(閑話)南の魔法学院の男子二人が魔術祭の後夜祭でダンスを踊る話。
軽快な弦楽器と打楽器の音。
校庭の中央に焚かれた火の周りで、たくさんの生徒たちが踊る。
三日間の魔術祭の掉尾を飾る、後夜祭のダンスだ。
あどけなさの残る1年生たちが覚えたてのダンスをぎこちなく、それでも一生懸命に踊る。
2年生になればもうすっかり慣れたもので、クラスごとに分かれて楽しそうにステップを踏んでいる。輪のあちこちで明るい笑い声が弾ける。
だが、今年の3年生は、例年とは少し様子が違う。
いつもはクラスごとに踊るのが通例なのに、今年は学年全体が大きな一つのグループになっていた。
3年生の三つのクラスは、魔術祭の出しものである演劇で、それぞれのクラスの持ち味を遺憾なく発揮した。
そのせいで3組は後夜祭に遅刻することになったが、各組を率いるクラス委員、アイン、ウォリス、ルクスの三人は、その場の雰囲気を見て、初等部では最後となる魔術祭のダンスを、学年全体で入り混じって踊ろうと決めたのだった。
しかし、この学院の生徒は、男子に比べて女子の数がはるかに少ない。女子とペアでダンスを踊るためには、黙っていても女子の方から来てくれる恵まれたごく一部を除いては、男子たちは皆、何かしらの対策を考える必要があった。
後夜祭の始まる少し前。
火の焚かれた校庭へと向かう生徒たちの中に、その二人はいた。
「コール。俺は今年、カラーと三回は踊るぜ」
そう言ったのは、牛のように体格のいいフレインという名の少年だ。
コールと呼ばれた、狐のような細面の少年が顔をしかめて彼の顔を見る。
「ふざけんなよ。カラーはうちのクラスの一番人気なんだぞ。お前一人に三回も踊らせるかよ」
「何言ってんだ」
フレインは鼻を鳴らした。
「お前は仲のいいチェルシャとずっと踊ってればいいだろうが」
「別に、そんなに仲がいいわけでもねえよ」
顔を赤くしてコールは言い返す。
「お前こそ、よくエメリアと腕相撲やってるじゃねえか。カラーと踊るくらいならエメリアとずっと踊ってたほうがお似合いだぜ」
「めったなことを言うんじゃねえ」
フレインは慌てて周囲を見回す。
彼らの周りには校庭に向かうたくさんの生徒たちがいたが、幸いエメリアの姿はなかった。
「本人に聞こえたらどうするんだ。エメリアのダンスの相手をするのがどんなに大変か知ってるだろうが」
「くそ。いないのか」
コールは残念そうに舌打ちした。
彼らは、アインがクラス委員を務める1組の生徒だ。
「大体、うちのクラスに女子が4人しかいないのがそもそもおかしいんだ」
フレインはいまさら言っても詮のないことを口にした。
「よせよ、虚しいから」
コールが嫌な顔をする。
「その話は、春から何回もしただろうが」
「いや。後夜祭の前だからこそ言わせてもらうぜ」
フレインは興奮気味にまくし立てた。
「2組には6人も女子がいるんだ。しかも、メンバーがずるすぎる。レイラとウェンディの二人が揃ってるだけでも腹立たしいのに、明るくて性格のいいノリシュまでいる。リルティもセラハもタイプは違うが可愛いし、キュリメだって目立たないがよく見りゃ悪くない」
「それはお前の言うとおりだ」
コールは同意する。
「その点、うちのクラスはな」
「おうよ」
フレインは、鼻息荒く頷いた。
「カラーはいいとして、チェルシャは可愛いが地味だ」
「カラーも、性格がちょっとな」
コールが口を挟む。
「最近、中等部の寮に行ったりしてるらしいじゃねえか」
「俺は気にならねえな」
フレインは首を振る。
「むしろ、アリアが一緒についていって自分も中等部に人気があるような顔をしているのが気に食わない」
「そこはいいだろ、別に」
コールは苦笑する。
「それよりも、一番の問題は最後の一枠だ」
「おう。そこな」
フレインが苦々しい顔で頷いた。
「なんで四人しか女子がいないのに、その貴重な一枠がエメリアで埋まるんだ」
「そうだ。あれを女子に含むのか」
コールが憤然と声を上げる。
「俺はエメリアとレイラの交換を提案するぞ」
「いいこと言うじゃねえか」
フレインが手を叩く。
「人数が合わねえな。向こうは編入生が入って一人多いんだ。ついでにウェンディももらおう」
「最高じゃねえか」
コールが頷く。
「アインに提案しようぜ」
盛り上がる二人の横を、不思議そうな顔をしたほかの生徒たちが通り過ぎていく。
「とりあえず、エメリアを2組に渡しちまってだな」
フレインが楽しそうに言ったとき、何かに気付いたコールの表情が凍った。
だが、フレインは気づかず続ける。
「レイラとウェンディとは言わねえ。そうだ、劇のノリシュは可愛くてびっくりしたぜ。ノリシュとセラハをうちにもらおう」
「エメリアも劇に出てたけど、可愛くなかったのか」
「可愛いとか、そういう次元の話かよ。役がそもそも牛だぞ、牛。まずせめて人であれ」
フレインはその声に顔をしかめて答えたあとで、それがコールの声ではなかったことに気付く。
「え?」
振り返ったフレインの表情がコール同様に凍った。
「そうか。エメリアは可愛くなかったのか」
そう言ってエメリアがにっこりと微笑んだ。
「いや、違うんだ、エメリア。俺ははうっ」
慌てて叫んだフレインの声が奇妙な感じで途切れた。
それを見たコールの顔から血の気が引いていく。
三クラス合同でダンスをすることになったとき、コールとフレインは拳を振り上げて歓喜した。
「よっしゃ! 俺はレイラと踊るぞ」
カラーと三回踊ると言っていたはずのフレインが叫んだ。
「それなら俺は、ウェンディとリルティと、セラハと、あとウェンディだ!」
コールも負けじと叫ぶ。
二人で興奮して叫んでいるうちに音楽が始まってしまい、相手を見つけ損ねた二人は仕方なくお互いに手を取り合って踊った。
「これが終わった瞬間に、俺は2組のほうに走るぞ」
フレインが言う。
その片手を握ってステップを踏みながら、コールが頷く。
「俺もだ。全力疾走するぜ」
「お前、緊張してるだろ。手に汗かいてるぞ」
「お前だって。うへ、気持ち悪い」
そんなことを言いながらも、曲の継ぎ目に全神経を集中する。
曲の一巡目が終わった瞬間、二人は全力で走った。
ほかの誰よりも速い動き出しだった。
だが、夕闇の中で二人は、踊っている最中に身体の向きが変わっていたことに気付かず、方向を致命的なまでに間違えた。
3組の中に全力で突っ込んだ二人は、どちらを向いても男子しかいないことに気付いて絶望した。
右往左往しているうちに、3組のロズフィリアはどこかへ行ってしまったし、もともとのお目当てだったカラーの周りにはもうとっくに目をギラつかせた男子たちが集まっていた。
フレインとコールはうろうろと女子を探して走り回り、そのたびに失敗してそこに居合わせた男子と踊る羽目になった。
「おう、コール。俺と踊るの三回目じゃねえのか」
そう言って快活に笑いかけたのは、2組の劇で主演を務めたネルソンだ。
本人はさっきから何度もノリシュと踊っているからか、その表情には余裕があるように見えた。
「俺だって好きでお前らと踊ってるわけじゃないんだ」
コールは悲痛な声で言った。
「女子はどこにいるんだ。みんな休憩してるのか」
「そんなことねえだろ。俺だってさっきセラハとも踊ったぞ」
ネルソンの言葉に、コールは絶望のうめきをあげる。
ネルソンの背後を見れば、その向こうで明らかにもてないタイプのはずのバイヤーまでが女子と踊っている。
「そんなばかな」
さっきは、小肥りのモーゲンが女子と踊っているのを見た。去年までだったらありえない光景だ。
「今年の2組はどうなってるんだ」
歯噛みしながら言うと、ネルソンは楽しそうに頷いた。
「面白いだろ、俺達は」
「いや、面白いとかじゃなくてよ」
「アルマークが変えてくれたのさ」
「アルマーク?」
コールは眉をひそめる。
「あの編入生か。あいつ一人にそんな力があるわけねえだろ」
「話してみりゃ分かるさ」
ネルソンは笑った。
「興味ねえよ」
コールは首を振る。
曲が終わる。
「じゃあな」
そう言ってネルソンの手を振り払うと、コールは走った。
曲のテンポが一気に早くなる。
くそ。最後の一回じゃねえか。
周りを見回すが、近くに女子の姿はない。
このままでは、女子と一回も踊れなくなる。
それだけは避けなければ。
この際、エメリアでもいい。
コールは必死に目を凝らした。
そのとき、奇跡が起きた。
目の前に突然、まるで天から舞い降りたかのように美しい少女が現れた。
「ウェンディ!」
コールは歓喜の叫びを上げた。
ウェンディが長い睫毛を揺らして驚いたようにコールを見る。
「俺と踊ってくれ」
そう言って手を伸ばす。
俺の今夜の苦闘は、全てこのときのためにあったのか。
そう考えると、ネルソンと踊ったしょうもない三回のダンスも無駄ではなかったと思えてくる。
ウェンディが戸惑ったようにコールの顔を見上げた。
可愛い。
コールは微笑む。
「さあ」
「ごめんなさい」
コールは、一瞬自分が何を言われたのか分からなかった。
「……は?」
「本当にごめんなさい」
ウェンディは申し訳なさそうに頭を下げた。
「最後は、踊る人を決めてるの」
「ウェンディ!」
誰かが駆けてきた。
ウェンディの顔がぱっと輝く。
「アルマーク!」
ウェンディがそちらに駆け出しながら手を伸ばす。
コールよりも遥かに後から来たくせに、編入生がぬけぬけとその手を取った。
嘘だろ。
呆然と二人を見送ったコールの肩を誰かが叩いた。
フレインだった。
疲れきった顔をしていた。
「レイラの争奪戦に負けた」
「俺はウェンディに逃げられた」
「お前もか」
「ああ」
二人はそっと互いの手を取った。
「……来年こそ頑張ろうな」
「……ああ」
打楽器のテンポが速くなる。
魔術祭が終わる。




