相談
「もともとフィタのことなんて何とも思ってなかったんだけどさ」
ザップは口を尖らせて、そう言った。
「そうか」
アルマークは頷く。
二人は、場所を変えて寮の植え込みの陰にいた。
ザップが込み入った話をするのを恥ずかしがったので、アルマークがそれなら場所を変えようと誘ったのだ。
闇の魔獣デリュガンに襲われ、マルスの杖を手に入れた地下室。
その入り口の古ぼけた扉が見える茂みに、二人は腰を下ろしていた。
もう三年近くもこの寮に住んでいるモーゲンでも知らなかった場所だ。
ここなら誰も来ないだろう。
少し寒いが、寮は目の前だ。寒くなったら中に入ればいい。
「あの夜の薬草狩り」
ザップは言った。
「アルマークも覚えてるだろ」
「ああ」
アルマークは頷く。
「もちろん」
ウェンディ、モーゲン、ザップ、フィタ、それにラドマール。
6人で真っ暗な森の中を、薬草を探して歩いた夜。
ラドマールの開いた小箱。
飛び出してきた闇。
鳴り響いた魔笛。
ボラパ。
「3人とも、しっかり動いてくれて僕たちも本当に助かった」
「怖かったけどね」
ザップは少し微笑む。
「闇が現れて、森の中でアルマークたちと別れただろ。僕ら3人だけになったときに、フィタを見て思ったんだ」
ザップは、地面の枯れ草をつまんだ。
「こいつ、強いなって」
「強い」
「うん」
ザップは頷く。
「あいつ、教室ではおとなしいし、魔法だってそんなにうまくないし、顔だって、その」
そこまで言ってから、少し気まずそうに言い淀む。
「その、ものすごい美人ってわけじゃないし」
アルマークはフィタの顔を思い浮かべる。
「かわいいじゃないか」
「でも、ものすごい美人じゃないだろ」
ザップが顔を赤くして慌てたように反論する。
アルマークは顔をしかめた。
「ものすごい美人って、たとえば誰の事だい」
「そりゃ、この間のアルマークたちのクラスの劇の王妃様とか」
「ああ、レイラか」
アルマークは頭の中で、フィタと、劇での王妃の扮装をしたレイラとを比べてみる。
「なるほど」
アルマークは素直に頷いた。
「君の言うものすごい美人があのときのレイラなら、確かにフィタはものすごい美人、とは言えないな」
「ちょっと極端な例だったかもしれないけどさ」
ザップは困った顔をする。
「あの王妃様役の子とか、それにほら、ウェンディだって、男子がみんな騒ぐじゃないか。かわいいって。フィタはそういう感じじゃないんだ。分かるだろ」
「うん」
本当はよく分からなかったが、アルマークは頷いた。
「分かるよ」
その答えに安心したように、ザップが言葉を続ける。
「僕だってそれまでは、フィタを見ても、別に可愛いとも何とも思わなかったんだ。ただ単に、女子だなって思うだけで」
「うん」
「でも、あの夜はきれいだと思った」
ザップは恥ずかしそうに、それでもはっきりと言った。
「あの夜、フィタは、すごく怖かったはずなのに、一度も弱音を吐かなかった。それどころか僕とラドマールを何度も元気づけてくれた。あのときのフィタの真剣な顔が、僕にはすごくきれいに見えたんだ」
それから、心配そうな顔でアルマークを見る。
「変だと思うかい」
「まさか」
アルマークは首を振った。
「分かるよ、君の気持ち」
アルマークは、ウェンディの姿を思い出していた。
ウェンディは可愛いし、きれいだけど、それだけじゃない。
「人の美しさは、外見だけじゃないからね」
アルマークは言った。
僕だって一体何度、目を奪われたことか。
武術大会。魔術祭。夜の森。冬の屋敷。
困難に抗い、魂を燃やすときのウェンディの姿は、本当に美しかった。
「うん、そうなんだよ。外見だけじゃないんだ」
ザップは嬉しそうに頷く。
「よかった。アルマークが分かってくれて」
「まあね」
アルマークは少し胸を張る。
「それで?」
「うん。それから、いつもフィタのことが気になるようになっちゃったんだ。それまではほとんど話したことなんてなかったけど、あの日以来、なんて言うんだろう、一緒に怖いことを乗り越えた仲間、みたいな感じでさ。よく話すようになって」
「うんうん」
アルマークは頷く。
「それも分かるよ」
ともに危機を乗り越えること。
アルマークも、仲間と真の意味で打ち解けることができたのは、危機を通してだ。
ウェンディだけではない。モーゲンとも、レイドーやレイラとも。1組のアインとだって。
アルマークは仲間とともに危機を乗り越え、お互いに成長することで打ち解けてきた。
「同じ苦労をすると、距離がぐっと縮まるよね」
「そうなんだよ」
ザップが頷く。
「さすがアルマークだ。やっぱり分かってくれるんだな」
「もちろんだよ」
アルマークは嬉しくなって足元の草をむしる。
「それで?」
「うん。それでさ」
ザップは、声を潜めた。
「魔術祭でも、ラドマールと3人で一緒に劇を見たんだ。アルマークたちの劇を見たときに、ほら、アルマークとウェンディの最後の場面、すごくよかっただろ」
「そうかい?」
アルマークは照れる。
「その時、横を見たらフィタが涙ぐんでてさ。それを見たら、なんか、僕」
ザップは顔を赤くしてうつむいた。
「フィタのこと、好きだなって」
ザップは小さな声でそれだけ言うと、黙ってしまう。
「そうか」
アルマークも、そう相槌を打つと、しばらく無言でその情景を想像した。
舞台を見つめてそっと涙ぐむフィタと、その横顔を見つめるザップ。
それはアルマークにとっても、心の温まる光景だった。
「でもさ」
不意に、ザップが暗い声を出した。
「最近、フィタはやけに忙しそうなんだ。なんだか、放課後に誰かと待ち合わせしてるみたいでさ」
「誰か」
アルマークはザップを見る。
「男子かい」
「分からない」
ザップは首を振る。
「でも、なんとなく男子のような気がするんだ。フィタは最近、仲のいい女子とは一緒に帰ってないし」
「なるほど」
アルマークは頷いた。
「それで、フィタがその誰かと二人で楽しそうにしているところを想像したら、なんだかもやもやしてさ。そんなもやもやしてる自分も情けなくて」
ザップはうつむいたままで言った。
「それでここのところ、勉強にも身が入らないんだ」
「そういうことか」
アルマークは頷いた。
もしもウェンディが放課後に誰かといつも待ち合わせをしていたら。
僕だって、もやもやしてしまうかもしれない。
「直接聞いてみたら、どうなんだい。いつも放課後に誰と会ってるんだいって」
「それができれば苦労しないよ」
ザップは首を振った。
「そりゃ、意識する前なら平気で聞けたけどさ。今は、もう恥ずかしくてそんなこと聞けないよ」
「そういうものか」
アルマークは思案する。
確かにアルマークも、怖くてウェンディに聞くことのできないことがあった。
好きだからこそ怖い、好きだからこそ聞けない、ということもあるだろう。
でもザップの力には、なってやりたい。
直接聞く以外に、そのもやもやを解消する方法は。
「よし、分かったよ」
アルマークは、勢いよく立ち上がった。
「ザップ、明日の放課後、時間あるかい」
「え?」
ザップが戸惑ったようにアルマークを見上げる。
「あるといえばあるけど」
「じゃあ、確かめよう」
アルマークは言った。
「放課後、フィタが誰に会ってるのか、こっそり後をつけてみよう。それでもし相手が女子や先生だったら安心するじゃないか」
「そ、そうだけど」
ザップは怯んだ顔をする。
「もし男子だったらどうするのさ」
「ザップ。君は自分がフィタと育んだ絆に自信を持ったほうがいいよ。大丈夫」
アルマークは言い切った。
「たとえフィタが他の男子と一緒だったとしても、きっぱりとフィタに言えばいいんだ」
「な、なんて」
「黙って俺について来いって」
アルマークは言った。
「そうだな、今は冬で寒いから、街に出てあったかいスープでも飲んでくるといいよ。モーゲンからお薦めの店を聞いておくよ」




