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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十八章

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本気

 アルマークは、真剣な目でレイラを見た。

「さあ、何を何に変えるんだい。何でも言ってくれ」

 アルマークは魔術実践場の隅に積まれた石を見た。

「あの石を、鳥に変えようか。それとも鼠に」

「石なんて使わないわ」

 レイラはそう言って首を振った。

「いつも練習で使ってるんでしょ」

「うん」

「そんなことじゃ挑戦したことにならないわ」

「それじゃあ」

 アルマークは少し困惑する。

「何を使うんだい」

「もっと緊張感のあるものよ」

「緊張感のある……?」

「ええ」

 レイラは頷く。

「あなたの場合は、それよ」

 レイラはアルマークの背中に背負っているものを指差した。

「えっ」

 アルマークは目を見開く。

「これを」

「ええ」

 レイラは頷く。

「早く下ろして」

「いや、これは」

 アルマークは言い淀んだ。

「大事なものなんでしょ」

 レイラは表情を変えない。

「知ってるわよ。泉の洞穴で見たし、学院長先生も言っていたから」

「それなら」

「だからいいんじゃない」

 レイラは手を伸ばす。

「あなたが下ろせないなら、私が取るわよ」

「いいよ、分かった。自分で下ろすよ」

 アルマークは慌ててそれを下ろした。

「レイラ。でも、これは、その」

 アルマークはマルスの杖をレイラに見せて、言った。

「ただの杖じゃなくて、その、特別な」

「ますますいいわね」

 レイラは頷く。

「あなたにとって大事なら大事なほどいいわ。それなら絶対に失敗できないでしょ」

 そう言ってマルスの杖を見つめる表情は先程と全く変わらない。

「それとも、さっき、必ずやってみせるって言った、あの言葉は嘘?」

「いや」

 アルマークは首を振る。

「嘘じゃない」

「なら、その杖を変化の術で変えてもらうわ。そうね」

 レイラは目を細めた。

「杖と同じくらいの大きさの、龍に」

「龍だって」

 アルマークは目を見開いた。

 まだアルマークに作れるのは小鳥や鼠、兎などの小動物がせいぜいだ。龍なんて作ったことは一度もない。

「見たこともないものを作るのは、よりいっそう難しいものよ」

「龍は見たことがある」

 アルマークは言った。

「水龍だけだけど」

「龍を見たことがあるの」

 レイラは目を見張る。

「すごいわね」

「別のものにするかい」

「いいえ」

 レイラは首を振る。

「見たことのある人の作る龍に興味があるわ。それでいきましょう」

 これは、とんでもないことになった。

 アルマークはレイラの顔をちらりと見た。

 レイラは本気だ。

 マルスの杖を見て、次いでウェンディの顔を思い浮かべる。

「門」と「鍵」。

 間違って何かとんでもないものに作り変えてしまって、この杖が壊れたりしなければいいけど。

 ライヌルに操られかけたときに、自分で魔力を込めて思い切り殴りつけたことはある。その時も杖自体はびくともしなかったから、頑丈さはあるのだろう。

 だが、おかしな魔力の流し方をしたら、ウェンディに何か影響が出てしまわないとも限らない。

 もしもウェンディの「門」が開いてしまったりしたら。

 そう考えたとき、アルマークの背筋を冷たい汗が流れた。

 僕はともかく、ウェンディはだめだ。

 僕の訓練なんかでウェンディを危険に晒すわけにはいかない。

 アルマークは顔を上げた。

「レイラ、やっぱりこれは」

「怖いのね」

 レイラは冷たく遮った。

「怖いに決まってるわ。でもただの石じゃその気持ちは抱かない。怖いからこそいいのよ」

「これで失敗するわけにはいかないんだ」

「そうでしょうね」

 レイラは頷く。

 でも、とレイラは続けた。

「それはあなたが、これをただの練習だと思っているからでしょ」

 レイラの厳しい目がアルマークを見据える。

「練習だと思って練習する人は、本番でうろたえるの。練習のための練習しかできていないから。私は毎日の練習を、いつも試験と同じだと思っている。失敗できないという覚悟を持って全力で取り組んでいる。だから、多少の恐怖や危険はむしろ、あって当たり前だと思う」

 中等部の生徒の訓練に使う、泉の洞穴。

 そこにたった一人で繰り返し挑んでいたレイラは、確かにその言葉を体現していた。

「だからあなたも、これが本番だと思って。今がどうしてもその杖を龍に変えなければならない状況なのだと」

 レイラはそう言ってアルマークを見る。

「それでもダメなら、無理強いはしないわ。でも、私はあなたならできると思うから、言っているの」

 レイラの言葉に、励ましのような温かさはない。ただ、冷静に事実を伝えているだけ。その口調がそう物語っていた。

 レイラは、アルマークの手を見る。

 子供の手とは思えない、硬く石のようになった手のひら。

「あなたの剣は、きっとそうやって鍛え上げたものだと思ったから」


 剣。


 その言葉に、アルマークは背中に宿る重さを思い出す。

 今はない、けれどこの学院に来るまでずっと背中に存在していた重さ。

「それとも、あなたの剣の腕は、練習のための練習で鍛えたものなのかしら」

 レイラが言う。

 違う。

 アルマークにも分かった。

 剣を振った日々。

 ある程度剣を自在に振れるようになったあとは、毎日、戦場での戦いをイメージしていた。

 人を斬るイメージ。

 いつでも、戦場に出られるように。

 いつ、戦いに巻き込まれてもいいように。

 父の背中。

 焼け付くような焦燥感。

 だからこそ、突然母隊に乱入してきた二人の傭兵を、アルマークは練習どおりに斬ることができた。

 ああ、そうか。

 アルマークは思う。

 僕の思考はやはり、北の戦場で育まれたものだ。

 物事を剣で考えれば、すっきりとシンプルな答えに行き着く。

「レイラ」

 アルマークは言った。

「君の言葉は正しい」

 その目に宿る光を見て、初めてレイラが微かに微笑んだ。

「そう。その目」

 レイラは言った。

「私は、本気になったときのあなたのその目が好きだわ」

 泉の洞穴で、巨大な魔影が現れたとき。

 魔術祭の劇で出番が迫り、舞台裏から袖に姿を現したとき。

 アルマークが本気になったとき、その目に火が宿る。

 その目は、レイラにも不思議な幻想を抱かせてくれた。

 邪悪な魔物も。

 実体を持たない魔影も。

 古い慣習やしがらみ。

 レイラに絡みつく、宿命のような忌々しい糸まで。

 その手に持つ剣一本で。

「まるであなたが、この世の何もかもを斬ってくれそうな気がするの」





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― 新着の感想 ―
こういう所でさらっと好きだわといえるレイラがいい… でも目だけならともかく人を斬る傭兵の笑みを見せたらどんな反応するんだろうなぁ…
[一言] ツンデレイナ可愛すぎるw
[良い点] うーん。不安はあるけど、確かにこんな物騒なもの、上手く隠せたら便利でしょうね。 そのときは龍以外が良いと思いますが^^;
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