デグの助言
デグの助言どおり、ペンのイメージに切り替えてみると、アルマークの物体浮遊の術は格段に上達した。
石が空中を滑るように動き、アルマークの望むところへ素早く届くようになった。
だが唯一、最後にぴたりと止めるところだけがうまくいかなかった。
がん、と鈍い音を立てて石が壁にぶつかる。
「ああ、まただ」
アルマークが顔をしかめる。
「デグの言うとおり、線の最後にぐるぐると丸を書いてみたんだけど、うまく止まらない」
「それは俺のやり方だから」
デグは笑う。
「アルマークは自分のやり方を見つければいいんだよ。ほら、あの」
デグは自分の身体の周りで剣を回すような仕草をする。
「武術大会のときの名乗りみたいにさ。他の人と違うかっこいいやり方を見つけろよ」
「自分のやり方か」
アルマークは腕を組む。
一昨日、ノリシュが自分の言葉について語っていた。
使っている言葉が同じでも、その人の持つ言葉は一人ひとりが違う、と。
ノリシュの言葉を借りれば、それと同じように、魔法の使い方の基本は同じでも、魔力の練り方やイメージの持ち方は一人ひとり違うのかも知れない。
イルミス先生は一番大事な基礎を教えてくれる。でも、そこから先は、一人ひとりの研鑽だ。
今の僕は、ノリシュの言うところの「自分の言葉を持たない人」と同じなのかも知れない。
「よし。もう一度やってみるよ」
アルマークは石を拾ってくると、手のひらに載せた。
空間に、見えないペンで軌道を描く。
石が、そのとおりに浮き、空中を滑るように動く。
止まるべき場所に、見えないペンで大きくバツを描いてみる。
だが、だめだった。
石は線の途切れたところで魔力の供給を断たれたものの、勢いは止まらずそのまま床に転がって大きな音を立てた。
「ああ、くそ」
まただめか、と言おうとしたときだった。
激昂した大声が実践場内に響いた。
「いい加減にしろぉ!」
ラドマールだった。
怒りに顔を引き攣らせて勢いよく立ち上がると、アルマークに詰め寄る。
「何度も何度も、大きな音を立てやがって! 僕の瞑想の邪魔をするためにわざとやっているのか!」
アルマークは目を瞬かせて、血相を変えて近付いてきたラドマールを見た。
「ああ、ラドマール。うるさかったかい。それは悪かったね」
「悪かったね、じゃない!」
ラドマールは大きく首を振る。
「全然瞑想の訓練にならないじゃないか! 僕の試験がだめだったら、お前らのせいだぞ!」
「瞑想の訓練にならないか。それは良くないな」
ラドマールの剣幕にはまるで構わず、アルマークは冷静に腕を組んだ。
「それじゃあデグ。僕らは外で練習しようか」
「いや」
意外にもデグが首を振る。
「俺らが出ていくことねえよ。イルミス先生なら、瞑想ができないのを人のせいにすんな、みたいなことをもうちょっとかっこよく言うぜ」
「なんだと」
ラドマールがデグを睨みつけ、アルマークが頷く。
「ああ、確かにこの間バイヤーが来た時に言ってたよ。もうちょっと難しい言葉で」
「そうだろ」
デグはにやりと笑うとラドマールを見た。
「お前だって魔術師になるんだろ。これからずっと、魔法を使おうとするたんびに、周りの人に、どうかご静粛にってお願いするのかい」
「まだ、練習中だ」
ラドマールは顔を真っ赤にして言い返す。
「これからうまくなるんだ」
「人のせいにしてたら、うまくならねえよ」
デグは肩をすくめた。
「俺達がいなくなったら、次はイルミス先生の教え方が悪いとか言い出すんだろ。そういうのが一番かっこ悪いんだ」
「デグ」
アルマークはデグの肩を叩く。
「もう、そのへんで」
「トルクならもっと言うぜ」
デグはそう言って、それでも口をつぐむ。
ラドマールは、足元の石を蹴りつけると、悔しそうな顔で壁際に戻っていく。
デグの言葉にも理があるということが頭では分かったのだろう。
その背中に、デグが声をかける。
「俺の尊敬するトルクの、かっこいい集中の方法を教えてやるよ」
「うるさい」
ラドマールは振り返りもせずに答える。
「聞きたくない」
「まあ聞けって」
デグは笑顔で続けた。
「集中が途切れたら、その原因になった人や物にすごく腹が立つだろ。そうしたら、トルクは頭の中でそいつを思い切りぶっ飛ばすんだってさ」
その言葉にラドマールが思わず振り返る。
「いくら頭の中でもそんなに長々とは殴ってられないから、一発か二発でぶっ倒せるような強烈なのをお見舞いするんだって。そいつが顔を歪めて倒れたところを最後に思い切り蹴りつけて、それでそいつのことはきれいさっぱり忘れる。そうすると、そいつと一緒に苛々も消えてまた集中できるんだってさ」
「……野蛮だな」
ラドマールはそう呟いて首を振る。
「僕にはそんなことはできない」
「かっこいいだろ」
デグは笑う。
「お前だって、さっきアルマークを殴るのかと思ったぜ。だったら頭の中でやったほうがずっとましだろ」
「ふん」
ラドマールは返事をせずに壁際に戻る。
座り込むと、無愛想な声を上げた。
「効果がなければ、すぐにやめるぞ」
その言葉に、デグがにやりと笑ってアルマークを見る。
「あいつ、やっぱりかっこいいな」
「デグ、ありがとう。きっと参考になると思う」
アルマークはそっと答える。
「さ、俺たちは俺たちで練習しようぜ」
「ああ」
頷いてから、アルマークはふとデグに尋ねた。
「それじゃあ、きっとトルクの頭の中では僕もしょっちゅう殴られてるんだろうね」
「ああ、いや」
デグは笑顔で首を振る。
「トルクが言ってたよ。アルマークだけは殴らないって」
「えっ」
アルマークは眉を上げる。
「どうしてだい」
「かわされるんだってさ」
デグは楽しそうに答えた。
「頭の中でアルマークを殴ろうとすると、いつもひらりとかわすんだって。余計に腹が立つから、アルマークは殴らないんだってさ」
扉が開き、イルミスが入ってくる。
「ふむ」
開口一番、イルミスはラドマールに声をかけた。
「ずいぶんいい魔力が練れている。何か掴んだようだな」
「いえ、別に」
不機嫌そうにラドマールは答える。
「いつもと同じです」
その答えに、アルマークとデグは顔を見あわせて笑う。
「そちらのほうも順調なようだな」
イルミスはそう声を掛けると、アルマークたちの方に歩み寄る。
「はい」
アルマークは頷く。
「物体浮遊の術がだいぶうまくなりました」
「そうか」
イルミスは頷く。
「デグの教え方は分かりやすいだろう」
その言葉にデグが嬉しそうに笑う。
「それはそうと」
イルミスは顔をしかめてアルマークを見た。
「寮と校舎の間の道を、3組のコルエンたちがうろうろしていた。試験前にずいぶん余裕だな、と声をかけたら慌てて帰っていったが。どうも、あの噂に興味を持っているようだな」
「コルエンたちですか」
アルマークは苦笑いする。
「あと、誰がいましたか」
「ほかには、ポロイスとキリーブがいた」
「やっぱり」
昼に話をしていたときの三人だ。
「道は清めておいた。それがもし闇に類するようなものなら、入っては来られん。心配せず、あまり深入りしないことだ」
イルミスはそう言って、ラドマールのところに戻っていく。
「先生」
アルマークはその背中に声をかけた。
振り向いたイルミスに尋ねる。
「ペンで線を引くイメージで石を動かしているんですが、最後にうまく止まってくれません。どうしたら」
「君の得意分野だ」
イルミスは短く答えた。
「斬りなさい」
石が勢いよく飛ぶ、軌道を描いた線の先。
アルマークはそこに、まるで剣を振るうかのように斜めに鋭く線を引く。
石に与えた魔力をすっぱりと断ち切るイメージ。
石が空中でぴたりと止まった。
「すげえ」
デグが歓声を上げる。
クラスのみんなもすごいけど、やっぱりイルミス先生はすごい。
アルマークは振り向いて頷いた。




