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【書籍化】アルマーク ~北の剣、南の杖~  作者: やまだのぼる@ナンパモブ2巻12/5発売!
第十七章

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狼と雷

 正規軍と合流すると、黒狼騎兵団の団長ジェルスとその副官であるレイズは、部下たちに陣地を任せ、契約主である将軍を訪ねた。

 騎士や兵卒が行き交う中を、二人は奥へと進む。

 本陣の従卒に案内を乞い、中へと通された二人は、壮年の将軍の前で膝をついた。

「レビアル将軍。黒狼騎兵団、ただいま参上いたしました」

 将軍は手を振って挨拶を止めた。

「いい、いい。戦場で無駄な礼儀は不要だ」

 そう言って二人を立ち上がらせると、歴戦の将軍レビアルは、精悍な笑みを見せた。

「待っていたぞ、“黒狼”。マビリオとバルウィグでの活躍は、このトルールの地にも轟いている」

「恐縮です」

 ジェルスが頭を下げる。

「我ら黒狼騎兵団、レビアル将軍のために全力を尽くします」

「うむ。頼りにしているぞ」

 レビアルは頷く。

「さっそくだが、状況を確認しておく」

 レビアルはそう言って机の上に広げた地図を示して二人を招き寄せた。

「敵の正規軍の位置はここだ」

 レビアルは、脇机から白い石を手に取ると、地図の上に置く。

「そこに、敵側の傭兵団がいくつか合流してきている」

 そう言いながら、今度は小さめの白い石を三つ、並べて置いた。

「敵は、どこの傭兵団ですか」

 ジェルスが尋ねると、レビアルは真ん中の石を持ち上げる。

「一つは、偃月傭兵団」

「おう」

 ジェルスが声を上げて、後ろに控えるレイズを振り返った。

「その名を聞くのは久々だな」

「ああ」

 レイズは短く答える。

「もう一つはオービア傭兵団」

 レビアルは右の石を持ち上げてみせる。

「ふむ」

 ジェルスは頷く。

「手堅いところですな」

「あとの残りは小さな傭兵団の寄せ集めだ」

 そう言ってレビアルは最後の石をジェルスたちに見せた。

「なるほど」

 ジェルスはレビアルを見る。

「それで、全部ですか」

「先日まではな」

 レビアルは険しい顔をした。

「だが、敵にこれが加わった」

 そう言って、レビアルはひときわ大きな石を置く。

「ずいぶんと大きいですな」

 ジェルスが言うとおり、正規軍の石よりもさらに大きい。

「これでも小さいくらいだろう」

 レビアルはジェルスを見た。

「なにせ、相手は蛇骨傭兵団だ」

「“蛇の王”が団長を務めるところですな」

 ジェルスは言った。

「今、最も有名な傭兵団です」

「そうらしいな」

 レビアルは頷く。

「とはいえ、名前を聞いただけで尻尾を丸めるわけにはいかん」

「無論です」

 ジェルスはそう言って脇机に手を伸ばすと、大きな黒い石を掴んで地図に置いた。

「黒狼騎兵団にお任せを」

「頼もしいな」

 レビアルは口元を緩めた。

「味方の傭兵団は、貴様らと迅雷傭兵団だけだ。遊撃のために雇った小規模の傭兵団は全ていなくなった」

 そう言って、自嘲気味に笑う。

「蛇骨傭兵団の噂を聞いた途端、どこも泡を食って去っていった」

「仕方ありますまい」

 ジェルスは鷹揚に頷く。

「傭兵は命あっての物種ですからな」

「貴様らも傭兵だろう」

「我らも傭兵。ですが、我ら黒狼は、相手の喉笛に噛み付くまで戦をやめませんぞ」

 ジェルスはそう言って、自信ありげに微笑んだ。



「ずいぶん大きく出たな」

 レビアルの本陣を辞してから、レイズは苦笑混じりにジェルスに声をかけた。

「相手はあの蛇骨傭兵団だぞ」

「ふん」

 ジェルスは笑う。

「将軍に、戦う前からびびって逃げられても困るからな。強気に出とくに越したことはねえ」

「まあ、あんたのやることに文句はねえが。それにしても」

 レイズが言いかけたときだった。

「よう、黒犬」

 快活な声に、二人は振り返る。

「尻尾を振って、ご主人さまに餌でももらいに来たのか」

 鈍色の鎧に身を包んだ背の高い男が、口元に皮肉な笑みを浮かべて立っていた。

「おう、誰かと思えば」

 ジェルスが顔を歪めて笑う。

「北で最速の逃げ足を誇る迅雷傭兵団の団長殿じゃねえか」

「はっ」

 長身の男は笑う。

「ぬけぬけと言いやがったな。味方じゃなきゃぶっ殺してるところだぜ」

「そりゃこっちの台詞だ」

 ジェルスはそう言うと、腰に手を当てて男に向き直った。

「カーン。てめえんところのルフリーが“槍の王”を狙ってるそうじゃねえか」

「ああ」

 迅雷傭兵団の団長、“閃雷”のカーンは頷く。

「うちのルフリーが蛇を狩るぜ」

「ふん」

 ジェルスは鼻で笑った。

「そう簡単に行くか」

「簡単だろうがそうでなかろうが、やるんだよ」

 カーンはジェルスを見下ろすようにして言った。

「相手の戦力はこっちと大差ねえ。願ってもねえ機会だ」

「蛇がどっちに出てくるか分からねえぞ」

 ジェルスは下から舐めるようにカーンを見上げる。

「こっちに来たら、俺たちが狩るぜ」

 そう言って、後ろに立つレイズを顎で示す。

「うちのレイズがな」

「お前の方に出たら、ルフリーに手勢をつけてそっちに行かせる」

 カーンは言った。

「偃月だのオービアだの、その程度の相手ならルフリーなしでいくらでも相手してやる」

「お前の方に蛇が出たら、俺たちもレイズをそっちに行かせるぜ」

 ジェルスも言い返す。

「こっちにとっても、またとねえ機会なんだ」

「競ろうってのか」

 カーンが目を見開く。

「うちは速えぞ」

 北の戦場最速。

 そう称される迅雷傭兵団の一番の強みは、その機動力を生かして長距離を一気に駆け抜ける、奇襲戦法だ。

「正面きっての会戦で、お前らお得意の速さが生かせるのかよ」

 ジェルスは言った。

「試してみようじゃねえか」

「ジェルス」

 カーンは舌打ちして、首を振った。

「分かったよ。こうすりゃいいんだろ。頼む」

 そう言って、両手で拝む仕草をする。

「レイズをこっちに寄越すなら、ルフリーの援護をさせてくれ。ただとは言わねえ、礼はする」

 カーンが率直に言った。

「折れろ、ジェルス。討たれたのは“槍の王”ヒニアスだ。お前らの得物は槍じゃねえだろう」

 その真剣な響きに、ジェルスも表情を改める。

「最初からそう言やいいんだ」

 そう言って、カーンを見上げる。

「高く付くぜ」

「ああ」

 カーンは頷く。

「蛇骨傭兵団を倒したら、お前が“狼の王”を名乗っていいぜ。俺は“雷の王”なんて名乗るつもりはねえからな」

「勝手に決めるな」

 ジェルスは顔をしかめた。

「一番槍はルフリーにやる。だが、譲ってやるのはそこまでだ。結果がどうなろうと恨みっこなしだぜ。戦場の習いだ」

「言うまでもねえ」

 カーンは答えた。

「俺が何年戦場を駆けずり回ってると思ってるんだ」

 そう言うと、これで話は済んだとばかりに二人の横をすり抜ける。

「恩に着るぜ、黒犬」

 そう言い残して歩み去るカーンの背中を見送ってから、ジェルスは唾を吐いて小さく首を振った。

「カーンにはああ言ったが、正直そこまで気は乗らねえ」

 ジェルスは浮かない顔をしていた。

「別に蛇退治が怖いわけじゃねえが、星の動きが悪い。こういうときは、大抵ろくでもねえことが起きる」

「あんたの占いはよく当たるからな」

 からかうようにレイズが言うと、ジェルスは顔をしかめた。

「占いじゃねえ。昔からの単なる勘だって言ってんだろ」

「そうだったな」

 レイズは言いながら、先に歩き始めた。

「だが、星は星だ。俺たちは俺たち」

 気負いのない声で、そう言う。

「いいときも悪いときもあった。それでも、俺たちは生き残ってきた。そうだろ」

「まあな」

 ジェルスは頷き、レイズの背中に声をかけた。

「うちと迅雷。蛇がどっちに出ようが、お前はそっちに当たらせる」

 その言葉に、レイズは肩越しに振り返る。

「カーンの野郎の頼みだ。仕方ねえから、ルフリーに最初のチャンスはやる。だが、そっから先はお前に任せる」

「分かった」

「お前ならやれるんじゃねえか、という期待はある」

 ジェルスは言った。

「だが、もしも蛇が想像以上だったら」

 その声が低くなった。

「深追いするな。日を改めろ」

 いつもの冗談めかした口調ではない。

 ジェルスは真剣な顔をしていた。

「改められるならな」

 レイズは答えた。

 ジェルスが不機嫌そうな顔をする。

 だが、そればかりは団長の言葉とはいえ、聞けるかどうかは分からない。

 その時になってみなけりゃ分からねえ。

 それはレイズの持論だった。

 生きるか、死ぬか。

 その瞬間に向き合うときは、結局一人だ。

 口でどんなに勇ましいことを言おうが、お利口なことを言おうが、その瞬間が来た時に、自分がどう行動するのか。

 それは、その時にならなけりゃ分からねえ。

 だから。

 レイズは再び前を向いた。

「その時に決める。自分でな」





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― 新着の感想 ―
北の話が出る度に、どうか今回も黒狼騎兵団が無事でありますように、と祈ってしまいます。 いつか来る別れの時のお話、読める自信がありません。。。
[良い点] うーむ、ここまで次の話を読みたくて読みたくてまいりましたけれども、急に次のページをめくりたいような、めくりたくないような、そんな気持ちになりました。 きっと読み応えのある話なのは間違い無い…
[一言] 誰にも死んでほしくないけど……そうはいかないんなだろうなぁ
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