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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十八章

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風の芯

「風の芯」

 初めて聞く言葉だった。

 アルマークはノリシュを見る。

「ええと、それは」

「あ、分からないよね」

 ノリシュは苦笑いする。

「風の芯っていうのは、私の言い方だから。ちゃんとした言葉じゃないの」

 そう言うと、ノリシュは杖を振った。

 また先程と同じ弱い風がアルマークの方に吹く。

「そのまま見ていて」

 ノリシュはそう言って、自分の放った風を曲げた。

 さっきアルマークが風を当てても倒れなかった板が、ぱたん、と音を立てて倒れた。

「ほらね」

「分からない」

 アルマークは首を振る。

「僕もちゃんと曲げたよ。僕のと君の、何が違うんだろう」

「言葉にするのは、とても難しいんだけど。聞いてくれる?」

「うん」

 アルマークは頷く。

「教えてほしい」

「風って、力の一種でしょ」

 ノリシュは倒れた板に歩み寄りながら言う。

「だから、風を一つの力と考えて、力とその向きを正しく掴むの」

 ノリシュは歩きながら、何かを手で掴む仕草をした。

「掴むのは風じゃない。向かってくる力そのものを、正しい方向から掴む」

 それから、それを捻じ曲げるような仕草。

「そして、その力を正しい方向に曲げる」

 ノリシュは倒れた板を立て直して、アルマークに微笑む。

「難しいかな」

「うん。君の言ってることが難しいのは、間違いない」

 アルマークは言った。

「でも、君の説明はとても分かりやすいよ」

「そう?」

 ノリシュは照れくさそうにアルマークを見る。

「伝わるかな」

「伝わるさ」

 アルマークは頷く。

「君はネルソンと仲がいいけど、教え方は正反対だね」

「あれと一緒にしないで」

 ノリシュは顔をしかめた。

「嫌なことを思い出したじゃない」

「なんだい」

 アルマークは、少し顔を赤らめているノリシュを不思議そうに見る。

「ネルソンのことかい」

「まあね」

ノリシュは頷く。

「前は、ネルソンのほうが風の魔法はうまかったのよ」

「へえ」

「それで、あいつが教えてやるって言うから二人で一緒に練習したの。そうしたら」

「ああ」

 ノリシュの苦い顔を見てアルマークは笑う。

「君の言いたいことは分かったよ。ネルソンの教え方は独特だからね」

「独特と言えば聞こえはいいけど」

 ノリシュは首を振る。

「あれはひどいわよ。そこをぎゅっとして、それをぐばっと、みたいなことをずっと言われて頭がおかしくなりそうだったわ」

「僕も最初は面食らったよ」

 アルマークは先日のネルソンの補習を思い出して微笑む。

「ネルソンの意図を理解するのに時間がかかった」

「理解できたのならすごいわ」

 ノリシュは呆れたように首を振る。

「私は無理。結局分からなくて、けんかしてやめちゃったんだから」

「でも、今はこうしてちゃんと君自身の言葉にできているじゃないか」

 アルマークは言う。

「僕には君の言葉がよく分かるよ」

「あいつの言うことが分からなかったのが悔しかったのよ」

 ノリシュは苦笑した。

「それで自分で研究しているうちに、いろいろと見えてきたの。そうしたら、あいつの言ってた『ぎゅっと』はあれのことで、『ぐばっと』はあれのことなんだなっていう風に分かってきたの」

「なるほど」

「ネルソンの言ってる内容は正しかったわ」

 ノリシュは肩をすくめて笑う。

「私には伝わらなかったけどね」

 そう言いながら、ノリシュはいつの間にか5枚の板を全て床に立てていた。

「見本を見せるわ」

 ノリシュがアルマークの杖を指差す。

「あなたの杖で、弱い風を起こして」

「分かった」

 アルマークは注意して魔力を絞り、かなり弱い風をノリシュに送る。

「まだ風が強いよ。こんなにサービスしてくれるの」

 ノリシュは微笑むと、杖を振るう。

 ぱたん、と最初の板が倒れる。

 ノリシュが再び杖を振るう。

 次の板が倒れる。

 ノリシュが杖を振るうたびに板が倒れていく。

 最後の5枚目の板が倒れたとき、アルマークは思わず拍手していた。

「すごい。風が全然散らずに最後まで」

「風の中にある力を読むのよ」

 ノリシュが言う。

「そこに芯があるから」

 そう言って板を直しに行こうとするのを、アルマークが止める。

「僕が直すよ」

 アルマークは走っていって全ての板を直すと、ノリシュの前に戻った。

「次は僕にやらせてくれ」

「いいよ」

 アルマークが目を輝かせているのを見てノリシュは微笑む。

 アルマークは再び実践場の中央に立った。

「風はしばらく吹かせておくから」

 ノリシュが言う。

「いろいろと試行錯誤してみて」

「分かった」

 頷いたアルマークに、ノリシュの吹かせてくれた緩やかな風が吹き付ける。

 アルマークは杖を振って風を曲げ、板に当てる。

 板は一瞬揺れたが、倒れない。

「そうか、力が逃げてるのか」

 アルマークは呟く。

「力を逃しちゃだめなんだな」

 アルマークは風の力を逃さないように、魔力のイメージや杖を振る感覚を調整する。

 目を閉じて、風を正面から受け止めてみる。

 余計なものを見ず、感覚だけに頼れば、確かに風というのは、力だ。

 アルマークはその中に含まれる「芯」を探る。

 試行錯誤を繰り返す中で、コントロールを失った風がまともにラドマールの顔に当たり、物凄い形相で睨まれたりもした。

 失敗の末、ついにぱたりと板が倒れたとき、アルマークは歓声を上げた。

「やった」

「さすが」

 ノリシュが目を見張る。

「本当に飲み込みが早いわね」

「このまま二枚目に挑戦したい」

「うん、いいわよ」

 アルマークは走っていって倒れた板を直す。

「よし、いいよ」

「それじゃいくからね」

 ノリシュが吹かせてくれた風を、まず身体で感じる。

 風は、こっちから吹いている。

 風の向きとその中の力を感じ取ったアルマークは、その力自体を掴んで曲げるイメージとともに杖を振った。

 ぱたん、と板が倒れる。

「よし」

「そこで気を抜かないで」

 ノリシュが鋭い声を上げる。

「そのまま、力を手放さないで」

 アルマークは頷いて再び風を曲げる。

 二枚目の板は大きく揺らいだが、倒れはしなかった。

「ああ」

 アルマークは天を仰ぐ。

「だめだった」

「惜しかったけどね」

 ノリシュは微笑む。

「一枚目を倒したところで、少し力が逃げたわね」

「うん。自分でも分かったよ」

 アルマークはそう言って、ノリシュを見た。

「もう一回」

 人差し指を立てる。

「もう一回やってもいいかい」

「何度でもどうぞ」

 ノリシュは頷く。

「そのために来たんだから、何度でも付き合うわよ」





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― 新着の感想 ―
風の芯を捉え次々と板を倒すのは小さい針の穴に細い糸を何度も通すような作業ですね。 この世界の魔法って奥が深いなぁ…
[一言] リ・ケイというのもおこがましいレベルの知識しかない分際ですが末席を汚させていただいております。読ましていただいております身分故どうかご謙遜なさらず!ブンケイの物書きから学ぶことはリ・ケイの末…
[一言] なるほど、ベクトル操作ですね。きっちりと指向性を持たせて散らない様にと しかしこれ…もう立派なお嫁さんやね!
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