目撃談
昼休み。
食堂で昼食を食べ終えたアルマークは、出口で待ち構えていた3組の三人と合流する。
「どこへ行くんだい」
並んで廊下を歩きながらアルマークは尋ねた。
「2年1組だ」
コルエンが笑顔で答える。
「見たのはヒュールとティーンっていう男子二人だ」
「男子なら、キリーブも安心だね」
アルマークが言うと、キリーブは露骨に顔をしかめた。
「おい、僕のことを誤解するな。別に僕は女子と話ができないわけじゃないぞ」
「そこまでは言ってないけど」
アルマークが言うと、コルエンが笑う。
「いいんだ。こいつが女子と話してるところなんて、本当に数えるほどしか見たことねえからな」
「失礼な」
キリーブはコルエンを睨む。
「クラスの女子とはよく喋っている。お前だって見ているだろう」
「確かに、ロズフィリアとだけは喋っているな」
ポロイスがそう言って頷く。
「あれは女子に含まねえ」
コルエンが言ったとき、ちょうど2年生の教室から二人の男子が連れ立って出てくるところに出くわした。
「ちょうどよかった。あの二人だ」
コルエンが囁く。
「俺達が大勢で声かけると、あいつらびびっちまうかもしれねえ。アルマーク、頼む」
「ああ、いいよ」
頷いて、アルマークは二人の少年に近付いた。
「こんにちは、ちょっといいかい」
そう声をかけると、二人はきょとんとした顔でアルマークを見る。
「僕は3年のアルマークっていうんだけど」
そう名乗ると、一人の少年が、ああ、と声を上げた。
「知ってるよ。ネルソンと戦った剣士だ」
「本当だ。呪われた剣士だ」
もう一人も目を丸くして言った。
「ティーン、お前よく分かったな。全然雰囲気が違うから分からなかったよ」
「僕、人の顔を覚えるのは得意なんだ」
ティーンと呼ばれた少年が胸をそらす。
こっちがティーンか。そうすると、もう一人のほうがヒュールだな。
アルマークは当たりを付ける。
「ティーンとヒュールだね。二人に聞きたいことがあるんだ」
アルマークが言うと、ティーンが首を傾げた。
「僕たちに?」
「昨日の夜、黒ローブの男を見たらしいね」
「ああ」
ティーンは頷いてヒュールを見る。
「またあの話だ」
「また?」
アルマークは聞き咎めた。
「またって、僕の前にも、誰かが聞きに来たのかい」
「うん」
ヒュールが頷く。
「3年生。金髪の、かっこいい人」
「そうそう。クラス委員の」
「ウォリスか」
アルマークは意外な展開に目を見開く。
「ウォリスが、君たちに黒ローブの男の話を?」
「うん」
今度はティーンが頷く。
「今朝、聞きに来たよ」
今朝、ということはコルエンたちがアルマークにこの話をしに来る前のことだ。
コルエンたちが教室に入ってきたことには、みんな気付いていたが、黒ローブの話が聞こえていたかどうかは分からない。その話をした時は、コルエンもそんなに大きな声ではなかった。
だが、その時にはウォリスはもう彼らから話を聞き終えていたということか。
でも、なぜウォリスが。
アルマークはとりあえずその疑問を胸にしまう。
「じゃあ、ウォリスにしたのと同じ話を僕にもしてくれないか」
「うん。いいよ」
ティーンが頷いた。
話がついたと思ったのか、コルエンたちがアルマークの後ろからぞろぞろと現れる。
目を丸くしてたじろぐ二人に、アルマークは手を振った。
「大丈夫。みんな君たちの話に興味があるだけだから」
「さすが3年生だな」
ティーンが感心したようにヒュールを振り向いた。
「試験前だってのに、みんな余裕だ」
ティーンたちが見たという男の様子は、キリーブたちが見たのとほとんど変わらなかった。
夜遅く、校舎からの帰り道、ランプの灯に突如照らし出された黒いローブの男。
ティーンが驚いて声を上げると、その姿はかき消すように消えたのだという。
「なんだ」
キリーブがつまらなそうに鼻を鳴らす。
「僕が見たのと同じじゃないか。つまらん」
「何か、変わったことはなかったかい」
アルマークは尋ねた。
「何でもいいんだ、消える前に何か言ったとか」
「何も言いはしないだろう」
ポロイスが苦笑する。
だが、ティーンは頷いた。
「喋ったよ」
「え?」
ポロイスが目を見張る。
「喋っただって?」
「喋ったよな」
「うん」
ティーンに話を向けられてヒュールも頷く。
「消える前に、ぼそっと言ったんだ」
「何て」
コルエンが身を乗り出した。
ヒュールは少し後ずさりしながら答える。
「大事ではないが大事なもの……って」
「え?」
アルマークがきょとんとする。
「なんだ、それは」
キリーブが顔をしかめた。
「大事ではないが大事なもの? 言葉として成り立つのか、それは。どういうことだ」
「そんなこと言われても、僕だって知らないよ」
3年生四人に詰め寄られて、ヒュールは困った顔をした。
「でも、消える直前にそう言ったんだ。それははっきりと聞こえたんだ」
そう言って、ヒュールは助けを求めるようにティーンを見た。
「な」
「うん」
ティーンも大きく頷いた。
「僕も聞いた」
「大事ではないが大事なものだってよ」
コルエンが大きく伸びをして、アルマークを振り返った。
「何だと思う?」
「さあ」
アルマークは首を振る。
「そういうものって、いろいろとありそうな気もするけど、なさそうな気もする。ぱっとは思いつかないな」
「考えるのはキリーブたちに任せる」
コルエンは前を歩く二人を顎でしゃくる。
ポロイスとキリーブは二人で真剣に言葉の意味を考えていた。
「可能性はいろいろと考えられる。謎掛けのようにも聞こえるが、古い格言ということもありうるぞ」
キリーブが水を得た魚のように生き生きとした顔で言う。
「とにかく、何か意味が隠されているはずだ」
「ああ。試験がなければ、図書館で調べてみるんだがな」
ポロイスは悔しそうに言った。
「さすがに試験前でそこまでするのは罪悪感がある」
「自分の頭で考えろってこった」
コルエンは軽い調子で言った。
「思いついたら教えろよ。アルマーク、お前もな」
「分かった」
アルマークは頷いた。
大事ではないが大事なもの。
その言葉は、こびりついたようにアルマークの心から離れなかった。
ウォリスに黒ローブのことを聞いてみようかとも思ったが、放課後になった途端、ウォリスはさっさとどこかへ姿を消してしまった。
補習の時間が迫って、魔術実践場に向かう間も、アルマークはティーンたちが聞いたという言葉の意味についてぼんやりと考えていた。
だが、実践場の扉を開けた途端、その疑問はどこかへ飛んでいってしまった。
底抜けに明るい声が響き渡ったからだ。
「遅えよ、アルマーク!」
「ごめん」
反射的に謝ってから、アルマークは戸惑って顔を上げた。
今日の補習に付き合ってくれるのは、確かガレインだったはずだ。
ガレインはこんなはしゃいだ声は出さない。
「俺のルームメイトのガレインがどうしてもって言うからさあ。仕方ねえ、俺も付き合うぜ」
そう言って、無表情のガレインの隣で満面の笑みを浮かべて立っている少年を見て、アルマークは目を丸くした。
「フィッケ。君が教えてくれるのか」




