再開
翌朝。
アルマークは、爽快な目覚めとともに、自分の身体にすっかり力が戻っていることに気付く。
もう大丈夫だ。
イルミスが指定した補習の中断期間が、昨日まで。
そして、補習を再開する今日、体調が完全に回復した。
アルマークは改めてイルミスの慧眼に舌を巻く。
ちょうど、ぴったりだなんて。
僕の身体が必要としている休息の時間を、先生は最初から分かっていたんだ。
この元気な身体で、もう一日待てと言われたら我慢できなかったかも知れない。
やっぱり、イルミス先生はすごい。
今日から、また頑張ろう。
昨日の夕食を思い出してアルマークは少し口元を緩める。
滋養のある冬野菜をたくさん食べたことも良かったのかも知れない。
店を教えてくれたモーゲンと、一緒に行ってくれたウェンディにも感謝しないと。
「今日までよく我慢したな」
放課後の補習。
魔術実践場で、イルミスはアルマークの表情を見て頷いた。
「休むのも、また勇気の要ることだ」
イルミスはそう言って微笑む。
「臆病な者は、休むことも命を懸けることもできず、ずるずると疲れだけを溜める」
「先生が休めと命じてくれたからです」
アルマークは答えた。
「そうでなければ、僕にはとても休む勇気はありませんでした」
「命じられても、できない者にはできない」
イルミスは言うと、アルマークの頭からつま先までじっくりと見る。
「魔力が充実しているだろう」
「はい」
アルマークは頷いた。
「早く、魔法の練習がしたいです」
「そうか」
イルミスは口元を緩めた。
「それでは、今日の先生を紹介しよう」
「え?」
アルマークが戸惑った顔をすると、実践場の扉が開いた。
「よう、アルマーク」
笑顔で入ってきた少年を見て、アルマークは目を丸くする。
「ネルソン?」
壁際で瞑想をしていたラドマールもちらりと薄目を開けてそちらを見る。
「今日は、彼が君の先生だ」
イルミスは言った。
「よろしくな」
ネルソンも笑顔で頷く。
「ええと」
アルマークは二人の顔を交互に見た。
「すみません、ちょっと話がよく……」
「君が休んでいる間に」
イルミスが穏やかな声で言った。
「ネルソンたち2組の生徒が私のところに来た。皆、君の進級を心配していた。君の手伝いをしたいと。私は、自分たちの試験に集中するよう言ったのだが」
イルミスは微笑む。
「どうしても何か力になりたいと譲らない」
「みんなが」
アルマークは驚いてネルソンを見る。
ネルソンは笑顔で頷き、イルミスが言葉を続ける。
「だから今日から毎日、日替わりで彼らに補習の手伝いをしてもらうことにした。一日くらいならそう負担にはならないし、人に教えるということもまた勉強だからな」
「そういうこと」
ネルソンは言った。
「初日の先生は俺ってわけだ」
「君が先生」
アルマークは目を瞬かせる。
「それは嬉しいけど、でもみんなどうして」
「前に、約束したろ」
ネルソンは言った。
「お前の補習の手伝いをするって」
「そんな前の話」
アルマークは驚いた。
まだ、アルマークがこの学院に来てすぐの頃の話だ。
灯の術を失敗して医務室に運ばれたアルマークを見舞いに来たネルソンたちから、確かにそんな話が出た。
「あのときは、今は瞑想しかやってないからって言ってたけど。今はもうそんなことねえだろ。俺たちの出番じゃねえか」
「ありがとう」
アルマークは信じられない思いで言った。
「まさか、あんなに前の話を。君のほかには誰が」
「全員だ」
イルミスが言った。
「3年2組の全員だ」
「全員って」
アルマークは目を見開く。
「ウォリスやトルクもですか」
「全員だと言っている」
イルミスは繰り返した。
「魔術祭の劇と同じだ。君たちは」
イルミスは微笑む。
「大事なことは全員でやるのだろう」
魔術祭の劇。
そうか。
アルマークは思った。
僕は、みんなにそこまで受け入れてもらえたのか。
「今日は俺。明日はレイドー。その後は誰が来るかはお楽しみだ」
ネルソンはそう言って笑う。
「ビシバシいくぜ」
「ああ」
アルマークは頷いた。
「よろしく頼むよ」
「ああ、そうだ」
イルミスが思い出したように言った。
「ネルソンが、可能なら君を冬の休暇に一泊の旅行に連れていきたいと」
「旅行……あっ」
アルマークは思い出した。
冬でも暖かいクラン島で一泊する旅行。
まだネルソンはアルマークの参加を諦めていなかったのだ。
「ネルソン」
アルマークはネルソンを見る。
「そんなことまで」
「うちのクラスはお前のおかげでまとまったんだ」
ネルソンは言った。
「お前がいなきゃ始まらねえだろ」
「先生」
アルマークはイルミスを見た。
「二日の訓練が、誤差の範囲とは言わん」
イルミスは言う。
「その二日でできることはいくらでもある。ましてや試験前の二日間は、試験の成否に関わるほどに重要だ」
「はい」
イルミスの厳しい言葉にアルマークは目を伏せた。
「おっしゃるとおりです」
「だが」
イルミスの声が不意に柔らかさを帯びる。
「学院長もおっしゃっていた。君には仲間との時間が必要だと」
アルマークは顔を上げた。
「行ってくるといい」
「いいんですか」
「その代わり」
イルミスは微笑んで付け加えた。
「休んだ分以上の何かを得てくること。これが条件だ」
「はい!」
アルマークは頷いた。
「ありがとうございます」
「やったな」
ネルソンが笑顔でアルマークの肩を叩く。
「ありがとう、ネルソン」
「ふん。そんなに休んでばかりいると」
壁際で瞑想していたラドマールが声を上げた。
「僕があっという間に追い抜かしてやるからな」
「ずっとこちらの話を聞いていたな」
イルミスが顔をしかめる。
「まったく集中できていないようだな。最初から瞑想のやり直しだ。いつになっても次に進めんぞ」
その言葉にラドマールはがっくりと肩を落とした。




