目にしてきた。
「だから、君と話すのは決して嫌じゃないんだと思う」
「普通のことしか話してないけどなあ」
セラハは苦笑する。
「それが難しいんだ」
アルマークは顔をしかめる。
「僕なんて、そもそも何でもない話っていうのがあまりできない。だからきっと僕がラドマールに話しかけても、わざとらしかったり、不自然だったりするんだと思う。でも君はあのラドマールと初対面で何でもない会話をしたんだろ」
アルマークは心から言った。
「すごい」
「大げさだってば」
セラハは照れくさそうに両手を振る。
「そんなこと言われると、私だってかえって話しづらくなるじゃない」
「あ、そうか」
アルマークはしまったという顔をする。
「ごめん。僕のこの話は忘れてくれ」
「いや、ここまで話しておいて。もう遅いってば」
セラハは声を上げて笑った。
笑い声が少し大きかったので、アルマークはラドマールがまた嫌な顔をするかと思ってそちらを見たが、壁際で瞑想する赤髪の少年は目を閉じたまま何の反応もしない。
ラドマールの中で、セラハの存在はもうかなり受け入れられているようだ。
僕が少し大きな声を出すと、まだ嫌な顔をするのにな。
アルマークはなんだか負けたような気分になる。
「僕のほうが君よりも彼と付き合いが長いのに、君のほうが受け入れられている」
そう言って肩を落とすと、セラハはまた声を上げて笑う。
「アルマーク、なんだか彼のお兄さんみたい」
「そんなことないよ」
アルマークは力なく首を振る。
「ただ、僕は同じ薬湯仲間として」
「なに、その変な仲間」
セラハはおかしそうに笑う。
「まあ、人と話すのは得意だからね、私は。文章を読んだりするよりも、よっぽど」
そう言って、アルマークを見て頷いた。
「でも、こんな何でもないことを、そんなに褒めてくれてありがとう」
「それでは」
気を取り直して、セラハがアルマークに向き直った。
「今日の補習を始めます」
「はい」
アルマークは真剣な表情で頷く。
「お願いします」
その顔を見て、ふふ、と笑うと、セラハはローブの袖から針を二本取り出した。
「これ。分かる?」
ああ、とアルマークは頷く。
「助かるよ。それ、すごく苦手なんだ」
「そうだろうと思った」
セラハはくすりと笑った。
「ということで、今日は治癒術の練習をします」




