夕食
モーゲンの教えてくれたスープの店に着く頃には、アルマークの話も大体は終わっていた。
すっかり日も沈んで冷たい風の吹く外から暖かい店内へ入ると、頬と鼻の頭を赤くしたウェンディがほっと息をついた。
「あったかいね」
「うん」
アルマークは頷く。
学院の制服であるローブをまとった二人が入ってきても、店内の客たちは特別に反応は見せない。
ここは学生たちのよく来る店なのだろう。
席に着いて、二人揃ってモーゲンお薦めの冬野菜のスープを頼む。
「冬野菜のスープか」
料理を待ちながら、アルマークが呟く。
「こっちは暖かいから、冬でも野菜が採れるんだね」
「場所によってね」
ウェンディは言った。
「それに、温地栽培をしているところもあるから」
「ああ」
アルマークは頷く。
「授業で習ったやつだ。魔法で地面を温めるっていう」
「そう、それ」
ウェンディは頷いてアルマークを見た。
「北では、冬の食べ物はどうするの」
「昔は冬には何も採れなかったから、秋までの食べ物を保存しておくしかなかったそうだけど」
アルマークは答える。
「今は、ユキカブリの実がある」
「ユキカブリの実」
「知ってるかい」
アルマークの問いに、ウェンディは首を振る。
「見たことはないわ。名前を聞いたことはあるけど」
「そうか」
アルマークは口元を綻ばせる。
「ユキカブリの実は、冬の雪の中でも実をつける植物だよ。昔は山奥にひっそりと生えているだけだったけど、今は北ならどこでも見ることができる」
北の冬の貴重な食料。
ユキカブリの実。
その発見は、厳しい北の冬の死者を大幅に減らしたが、意外な副産物をもたらしもした。
かつて冬と言えば、それは北では否応なく休戦期を意味していたが、ユキカブリの実を糧食とすることで冬でも戦闘行動が可能となったのだ。
粗末な食料を手に、傭兵たちは一年を通して戦場を駆け回るようになった。
「どうやって食べるの」
ウェンディがアルマークを見る。
ランプの灯に照らされた優しい瞳を、アルマークも見返す。
「そのままではとても食べられない。すりつぶして粉状にするんだ」
「小麦と一緒だね」
「ああ。でも、とにかくおいしくないんだ」
「おいしくないの?」
ウェンディが目を見開く。
「うん」
アルマークは頷いた。
「どんな風に食べても、おいしくない」
「どんな味なの」
「さて」
アルマークは腕を組んだ。
「どんな、と言われても難しいな。でもきっとこっちの人は食べられないと思う」
「そんなに?」
「僕でもまずいと思うくらいだからね」
アルマークはそう言って微笑んだ。
「もう慣れたけど」
「そうなんだ」
ウェンディはまじめな顔で頷いた。
「私も食べる練習をしたほうがいいかな」
「どうしてだい」
アルマークは笑う。
「こっちにはないし、あったとしても無理に食べる必要なんかないよ」
そこに、スープが運ばれてきた。
二人の前に、湯気を上げた汁物の器が並べられる。
「いいにおい」
ウェンディが嬉しそうな声を上げた。
「さすがモーゲンだね」
「いろいろ入ってるんだね」
アルマークは器の中を覗き込んだ。
「芋と豆。葉物もある。こっちでは冬にも葉物が採れるんだ」
「スジウネだね。すごく滋養があるんだよ」
ウェンディは答える。
「さあ、冷めないうちに食べましょう」
「うん」
二人はそれぞれにスープを口に運ぶ。
「おいしい」
ウェンディが微笑む。
「うん、温かいね」
アルマークは頷く。
「このスジウネっていう葉っぱ、独特の味があるね」
「魔力が凝縮してるんだよ」
ウェンディは答える。
「夏や秋の食べ物ももちろんおいしいけど、冬の食べ物は特別だよね」
「特別?」
アルマークはスープを口に運ぶ手を止めてウェンディを見る。
「うん」
ウェンディは頷いた。
「冬の食べ物は厳しい環境で育つから、みんな曲者なんだよね。ほら、この豆も」
ウェンディは笑って、いびつな形の豆を掬い上げる。
「本当だ」
アルマークも、スープに匙を入れて、変わった形の豆を探す。
「あったよ」
そう言って、掬い上げた豆をウェンディに見せる。
「バイヤーと教室の隅でごそごそしてるときのモーゲンみたいな形だ」
「なに、それ」
ウェンディが吹き出す。
「でも、似てる」
「ウェンディのは、ノリシュとケンカして、ふてくされて座り込んでるネルソンみたいな形だ」
「やめて」
ウェンディは笑顔で首を振る。
「食べられなくなっちゃう」
それから二人はしばらく他愛のない話をしながらスープの具を食べた。
「厳しい環境で育つと、曲者だけど」
ウェンディは言った。
「その分、滋養はたっぷりなんだよね」
「確かに」
アルマークは頷く。
ユキカブリの実も、そのまずさとは裏腹に、栄養を多分に含んでいた。
その生命力があるからこそ、北の冬の寒さの中で実をつけることができるのだろう。
「人と同じだね」
アルマークは言った。
「苦労や困難が成長を促すって」
イルミス先生がそう言っていた。そう言おうとして、アルマークは口をつぐんだ。
確かにイルミスも似た意味のことは言っていた。
だが、もっと直接的にそう言っていた人物のことを不意に思い出したからだ。
ウェンディは黙ってしまったアルマークをちらりと見て、微笑んだ。
「最近は私たちも苦労してるから、滋養いっぱいになったかな」
「スープにされてしまうかも知れないね」
アルマークは微笑んだ。
「モーゲンに食べられないようにしないと」
「ザップが、フィタのことをそんな風に思ってたんだね」
スープをあらかた飲み干した後。
二人の話はまたザップのことに戻っていた。
ウェンディが天井を見上げて言う。
「薬草狩りの実習以来、仲がいいなって思ってたけど」
「うん」
アルマークは頷く。
「僕は驚いたよ」
「私も意外だったけど」
ウェンディは微笑む。
「でも、頑張ってほしいね」
「うん」
「それはいいとして」
ウェンディはアルマークを軽く睨む。
「女子の話を盗み聞きするのはダメだよ」
「ごめん」
アルマークはうなだれる。
「ザップの真剣な目を見たら、どうにか力になってあげたくて」
「アルマークに悪気がないのは分かるけど」
ウェンディは言った。
「でも、そういうことはしないほうがいいと思う」
「分かった」
アルマークは真剣な顔で頷く。
「もうしない」
「でも、ザップにもいい薬になったかもね」
ウェンディは言った。
「自分の聞きたい話が聞けるとは限らないものね」
「君の言うとおりだ」
アルマークは頷く。
「知らなくていいことだってあるんだ」
それから、ちらりとウェンディを見た。
「でも、君の目から見てフィタはどうなんだい。ザップのことをどう思ってるんだろう」
「嫌いなわけはないよ」
ウェンディは優しい表情で答えた。
「すごく信頼してると思う」
「うん」
アルマークは頷く。
「それは僕にも分かる。でも、なんていうか、その」
アルマークは言葉を探す。
「フィタは、ザップがフィタのことを思ってるように、ザップのことを思ってるのかな」
ふふ、とウェンディは笑った。
「すごく優しい言い方だね」
「そうかな」
アルマークは首をひねった。
ウェンディは、そろそろ帰りましょう、と言って立ち上がった。
「私にも二人を見て感じることはあるけど、きっとそれは言わないほうがいいと思う。別にアルマークのことを信用していないというわけじゃなくて」
「いいんだ」
アルマークも続いて立ち上がった。
「君が、僕に言う必要はないと思うなら、それは僕が聞く必要のないことだ」
「言えるときが来たら、ね」
「大丈夫」
アルマークは微笑んだ。
「僕はこれからも無責任にザップを応援し続けるよ」




