二人
「教える? 俺が?」
フィッケはきょとんとした顔をする。
「何を?」
「え、違うのかい」
アルマークは拍子抜けしてガレインの顔を見るが、ガレインは相変わらず無表情のままだ。
「てっきりフィッケが僕に魔法を教えてくれるのかと」
「なんでだよ」
フィッケは笑う。
「俺はお前らに付き合うって言っただけだぜ」
「そうなのか」
よく事情が飲み込めないまま、アルマークは頷く。
「じゃあ教えてくれるのは、やっぱりガレインなのかい」
その言葉にガレインが無言で頷く。
「なるほど」
アルマークは頷いた。
「ごめん、とりあえず二人とも少し待っていてくれ」
そう言ってアルマークは身を翻すと、ラドマールの瞑想を見つめるイルミスに駆け寄った。
「先生」
「どうした」
イルミスがアルマークを見る。
「例の黒ローブの男のことなんですが」
アルマークは、昼に2年生二人から聞き込んだ話をイルミスに伝えた。
聞き終えると、イルミスは難しい顔をする。
「夜遅くに、あの道に現れたのか」
「はい。先生が清めた後で」
アルマークは頷く。
「それに、消える前に言ったという言葉が気になります」
「大事ではないが大事なもの、か」
イルミスは腕を組んだ。
「はい、そう言っていたそうです」
アルマークはイルミスの顔を見る。
「どういう意味なんでしょうか」
「意味か。ふむ、そうだな」
イルミスは改めてアルマークの顔をまじまじと見た。
「アルマーク。私は君に、この件には深入りするなと言ったな」
「はい」
アルマークは叱られることを覚悟し、硬い表情で頷く。
「すみません。分かってはいたんですが、興味があって」
「あの言葉は撤回する」
「えっ」
意外な言葉にアルマークはイルミスを見上げた。
イルミスは、厳しい表情でアルマークを見つめ返す。
「試験は近いが、この件は君に任せる」
アルマークはイルミスの真意が分からず、尋ねた。
「先生、それはどういう」
「試験勉強はおろそかにしないこと。だが、君の気の済むように調べてみたまえ」
イルミスはそれだけ言うと、ラドマールに目を戻し、もうアルマークの質問には答えてくれなかった。
「おう、アルマーク。先生との話はもういいのか」
床に座り込んでいたフィッケが、戻ってきたアルマークを見て声を上げる。
「ああ、ごめん。待たせたね」
「いいってことよ」
フィッケは元気に立ち上がると、隣に立つガレインの肩に手を置いた。
「それじゃ始めるか」
その言葉にガレインが無言で頷く。
「じゃあアルマーク、問題だ」
フィッケはアルマークに向けて人差し指を立てて笑う。
「俺がいないと、ガレインがお前に教えることのできない魔法とは、果たして何でしょうか」
「ええ?」
アルマークは目を瞬かせる。
「なんだい、急に」
「それが今日の課題だぜ」
フィッケは楽しそうに言った。
「さあ、考えろよ」
「そう言われてもな。何だろう」
アルマークは腕を組む。
「炎の指とか、そういう破壊の魔法かな」
「お前、俺を的にでもする気かよ」
フィッケは笑う。
「違うよ、勘弁しろよ」
「じゃあ何だろう」
「もっとよく考えてみな」
フィッケは石像のように動かないガレインの周りをぐるぐると周りながら、にやにやと笑った。
「あるだろ、ほら」
「うーん」
アルマークは腕を組んだまま天井を見上げる。
「ほかには、そうだな。獣追いの術とか」
「俺の匂いに色を付けてお前が追いかけてくるのか? やめてくれよ」
フィッケの楽しそうな声。
「そんなんじゃねえよ。俺じゃなきゃだめなやつさ」
「君じゃなきゃだめなやつ……」
フィッケでなければだめな魔法。
彼の飛び抜けた運動神経に関係することだろうか。
「飛び足の術とかかな」
「違う違う」
フィッケの笑い声。
アルマークはフィッケに目を戻した。
「君の得意な魔法を、僕はそんなに知らないからな」
「俺は引き寄せの魔法が得意だぜ」
フィッケはそう言って胸を張る。
「でも、物体浮遊の術は昨日デグがやっちまったって言うしな」
「ああ、エルデインを倒した時に君が使ったのもそういえば」
言いかけて、アルマークは違和感に気付く。
「今の君の声、少し違うな」
「え?」
フィッケが笑顔で聞き返す。
「何が」
「さっきまでの声と。僕が天井を見上げて考えていた時と」
「妙なこと言い出したぜ」
フィッケは楽しそうにガレインを見た。
ガレインは無言で頷く。
「どう違ったんだよ」
「いや、うまくは言えないけど少し」
フィッケの声に答えようとして、アルマークはその違和感の正体に気付いた。
フィッケが口を開いていない。
「今の声は」
アルマークは目を見張った。
「ガレイン。君か」
「やっと気付いたな」
フィッケがそう言ってにやりと笑う。
「もう少し騙せるかと思ってたけどな」
そう言ったのはフィッケではない。フィッケの声にそっくりだが、これは。
「模声の術」
アルマークは呟いた。
「ガレイン。さっき、僕が天井を見上げていた時は君が喋っていたのか」
「ああ」
頷くガレインの声は、彼自身のものだ。
「なるほど」
アルマークは頷く。
「確かに、これは僕ら二人でやるよりも」
「そうだろ?」
ガレインはフィッケの声でそう言ってにやりと笑った。
下級生の女子を泣かせてしまったことがあるとまことしやかに囁かれている、ガレインの不気味な笑顔だ。
「寮の同じ部屋で、毎日お喋りを聞かされてるうちに、気が付けばすっかり覚えちまってた。おかげで模声の術は大の得意だ」
ガレインがフィッケの声で言う。
「声だけじゃねえ。フィッケならどう話すかみたいなところまで、結構忠実に再現できるんだぜ」
「そうか。確かに声だけじゃない、話の呼吸というか、間みたいなものまでそっくりなわけだ」
フィッケの真似をし始めてから、ガレインが急に饒舌になっているのも、つまりはそういうことだ。
「ああ。よく喋るやつの真似をするのが一番はかどるんだ」
「そういうことらしいぜ。だから俺が来てやったってわけだ」
二つのフィッケの声が重なる。
「うん、ありがとう」
アルマークは頷き、ガレインを見た。
「それじゃ僕は誰の真似をすればいい?」
「フィッケだ」
「俺だ」
また二人のフィッケが喋る。
「フィッケ三人になろうぜ」
「俺が三人か。アインが喜ぶな」
確かに、模声の術の練習をするなら、常に喋っていてもらったほうがその声質や声量を把握しやすい。
「分かった」
アルマークは頷いた。
「僕もフィッケになるよ」




