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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十八章

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コレクション

「さて」

 バイヤーは空になった壜をアルマークから受け取ると、大事そうに懐に入れる。

「それじゃ勉強しようか」

 そう言ってこれも大事そうに持ってきたのは、一冊の分厚い本。

「これを使うよ」

 バイヤーはその本をアルマークに差し出した。

「華麗なるグレデンジャー・パリンの悲運と栄光に満ちた一生とその後の西方諸王国の変容について」

 アルマークは本の題名を読み上げる。

「ずいぶん難しそうな本だね」

「ああ。何のことかと思ったよ」

 バイヤーは目を瞬かせて頷く。

「そう言えばこの本、そんな題名だったね」

「題名、覚えてないのかい」

「興味ないからね」

 バイヤーはそう言って、アルマークに座るよう促すと、自らも床に腰を下ろした。

「図書館で廃棄する本の中で、これが一番分厚かったんだ」

 向かい合って座ったバイヤーは、アルマークの目の前にその本を置く。

「司書のタミンさんに頼んでもらってきた」

 そう言って、本の適当なページを開く。

 そこには、緑色の草が丁寧に挟まれていた。

「薬草の押し花か」

 アルマークは目を見開く。

「もしかして、この本全部が?」

「まだ三分の一くらいかな」

 バイヤーは答える。

「いっぺんに保管すると薬効が混ざっちゃうから、本当はもっといい方法があるんだけど」

 バイヤーはそう言いながらも嬉しそうにページを繰る。

「こうして、少しずつ増やしてるんだ」

 本には、数ページごとに乾燥した薬草が挟まり、そこにバイヤーの手書きのメモが添えられていた。

「さあ、薬草の勉強の時間だ」

 バイヤーは微笑んで本を閉じる。

「僕が開いたページの薬草の名前と効能を当ててもらうよ」

「分かった」

 アルマークは頷く。

「全問正解してみせるよ」

「その意気だ」

 バイヤーは楽しそうに笑う。

「全問正解したら、景品を出すよ」

 そう言って、ぱっとページを開く。

 濃い紫色の薬草。

「はい、これ」

 そう言ってメモを手で隠す。

「うん。これは知ってる」

 アルマークは微笑む。

 夜の薬草狩りで、唯一手に入れられなかった薬草。

「アンチュウマソウだ」

「薬効は?」

「精神の鎮静作用。それに、闇の吸収」

「簡単すぎたな」

 バイヤーは頷き、別のページを開いた。

「はい、次はこれ」

 アルマークはそれを一瞥してすぐに答える。

「カタフミベ。薬効は魔力の涵養と発汗」

「よく勉強してるね」

 バイヤーは楽しそうに笑う。

「それじゃあ、これだ」

 次の薬草は、アルマークには見覚えがなかった。

「ええと」

「どうかな」

 バイヤーは嬉しそうにアルマークを見る。

「これも授業で習った薬草だよ。分からないかな」

「ちょっと待ってくれ」

 アルマークは目を皿のようにして、草の特徴を探す。

「ぎざぎざの葉……筋に走る赤い線……」

「いいねいいね」

 バイヤーが頷く。

「近付いてきたぞ」

「これは……」

 アルマークは今までこの学院で学んできた薬草の知識を総動員する。

「カイバナギだ」

「言うと思った」

 バイヤーは嬉しそうに声を上げた。

「引っかかったね」

「違うのかい」

 アルマークは顔を上げてバイヤーを見る。

「でも、この特徴はカイバナギの」

 バイヤーは首を振って、メモを隠していた手をどける。

「マリノベラだって」

 アルマークは目を見開く。

「そんな。勉強したのと全然違うじゃないか。マリノベラって、もっとふさふさと」

「これは乾燥させたものだということを考えに入れないとだめだよ」

 バイヤーは言う。

「乾燥させると、マリノベラはこんなに小さくなるんだ」

「そうか」

 アルマークは悔しそうにその草を見た。

「薬草は、自然に生えている時と乾燥した後と、両方の姿をきちんとイメージしないといけないんだね」

「そのとおり」

 バイヤーは楽しそうに頷く。

「でも、それだけじゃないよ。それぞれの匂いや味だってちゃんと覚えておかないと。さもないと、すり潰したり煮込んだりした後、分からなくなる」

「そのとおりだ」

 アルマークは息を吐く。

「奥が深いな」

「さあ、僕はこのコレクションを全部君に見せたいんだ」

 バイヤーは再び本に手を掛ける。

「どんどんいくよ」



 その後、アルマークはバイヤーが次々に出題する薬草問題を解き続けた。

 全て名前を知っている植物だったが、実際に目にするのは初めてのものも相当あった。

 バイヤーは、それらを森でこつこつと採集してきたのだという。

「さすが勉強しているだけあって、かなり覚えている方だけど」

 全ての薬草を見せ終えて、バイヤーは本を大事そうに抱え直して立ち上がる。

「君のはまだ単なる詰め込んだ知識って感じだね。視覚、嗅覚、味覚。そういう感覚と繋がってない」

 バイヤーは、アルマークを見て微笑んだ。

「薬草の勉強も魔法と一緒さ。頭も使うけど、身体も使って覚えるんだ」

「なるほど」

 アルマークは頷く。

 さすが、薬草博士と呼ばれるだけあってバイヤーの知識の深さは圧倒的だった。

 だが、それよりもさらにアルマークの心を捉えたのは、バイヤーが終始楽しそうだったことだ。

 薬草の本を開くとき。名前や効能を口にするとき。

 バイヤーは実に楽しそうだった。

「バイヤー。君は本当に薬草が好きなんだね」

 アルマークが言うと、バイヤーは、え、という顔をする。

「今日、君はここでずっと楽しそうだったからさ」

「そりゃそうだよ」

 バイヤーは笑う。

「僕は勉強が好きだからね」

「いいな」

 アルマークは嘆息する。

「僕も勉強を楽しめたらいいのに」

「君だって楽しめるさ」

 バイヤーはこともなげに言った。

「だって、初めて魔法が使えたとき、楽しくなかったかい」

「それは」

 アルマークは意外な言葉に頷く。

「もちろん楽しかったよ」

「そうだろ」

 バイヤーも頷いた。

「できなかったことができるようになる。知らなかったことを知る。楽しいじゃないか。アルマーク、勉強ってそもそも楽しいことなんだよ」

 そう言って誇らしげに手元の本を見る。

「僕は薬草の勉強が楽しくて仕方ないよ。でもね、それは自分がやりたいと思ってるからだ。やりたい、じゃなくて、やらなきゃいけないって思った途端、勉強ってつまらなくなるんだ。だから僕は薬草以外の勉強のことも、思い込むことにしてるのさ」

 バイヤーは微笑む。

「楽しい、面白いって」

「なるほど」

 アルマークは感心してバイヤーを見た。

「確かに僕もここに来た頃は、毎日勉強が新鮮で楽しかった。でも、試験があるからやらなきゃって思ったら途端に勉強が苦しくなった」

「そうだろ」

 バイヤーは頷く。

「苦しいことは楽しくないからね。続かないよ」

「そうか」

 アルマークは納得して頷く。

「楽しむ、か」

「まあそう言いながらも、そんなにうまくはいかないよ。僕は苦手なものがたくさんあるしね。武術とか、苦痛でしょうがない」

 バイヤーはそう言って苦笑いする。

「アルマークは僕と違って何でもできるんだからさ。楽しいって思える余地も大きいんじゃないかな」

「バイヤー。君は薬草だけの博士じゃないな」

 アルマークは感心して言った。

「やる気博士だ」

「君の名付けのセンスには、その」

 バイヤーは気まずそうに微笑んだ。

「脱帽するよ」





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― 新着の感想 ―
本当のやる気博士はアルマーク…
[一言] バイヤーの言葉は至言ですね。
[一言] 昨日、某旧薬園の薬草園を見てきました。 普段はそうと意識しないカタクリやクス、ヤマザクラやアカネにアオイまで、それぞれに薬効の看板が立ててあって感心したものです。 私が薬草に興味を持ててい…
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