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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十八章

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明け方

 まだ難しい顔で何か話し合っているイルミスとラドマールに挨拶をして、アルマークはバイヤーと連れ立って外に出た。

「ああ、寒い」

 バイヤーが身震いする。

「冬は嫌いだよ。採れる薬草が少なくなるから」

「それでも採れる薬草があるんだね」

「まあ、少しはね」

 バイヤーは頷く。

 その息が白くなる。今夜はことさらに寒かった。

「それと薬草じゃないけど、冬は木の根っことかを掘り出すんだ」

 バイヤーは寮への道を歩き出しながら言う。

「冬を越えて春に芽吹くための、良質な魔力が蓄えられているからね」

「なるほど」

 アルマークは頷いた。

「根っこか」

 北でも、根に良質な魔力を蓄えた木はたくさん生えていたのだろう。

 今までは、知識がないのでそれらを素通りしてきた。

 けれど、ここで学んだ後には、森で木や草を眺める目は一変するに違いない。

「明日はノリシュの番だよ」

 バイヤーは言った。

「君は飲み込みが早いからね。何を教えられるかって悩んでた」

「ノリシュは風の魔法の名手じゃないか」

 アルマークは答える。

「それを教えてくれればいい。悩むことなんてないのに」

「人に教えるっていうのは、またちょっと感覚が違うからね」

 バイヤーはそう言って、自分の本を見せる。

「ま、僕は自分の好きなことを話しただけだけど」

「それでいいんだ」

 アルマークは頷く。

「それで十分ありがたいんだよ。みんなだって忙しいのに、僕のためにそこまで時間を割いてくれる必要はないよ」

「教えるからには、ちゃんとしたものを教えたいんだ」

 バイヤーは笑った。

「みんな、君にこれを教えたのは自分だって言いたいのさ」



 翌日は、明け方から雨だった。

 昨夜遅くまで勉強してから、ようやくベッドに潜りこんだアルマークは、まどろみながら、窓の外の雨音を聞いていた。

 ああ、こっちでは真冬でも雨が降るんだな。

 ぼんやりとそんなことを考える。

 南は、冬なのにこんなにも暖かい。

 こちらでの暮らしを知ってしまうと、北で生きるということがいかに過酷なことなのかが分かる。

 冬の寒さだけではない。続く戦乱。人の悪意。魔物。

 北では、人の命は簡単に消える。

 だが、アルマークには予感があった。

 僕は、それでも南には留まらないだろう。

 いつか、北に帰るだろう。

 冬。雪の降る凍える朝。

 全ての物音が雪に吸い込まれて、なくなってしまったかのように感じる、あの世界に。


 ドアが遠慮がちにノックされたことにアルマークは気付いた。

 まだ外は真っ暗だ。晴れた日でさえ、冬の太陽が昇るのはもっと後の時間だというのに、ましてや今日はこんな天気だ。

 とても誰かが訪ねてくるような時間ではない。

 アルマークはベッドを降りると、そっとドアを開けた。

「ごめん、もし起きていたらと思って」

 そう言って顔を出したのはモーゲンだった。

「モーゲン、どうしたんだい。こんな時間にそんな格好で」

 アルマークは目を見張る。

 モーゲンが雨よけの外套まではおって、すっかり外へ出かける格好で立っていたからだ。

「どこかへ行くのかい」

「うん。君も試験の勉強で疲れていると思ったんだけど」

 モーゲンは声を潜めて言う。

「これから釣りに行かない?」

「釣り?」

 アルマークは目を丸くした。

「モーゲン。大丈夫か、しっかりしてくれ」

 そう言ってモーゲンの肩を掴む。

「寝ぼけてるのか。今日は休日じゃないよ」

「分かってるよ」

 モーゲンは真面目に頷く。

「冬のこの時期に朝、雨が降ると、いい魚が釣れるんだ。朝食の前にさっと行ってこようかと思って」

「本気かい」

 アルマークはドアから顔を出して廊下を見た。

 廊下の壁に、釣り竿が二本並べて立てかけられていた。

 アルマークは苦笑する。

「釣りか。夏の休暇以来かな」

 夏の休暇には、モーゲンとよく二人で森の小川で釣り糸を垂らした。

「いいよ、行こう。僕にはじっと休むより気分転換になるかもしれない」


 並んで森への道を歩く間も、冬の雨はしとしとと二人の外套を濡らす。

「モーゲン、寒くないのかい」

「そりゃ寒いけど」

 モーゲンは頷く。

「今から釣れる魚への楽しみのほうが勝ってるよ」

「なるほど、君らしい」

 二人は足早に校舎の脇を抜け、森の中の小川を目指した。

 アルマークの出した鬼火が、雨の中でゆらぎもせずに二人の足元を照らす。

「鬼火の術、うまくなったね」

 モーゲンが微笑んだ。

「イメージが固まらないと、雨や風ですぐだめになっちゃうんだ。僕も何度も失敗したよ」

「先生から、炎のイメージに囚われすぎないようにって習ったよ」

 アルマークは答える。

「見た目は炎だけど、これは光なんだって」

「うん」

 モーゲンも頷く。

「光は風や雨では消えないからね」

 やがていつもの小川に着くと、アルマークは目を見張った。

「これは」

 雨でたくさんの波紋ができた川の中に、魚の影がいくつも見える。

 夏にはいつもろくに魚が釣れず、瞑想や考え事にふけっている時間も多かった。

 だが、今日はまるで様子が違う。

「モーゲン」

 アルマークはモーゲンを振り返る。

「魚がいっぱいいるよ」

「そうなんだよ」

 モーゲンは頷く。

「冬の雨の朝は、どこからか魚が集まってくるんだ」

「君はどうしてそんなことを知ってるんだい」

「上級生に教えてもらったんだ」

 モーゲンは答える。

「こっそりとね」

「まさか魔術祭の夜にネルソンたちに絡んだ連中かい」

「ジェビーたちのこと? 違う違う」

 モーゲンは首を振った。

「あいつらはそんなに親切じゃないし、それにこんなことは知らないよ。教えてくれたのは“熊”だよ」

「“熊”」

 アルマークは眉を上げる。

「その名前、どこかで聞いたな」

「君は会ったことがないんだね」

 モーゲンは微笑む。

「“熊”は一学年上のクラス委員の一人だよ。身体が大きくて力が強くて、ぶっきらぼうだけど優しいんだ」

「童話に出てくる熊みたいだね」

「そう。だから、みんな“熊”って呼んでる」

 そう言ってモーゲンはにこにこと笑う。

「本名はなんていうんだい」

「本名はね。えーと」

 モーゲンはしばらく視線を宙に彷徨わせたが、諦めたように首を振る。

「忘れちゃった」

「そうか」

 アルマークは苦笑した。

「まあいいや。さあ、始めよう。朝食までに帰るんだろ?」

「そうだね」

 二人はいそいそと釣りの準備を整える。



 魚の入った網を持って、二人は寮への道を戻っていた。

 魚は寮の料理長のグインに渡せば、夕食には調理して出してくれる。

「全部で8匹だから、半分にすればちょうどうちのクラス全員分になるね」

 モーゲンは嬉しそうに言う。

「なるほど。そうか」

 アルマークは頷く。

「だから最後、もう一匹って粘ってたんだね」

「まあね。釣れてよかった」

 モーゲンは笑う。

「付き合ってもらってありがとう」

「いや、僕の方こそ」

 アルマークは言う。

 実際、魚を釣っている間は、それだけに集中して無心になれた。

「いい気分転換になったよ。ありがとう」

「そうかい?」

 モーゲンは嬉しそうに笑う。

「この時期の魚はおいしいからね。それならお互いに良かったよ」




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― 新着の感想 ―
日常とそこで暮らす同級生たちとのやりとりがちゃんと描かれてるところが大好きです。 このうようエピソードがあってこその物語への没入感に、つながるのかなーなどと思ってますの。   本筋のストーリーも気に…
[一言] ああ、モーゲン凄く好きだなあ…食事も娯楽も大事ですよねって思います。
[良い点] 雪が積もった朝、目が覚めるとこの世から音が消えた感覚になって 「雪が積もったんだ」と外に駆け出した子供の頃 大人になると この感覚だとこのくらいは積もっているな… 雪かきしないと歩けな…
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