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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十七章

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戦場

 ぎりぎりと身体を締め付けるほどの冷気。

 払暁を待つのももどかしく、黒狼騎兵団と迅雷傭兵団は隊列を整え、それぞれに進軍を始めた。

 前衛として、左右に両傭兵団が部隊を展開して進軍し、レビアル率いる正規軍はその後方に陣取る。

 正規軍が傭兵団の後ろに回るのは、戦場での常識だ。

 傭兵団がたとえ無傷だろうと、雇い主である正規軍が敗れ去った瞬間、傭兵たちは戦う意味を失うのだから。

 逆に言えば、傭兵団が敗走しても正規軍が敵を破れば、傭兵たちは食い扶持を失わずに済む。

 だから、戦とはつまるところ正規軍の潰し合いだった。

 だが、今日の傭兵たちの目当ては正規軍ではない。

 蛇骨傭兵団と、“蛇の王”。

 レイズと並んで部隊の先頭を進んでいたジェルスが、舌打ちした。

「どうやら当たりはカーンのほうみてえだな」

「ああ」

 レイズは頷く。

 前方に翻る敵方の傭兵団の旗。

 鋭利な刃物ですっぱりと斬ったかのように真っ二つの月。

 あの半月は、偃月傭兵団の旗だ。

「偃月傭兵団がこっちに来てるってことは、オービア傭兵団もいると見ていい」

 ジェルスはそう言って、レイズを見る。

「お前はカーンのほうへ向かえ」

「こっちは大丈夫か」

「誰にもの言ってやがる」

 ジェルスは口元を歪めた。

「言え。何騎要る」

「10騎でいい」

 レイズは答えた。

「ガルバは入れるな」

 徐々に敵軍との距離が近くなる。

「デラク」

 ジェルスは振り返って、部下の十人組長の名を呼んだ。

「レイズについていけ」

「蛇退治ですかい」

 デラクは笑って答えた。

「レイズの旦那の後についてきゃいいんですね」

「そうだ。頼むぞ」

 そう言ってから、ジェルスはデラクに馬を寄せる。

「お前を選んだ理由は」

 そう囁いて、デラクを見た。

「分かるな」

「そりゃ、俺だってその程度の頭はある」

 デラクは飄々とした顔で頷く。

「団長のお考えは分かりますよ」

「そうか。それならいい」

 ジェルスはデラクの肩を叩いた。

「頼むぞ」

「へい」

 デラクとその9人の部下が隊列を離れる。

「行って来い、レイズ」

 ジェルスは言った。

「次に会うときゃ、俺は“狼の王”か?」

「もうすっかりその気じゃねえか」

 レイズは笑った。

「欲かいて、こっちで下手うつんじゃねえぞ」

 そう言うと、レイズはジェルスを一瞥して隊列を離れた。

「持っていけ」

 ジェルスの後ろに控えたモルガルドが、デラクに旗を投げて渡す。

 疾駆する黒き狼の紋様。

 黒狼騎兵団の旗だ。

「お前らの手柄まで迅雷傭兵団のものにされたらかなわんからな」

「確かに」

 そう言って、デラクが旗を高く掲げた。

 冬の風を受けて、黒い狼が宙を駆ける。

 レイズは、その旗を見て、目を細めた。

「運がありゃ、また生きて会おう」

 レイズは手を上げた。

「おう」

 ジェルスも手を上げる。

 一瞬、視線が交錯した。

 二人ともそれでもう、お互いを振り返ることはなかった。



 レイズが部下を引き連れて駆けている間にも、地響きのように男たちのどよめく声が聞こえてきた。

「始まってるな」

 レイズは言った。

「急ぐぞ」

「迅雷の連中、もうやられてるんじゃねえだろうな」

 後ろで部下が軽口を叩く。

「そんなわけねえだろう。つまらねえことを言うな」

 デラクが振り返って部下を叱った。

「いくら蛇骨傭兵団が相手だからって、あの迅雷傭兵団だぞ」

「はい」

 部下が首をすくめる。

「ったく」

 デラクはため息をついた。

 それから、先頭のレイズに声を掛ける。

「ですが、もしそうなっちまってたらどうしやしょうか」

 その言葉に、後ろの部下たちが笑い声を上げる。

「やっぱり組長だって心配してんじゃねえですかい」

「うるせえ。もしもの話だ」

 デラクは真面目くさった顔で言った。

「そんときゃ、蛇退治は中止しやすか」

「そうさな」

 レイズは振り返らず、答えた。

「迅雷の連中がもう敗走しちまってても」

 “蛇の王”が、まだそこにいたら。

「討てそうだったら、討つか」

「この十騎で、ですかい」

 デラクが目を丸くする。

「豪気だ。さすがはレイズの旦那」

「そりゃそうだぜ、組長」

 部下がデラクに言った。

「この人は、単騎で敵のど真ん中をぶち抜くお方だぜ」

 おう、と他の部下からも声が上がる。

「また新しい異名が増えちまうな」

「“蛇狩り”のレイズ」

「“蛇殺し”のほうがいいだろう」

「相手は単なる蛇じゃねえ。“王殺し”でどうだ」

 好き勝手に喚く部下たちを、レイズは低い声で制した。

「そのへんにしておけ。近いぞ」

 窪地を駆け上がったところで、一気に視界が開けた。

「おお」

 デラクが声を上げる。

 戦場を縦横に走る騎兵たち。

 迅雷傭兵団が、敵軍を自在に切り裂いていた。

 すでに敵の一部は敗走を始めている。

「なんだよ、たいしたことねえな。蛇骨傭兵団も」

「手柄のとりっぱぐれかよ」

 レイズの背後で部下たちがぼやく。

「いや」

 レイズは首を振った。

「あれは蛇骨傭兵団じゃねえ」

「細けえ傭兵団の寄せ集めですな」

 さすがに十人組長のデラクはよく見ていた。

「タンギル傭兵団の残党が見えた」

「そうだな。いい目だ」

 レイズに褒められて、デラクは嬉しそうな顔を見せる。

「回り込むぞ」

 レイズは、部下を引き連れて、戦を避けて回り込むように迅雷傭兵団の先頭を目指した。

「さすがに北の戦場最速なんて言うだけのことはあるな」

 部下が感心したように言う。

「あいつら、動きが速えや」

「あそこだ」

 レイズは指差すと、馬を一気に走らせた。

「ルフリー」

「おう、レイズ」

 血染めの槍を掲げて笑みを浮かべたのは、迅雷傭兵団のエース“雷光”のルフリーだ。

「本当に来てくれたか」

「約束は守る。息子にがっかりされちまうからな」

 レイズは言った。

「調子いいじゃねえか」

「まあな」

 ルフリーは頷く。

「肩慣らしにゃちょうどいい相手だ」

 レイズは敗走する相手を一瞥する。

「蛇骨傭兵団はこっちにも来てねえのか」

「本命は、ゆっくり登場するもんだろうが」

 ルフリーは、槍をまっすぐに突き出した。

「来るぜ」

 レイズはそちらを見た。

 枯れ草の波。

 最初はそう見えた。

 光沢のないくすんだ緑の鎧をまとった徒歩の一団が、静かに迫ってくる。

 戦場だというのに、兵たちは声一つ漏らさない。

 戦場の空気がいっぺんに変わる。

「そうか、あれが」

 レイズは言った。

「蛇骨傭兵団か」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 北の地での物語は途端に生き死にが付き纏うので、生唾ごっくんで読んでおります。 ジェルスは星読みが少し出来たのですね。 立場的に出撃は止められないけど、警戒を強めるとかいくらか役に立ちそう…
[一言] 嫌な予感しかしない ここでレイズがやられて後にアルマークが仇をとる流れ……?
[良い点] 戦場の描写。 緊迫感の中で軽口を叩き合うところなどに傭兵たちの精神性なんてのが見える。 [気になる点] それだけに「声一つ漏らさない」傭兵というのは異様。 [一言] デラクの働きに期待。
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