言葉
その日の補習は、ネルソンの指導で魔法の練習をすることになった。
一本気な性格のネルソンらしく、瞬間的な魔力が必要な魔法は抜群にうまかったが、じっくりと魔力を継続させるようなものは苦手なようだった。
「苦手なやつは俺も教えられねえからな。得意なのを教えるぜ」
そう言ってネルソンは少し離れたところに小さな石を置く。
「風切りの術。できるだろ」
「うん」
アルマークは頷いた。
「一応は」
「じゃあまずは俺のを見てな」
ネルソンは手の中に風を渦巻かせると、石に向けてそれを放った。
ぱん、という小気味いい音とともに石が真っ二つになる。
「こんな感じだ。やってみな」
「分かった」
風の魔法は、ザップの一件で声狩りの術を使ったばかりだ。自信がある。
アルマークは魔力を練って風を作ると、ネルソンと同じように石に向かって放った。
ぱきん、という乾いた音とともに石の表面が割れ、石は風に煽られてごろごろと転がった。
「あれ」
「ああ。ちょっと違うな」
ネルソンは顔をしかめた。
「俺のやり方を教えるぜ。いいか?」
「ああ。頼むよ」
アルマークは頷いた。
「じゃあ、俺の言うとおりに魔力を動かしてみな」
ネルソンはそう言ってアルマークの隣に立つ。
しかし、アルマークはすぐにその個性的な教え方に困惑することになった。
「魔力を練るときはぎゅってしておくんだ。そうすると風がぐってなるだろ。そこでわっと勢いをつけてどーん!だ」
「え?」
アルマークはネルソンを振り返る。
「なんだって?」
「いや、だからぎゅっとした魔力をぐっとしてわっとしてどーん!だよ。分かるだろ」
アルマークが無言で目を瞬かせるのを見て、ネルソンは困ったように頭を掻く。
「俺も人に教えたことがねえからな。ほら、あんまり言葉がうまくねえから」
「いや」
アルマークは首を振る。
「新鮮だ。やってみるよ」
その後も。
「違う違う。そこはぐわーっとだ」
とか、
「それじゃ少し足りねえんだよ。ぐっと待ってじわっと来た時にぱっと放すんだ」
とか。
ネルソンの教え方は、激しい身振り手振りを交えた、実に感覚的なものだった。
それまでイルミスの論理的な教えをずっと受けてきただけに、この説明にはアルマークも内心途方に暮れた。
しかし、ネルソンは決してふざけているわけではなかった。
真剣な目で額に汗をにじませながら自分の感覚を伝えようとしてくれているのが分かる。
その熱意に応えたくて、アルマークも必死にネルソンの感覚をなぞろうとした。
「アルマーク、そこでどーんだ」
「どーん!」
「違う、それじゃ、ずーん!じゃねえか」
「難しいな。もう少し、どーん!のところを詳しく」
「詳しくって言われてもどーん!はどーん!だからな」
「そうか。とにかく、どーん!だね」
「ああ。どーん!だ」
そんなやり取りが続く。
やがて外はすっかり暗くなった。
ラドマールはここ最近は魔法ではなく行動模写の練習をしていた。
瞑想がアルマークほどの水準で身についていないからだろう。
瞑想の練習が終わってから、今日もイルミスとずっと口頭でのやり取りを続けている。
「まっすぐ走っていってそいつを殴ります」
ラドマールの答えにイルミスは顔をしかめる。
「思慮深いはずの彼がかね?」
「そうです」
ラドマールは頷く。
「なぜ、彼が殴ると思ったのかね」
イルミスはラドマールを測るように見た。
ラドマールはぐい、と胸をそらす。
「いくら思慮深くても、そのような屈辱に耐える必要はないからです」
「それは彼の考えではない。君の考えだ、ラドマール」
イルミスは首を振った。
「彼としての答えを出したまえ」
「不快です」
率直にラドマールは答える。
「そのような考えをなぞるのは、不快です」
「だからこそ、君への課題にしている」
イルミスは言った。
「自分の考えがあるのはいいことだが、それに凝り固まればその先の成長はない」
その言葉に、ラドマールは不満そうに顔を歪める。
「君はまだ、誰にでもなれる。君の年齢で自分の枠を決めてしまう必要はない」
「誰にでもって」
ラドマールは吐き捨てた。
「僕は魔術師になるしかないんじゃないですか」
そう言って、両手を広げる。
「魔術師になれなければ、終わりだ。ほかには何もない。故郷も、家族も、僕にはもう何もないんです。僕の人生は、ゼロか1かだ」
「世界の真理はときに残酷なものだ、ラドマール」
イルミスは不満そうなラドマールを見て、目を細めた。
「魔術師には、誰もがなることはできないが」
あくまで抑えた声でイルミスは言う。
「魔術師は、誰になることでもできる」
ラドマールは顔を歪めて首を振る。
「よく分かりません」
「君にはまだ時間が必要だな」
イルミスは頷いた。
「じっくり付き合うぞ」
やがて、イルミスがその日のラドマールの指導を終えた頃。
「どーん!」
「それだ!」
アルマークの放った風がまっすぐに飛んで目標の石を二つに割った。
「それだよ、アルマーク!」
ネルソンがアルマークの肩を叩く。
「分かってくれたか!」
「ああ。時間がかかったけど」
アルマークも汗まみれの顔を綻ばせる。
「なるほど。あの感覚を君はどーんで表現していたのか。確かにあれがどーんなら僕は今までずっとずーんに偏っていた」
「そうなんだよ。やっぱりどーんじゃないと、どうしても出た後にぐにゅってなるだろ」
「そのとおりだ」
アルマークは頷く。
「分かる。君の言葉が分かるよ」
「分かってくれるか」
「分かるとも」
アルマークは頷く。
「あと、あえて言えば、どーんに行く直前は本当は、ふっ、がいいんだけどまだアルマークのは、しゅ、が入るからそれがもったいないんだ。そこを直せば完璧だ」
「そうか、なるほど。ふっ、か」
「分かるか!」
「分かるとも!」
「君たちが何を言っているのかさっぱり分からんが」
イルミスが手を叩いて注意を促す。
「何か掴めたものがあったのなら何よりだ。さあ今日はもう遅い。また明日にしよう」




