夜
その日、アルマークは久しぶりにネルソンたちと一緒に食堂で夕食をとった。
「おう、アルマーク」
食堂に顔を出したアルマークを見て、ネルソンが声を上げる。
「最近、寮で姿を見ねえから、もう校舎に住んでるのかと思ってたぜ」
「そんなわけないでしょ」
ノリシュが呆れた声で言い、それから優しい目でアルマークを見た。
「でも、本当に久しぶりね。この時間にアルマークがいるのって」
「うん。補習が明後日まで休みになったんだ」
「そうか、余裕が出てきたのか」
ネルソンが言う。
「冬の休暇でクラン島に行けそうだな」
「いや、それは」
アルマークは首を振った。
「たぶん、難しいと思う。やることが山のようにあるから」
「やっぱりだめか」
ネルソンは残念そうな顔をする。
「まあ、仕方ねえな」
「船はきっと一人くらい増えても大丈夫だから」
ノリシュがとりなすように言う。
「アルマーク。あなたが来てくれたらきっとみんな楽しいし。ぎりぎりでも、来られそうなら声をかけてね」
「うん、ありがとう」
アルマークは頷く。
食事を受け取り、ノリシュやリルティと離れて男子3人で大きなテーブルに座って食べ始めると、レイドーが言った。
「君にとっては、ここの冬はそんなに寒くないんだろうけど、僕らにはやっぱり寒いからね。クラン島の暖かさが今から楽しみなんだ」
「僕も、別に寒いのが好きというわけじゃないよ」
アルマークは答える。
「だからもちろん、行ってみたいという気持ちはすごくあるんだけど」
「じゃあ、君がもっと来たくなるような魔法をかけてあげようか」
レイドーがそう言ってにこりと笑う。
「ウェンディはクラン島が大好きなんだけど、今年は行くかどうか迷ってるんだってさ」
「え」
「誰かに気を使ってるのかも知れないね」
レイドーはそう言うと、爽やかに笑う。
「ま、人の少なくなった寮で一緒に勉強するというのも悪くないと思うよ、僕はね」
「なんだよ、レイドー」
ネルソンが不満そうに声を上げる。
「お前、どっちの味方なんだよ」
「僕はみんなの味方だよ」
レイドーは澄ました顔で答える。
「そうか、ウェンディが」
アルマークは考え込む。
「まあ、でもアルマーク。無理はするなよ」
ネルソンが真面目な声を出す。
「身体を壊したりしたら、試験どころじゃねえからな」
「うん。ありがとう」
アルマークは頷いた。
食堂に、遅れてウェンディとレイラが入ってきた。
「あれ、アルマーク」
ウェンディがアルマークの顔を見て、目を見張る。
「どうしたの、今日もイルミス先生のところに行ったのに」
「うん。実は、イルミス先生に明後日まで休むように言われて」
「そうなの」
ウェンディは目を瞬かせた。
「どこか、具合でも悪いの」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
アルマークは今日の補習での顛末をウェンディに説明しようとしたが、説明の途中でうんざり顔のレイラに遮られた。
「その話、いつになったら結論にたどり着くの? ご飯を食べる時間がなくなっちゃうわ」
「ごめん」
アルマークは頭を掻く。
「とにかく、先生はアルマークに疲れてるから休みなさいって言ったってことだよね」
ウェンディが助け舟を出す。
「うん」
アルマークは頷く。
「そういうことなんだ」
「なら、そう言えばいいのに」
レイラがため息をつく。
「けたたましく笑う触手持ちの鶏の心臓の話をいつまでもするから」
「ごめん」
アルマークはまた謝った。
「でも、先生の言葉は正しいと思うわ」
ウェンディは言った。
「アルマークも少しは休んだほうがいいよ」
「うん」
「あなたの場合は、昼間の授業も大事なのだから」
レイラが口を挟んだ。
「あまり夜更ししないで昼の授業に集中して、覚えられることはその場で覚えてしまうのよ」
「なるほど」
アルマークは頷く。
「できるかな」
「私はそうしているわ」
「君ならできるんだろうけど」
アルマークは苦笑する。
「とにかく、無理しすぎないでね」
心配顔のウェンディがそう言って、レイラと連れ立って食事を取りに行くと、食べ終わったネルソンたちと、ノリシュたちがほとんど同時に立ち上がる。
「みんなに心配されて、アルマークはいいよな」
ネルソンがそう言ってアルマークの肩を叩いた。
「あーあ。誰か俺のことも心配してくれねえかな」
「落第して寮を出るときは荷物整理を手伝ってあげるわよ」
ノリシュが冷たく言い、リルティがくすりと笑う。
「お前、それはひでえぞ」
「あんたはアルマークと違って3年間ここにいるんだから、きちんと成果を出しなさい」
「へいへい」
ネルソンが肩をすくめる。
食堂を出る時にも、アルマークとすれ違うたびにコルエンやポロイス、アインたちが珍しがって声をかけてくるので、ネルソンたちはまたひとしきりアルマークの人気ぶりをからかった。
ネルソンたちと別れた後でアルマークは部屋に戻ると、さっさとベッドに潜り込んだ。
やらなければならないことはたくさんあったが、やってはいけない、と明確に禁止されたことがかえってアルマークの気持ちを軽くしていた。
やってはいけないから、やるわけにはいかない。それならば、後はもう眠るしかない。
傭兵育ちの割り切りの良さをようやく発揮してベッドに寝転ぶと、身体は正直なもので、すぐに眠気が襲ってきた。
アルマークはその日、久しぶりにぐっすりと眠った。
翌日、放課後になるとアルマークはすぐに教室を出た。
校舎を出てすぐのところで、木の陰に隠れるようにして待っていると、じきに息を切らしてザップが駆けてきた。
「アルマーク」
「ザップ。フィタは?」
「まだ教室」
ザップは答える。
「たぶん、これから教室を出て誰かと会うんだ」
「そんなに毎日会ってるのかい」
「うん。ここのところ毎日さ」
ザップは頷いて、アルマークの隣に立った。
ちょうどその位置からは、校舎から出てくる人の顔がよく見えた。しかも向こうからは気付かれにくいというおあつらえむきの場所だ。
「さすがアルマーク。よくこんな場所を知ってたね。今年来たばかりなのに」
「前に、1組のアインに教えてもらったんだ。人の出入りを見張るなら、ここがいいって」
「なんでアインはそんなことを知ってるんだい」
「さあ」
二人は声を潜めてそんなことを話しながら、フィタを待った。
しばらくすると、校舎から出てくる生徒がちらほらと現れたが、まだその中にフィタの姿はない。
トルクたちいつもの三人組が連れ立って出てくると、森の方へと歩き去っていく。
その後でフィッケが、名前を知らない女子と珍しく真剣な顔で話しながら出てきた。
耳を澄ますと、どうも試験の出題範囲を予想してもらっているようだ。
「できるだけ勉強したくないんだよ」
という身も蓋もない言葉が聞こえてきた。
「みんなのことをこうやって観察するのも、意外と面白いものだね」
アルマークがそんなのんきな感想を漏らすと、ザップは真剣な顔で首をひねった。
「そうかな」
それでアルマークは、ザップの心の中は今それどころではないのだということを思い出す。
「ごめんごめん。フィタを見逃さないようにしないとね」
「うん。……あっ」
ザップが小さく声を上げた。
小柄な女子が一人で校舎から出てきた。
フィタだ。
足早に向かう先は、どうやら森でも寮でもなさそうだ。
「よし、行こう」
フィタの背中が小さくなったところで、二人は頷き合い、木の陰から出た。




