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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十八章

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闇の穴

「闇の湧き出した場所」

 アルマークは顔をしかめた。

「このノルク島にそんな場所があるのか」

「知らないのも無理はない」

 アインは言った。

「ノルク島の歴史を見ても、学院の歴史を見ても、そんな記録は残っていないからな」

「それなら君はどうして知ってるんだい」

「知っているとは言っていない。予想がつく、と言ったんだ」

 アインは前を向いたまま、先頭を歩きながら答える。

「まあその話は長くなるので今はしないが、どうもこの学院にはそうとしか思えない節がある」

「どういうことだい」

 アルマークはアインの背中に尋ねた。

「簡単に言えば」

 アインは足を止めずに答える。

「かつてここは、ひどく闇の濃い場所だったということさ」

「ちょっと待ってよ」

 声を上げたのは、ザップだった。

「闇って……闇ってなんだよ」

 夜の森での出来事を思い出したのだろう、その声が震えていた。

「じゃあフィタたちは今、そんな危ない場所にいるってことなのかい」

「かつて、と言っただろう」

 アインは冷静に答える。

「別に、今も闇が噴き出しているわけじゃない」

「それはそうかもしれないけど」

 ザップが苦しそうな顔で、今にも走り出したそうな仕草をする。

「確かに、闇と聞いたらあまりいい気分はしないな」

 アルマークもそう言って、ザップに同意した。

 背中に背負っていたマルスの杖を下ろして手に握り直す。

「急ごう。あの二人に何かがあってからじゃ遅い」

「そういうことじゃないんだがな」

 アインは苦笑し、まあいいか、と首を振る。

「君たちがそれで安心するのなら、急ごうか」



 道は、昨日と同じように小さな丘の上で途切れた。

 アインが出発するのを遅らせたせいで、フィタの姿はもう見えない。

「ここの間だよ」

 ザップが茂みの隙間を指差した。

「ここから獣道が続いてるんだ」

「なるほどな」

 アインは頷いて、丘の周りを見回す。

「この丘が何だか分かるか」

「何って言われても」

 ザップは困ったように自分も丘を見回す。

「ただの丘、としか」

「アルマークはどうだ」

 アインは微笑を含んだ目でアルマークを見た。

「何か、気付いたことは」

「ああ」

 アルマークは頷く。

「君のさっきの言葉がヒントになった。それで分かったよ」

「さすがだな」

 アインの笑みが大きくなる。

「答えてみたまえ」

「この丘は、はるか昔の土塁の跡だ」

 アルマークは答えた。

 自分が丘の中央に立ち、獣道の先を指差す。

「向こう側から来るものを、こちら側で防ぐ。そのための土塁」

「そのとおりだ」

 アインは頷いた。

「あくまでも想像に過ぎないが、闇の穴から噴き出した魔物どもを土塁で防ぐ。かつてここでそういった戦いが行われたと、僕は考えている」

「アイン」

 アルマークはアインの顔を見た。

「君は、いったい」

「ここで闇との戦いがあったっていうのかい」

 ザップが青い顔でそう声を上げた。

「二人とも、なんでそんな物騒な話をのんびりしているんだい。早く行こう」

「大昔の話だ」

 アインは苦笑した。

「今、どうこうということではない」

「それでも何か闇が残ってるかも知れないじゃないか」

 ザップはそう言って、獣道に飛び込んでいこうとする。

「まあ待て」

 アインはザップの肩を掴んだ。

「じらすような真似をして悪かった。だが、その勢いで茂みに飛び込んでいったら間違いなく向こうの二人に気付かれるぞ」

「気付かれたっていいよ」

 ザップが身をよじった。

「二人が心配だ」

「アルマーク」

 アインはアルマークを振り返った。

「先頭は君に頼む。ザップは本当に走っていってしまいそうだ」

「君が脅かし過ぎたんだよ。言ったじゃないか、下級生にあまりきついことを言うなって」

 アルマークは穏やかにそう言って、先頭に立った。

「ザップ、心配ない。闇と戦うときの僕の腕前は知ってるだろ」

「う、うん」

 アルマークの言葉に、魔物を次々に斬り伏せたアルマークの姿を思い出したのか、ザップが少し落ち着きを取り戻す。

「僕が先に行くよ」

 アルマークは極力音を立てないように茂みに踏み込んだ。

 その後ろをザップとアインが続く。

 昨日は意識していなかったので気付かなかったが、確かにそういう目で見れば、巻くように進んでいる獣道は、実はかなりの急斜面に沿っていた。

 こんなことを、アインに指摘されるまで気付かないなんて。

 北にいた頃の感覚が鈍っているのを、アルマークも感じないわけにはいかなかった。

 北にいた頃なら、最初からこの地形をそういう目で眺めていただろう。


「だが、それは別に悪いことじゃねえよ」


 港でのウィルビスの言葉が蘇る。

 北での感覚が薄れることで、初めて見えてきたこともたくさんある。だから、ウィルビスの言うとおり、それは別に悪いことではないのだろう。

 しかし、少しずつ自分が傭兵ではなくなっていく感覚。

 もっと言えば、自分が父から離れていく感覚。

 覚悟していたこととはいえ、それはアルマークの心に刺さった。

「見えたよ」

 しばらく歩き、昨日と同じ枯れ草の陰でアルマークは振り返った。

 ザップとアインがアルマークの後ろから首を伸ばしてその先を見る。

 草むらに一本だけ立つ大きな木の陰に、今日も二人は座り込んでいた。

「あれだよ」

 アルマークはアインに言う。

「よかった、まだ無事だ」

 ザップが息を吐いた。

「アイン、僕の部屋でも話したけど、昨日、声狩りの術であそこの二人の話を聞いてみたら、あのミシェルという子がザップのことをすごく知りたがってたんだ」

「分かっている」

 アインは頷く。

「ザップ」

 アインはザップの肩を掴んだ。

「僕がこれからする話は、あそこにいる二人には何の危険もない大昔のことだ。それが分かった上で、聞けるか?」

「う、うん」

 ザップは一応頷いたが、それでもアインの顔を見上げる。

「本当に、危険はないんだね」

「約束する」

 アインはザップの目を見てそう言い、そっと二人の頭上の木を指差した。

「あの木は何だか分かるか、アルマーク」

「あの木……あっ」

 アルマークは小さく声を上げた。

 昨日は声狩りの術に夢中で気付かなかった。

「あれはアクレイハミの木か」

「そうだ」

 アインは頷く。

「アクレイハミの木の特徴は、ほかの木よりもはるかに強靭な根と、魔力の増幅効果、それから」

「それから、闇の浄化だ」

 アルマークが言った。

「百年単位の長い時間をかけて、闇を浄化する力が、アクレイハミにはあるんだ」

「そうだ。だから僕は、あの木の下が、かつて闇が湧き出してきた穴のあった場所だと見る」

 アインは言った。

「闇の湧き出した穴を、巨大な岩か何かでふさぎ、そこに土を盛ってアクレイハミを植えたんだ。岩にアクレイハミがしっかりと根を張り、もう二度とこの穴が開かないように。そして、はるか遠い未来、この木の力によって闇が浄化されるように。そう願って」

 アインは不思議な表情でアクレイハミの木を見つめた。

 アルマークにも、その木の根がはるか地中まで広がり巨大な岩を抱くさまがありありと想像できた。

 アルマークは頷く。

「僕にも想像がつくよ。きっと君の予想は正しい」

「でも、誰が」

 ザップが言う。

「誰が植えたの。アクレイハミを」

「ここで闇と戦った誰か、だろう」

 アインは答えた。

「さっきも言ったように、その記録は残っていないからな。正確なところはわからない」

 アインは、それから木の下の二人に目を戻して、声を改めた。

「あの二人は去年の冬にでもここを見付けて、二人だけの秘密の場所にしたんだろう。そして、2年生になって魔法が多少使えるようになったことで、気付いてしまったんだ」

「ここだと魔法がよく効くことに、だね」

 アルマークの言葉に、アインは頷く。

「そうだ。さっきも言ったように、アクレイハミには魔力を増幅する力がある。無論、そこまで劇的な効果ではないが、ここでなら魔法がいつもよりも少し上手に使えることが分かったんだろう。折しも試験前だ。二人でここで魔法の練習をすることに決めた、といったところだろうな」

「それで、最近毎日ここに来てたのか……」

 ザップは納得したように頷く。

「魔力増幅の効果か」

 アルマークも頷いた。

「僕の声狩りの術が最初に失敗した理由もそれで分かったよ」

 しかしアインは冷たく首を振る。

「あの木の力が、こんな離れたところまで及んでいるはずがないだろう。君のは単なる君自身のミスだ」

 肩を落とすアルマークに構わず、アインは話を続けた。

「さて、本題に移るか」

 そう言って、ザップを見る。

「ミシェルが君のことを知りたがっていた、という件だが」





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― 新着の感想 ―
そうか土塁か…でも北の傭兵の話は突撃する騎兵の話ばかり聞くから防壁になる土塁とか使うのかな…とちょっと不思議に感じてしまいました。 そしてアルマークの魔法の調子に木は関係なっしんw でも最初以外調子よ…
[気になる点] >背中に背負っていたマルスの杖を下ろして 杖が想像していたよりも大きいのかもしれない もしくはやっぱりその棒のこと剣代わりにしてる??
[一言] アクレイハミ… 漢字に直すなら、「悪霊喰み」とかでしょうか? 薬草狩りの時もそうでしたが、植物の名前や魔物のネーミングセンスがとてもそれっぽくて、実在するのかと錯覚しそうになりますね。
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