講評
魔術実践場。
魔術実践の授業で、イルミスは約束通り、2組の生徒たちを前に魔術祭の劇の話を始めた。
「君たちの劇は素晴らしかった」
イルミスは率直に言った。
「三つのクラスの劇をすべて見たが、もし私に投票する権利があれば、2組に入れていただろう」
イルミスが言うと、生徒たちの間から、おお、というどよめきが起きた。
「イルミス先生に褒められると、やってよかったと思うな」
ネルソンが言った。
「ああ。自信がつくね」
レイドーもそう言って頷く。
「先生、一番良かったのは誰ですか」
ピルマンが尋ねると、イルミスは首を振る。
「優劣をつけるものでもないだろう。みんなが素晴らしかったからこそ素晴らしい劇になった」
そう言ったあとで、改めて生徒たちの顔を見回す。
「さて、私は魔術実践の教師だからな。そちらの方面について話そうか」
イルミスの言葉に、生徒たちも表情を引き締める。
「総じて、魔法の水準は非常に高かった」
イルミスは言った。
「今年の3年生は、君たちのクラスも含めとてもレベルが高いが、特に君たちは基礎のしっかりとした魔法を豊かな発想力で組み合わせていた。だから、それぞれの演出がまるで中等部以上で習うような高度な魔法に見えた。いたずらに身の丈に合わない魔法に手を出そうとするよりも、こちらのほうが簡単なようで実は難しい。素晴らしかった」
あまり聞いたことのないイルミスの絶賛に、生徒たちの表情はすぐに緩み始めた。
ネルソンがさっそく隣のレイドーの脇腹をつついて囁く。
「すげえ。俺たち、先生にこんなに褒められてるぜ」
「うん。でもこれはきっと」
レイドーが苦笑いする。
「厳しいことを言う前振りなんじゃないかな」
「とはいえ、無論、気になったことがなかったわけではない」
イルミスが言うと、ネルソンがうなだれ、レイドーは、ほらね、という顔をした。
「一つひとつ話していこうか。まず最初の場面。トルクとデグとガレインが出ていたときの夜空。あの演出は素晴らしかったな。やっていたのはおそらく、ウェンディか」
「はい」
ウェンディが頷く。
「私と、アルマークです」
「僕は、風を吹かせただけです」
アルマークは慌てて答えた。
「あとは全部、ウェンディがやってくれました」
「だけ、ということはあるまい」
イルミスは微笑んだ。
「安定した風だった。丁寧に魔力を練れていたな」
「はい」
アルマークは嬉しさを隠しきれずに微笑む。
「ありがとうございます」
「あれがずっと続けばよかった。最後の方の場面で、光の大きさを調整できなかったな」
イルミスに指摘され、アルマークは顔を赤らめた。
「気付かれてたんですか」
「君は張り切ると魔力を込めすぎる嫌いがある」
イルミスは言った。
「張り切っているな、と自分で感じたら、魔力を気持ち少なめに抑えることだ」
「はい」
アルマークは頷く。
「ウェンディの星空は、星座までよく再現されていた。あの体調でよくやり遂げた」
イルミスがそう褒めると、ウェンディは嬉しそうに頬を赤らめる。
「逆に、とても集中できたんです」
「余計なことに頭を回す余裕がなくなるからな。かえってシンプルに魔力を動かせたのだろう」
イルミスはそう言うと、厳しいことを言えば、と付け加えた。
「星の瞬きが少なすぎて、夜空に星が貼り付いているように見えなくもなかった。まあそこまで求めるのは酷かも知れないが」
「いえ」
ウェンディは首を振った。
「ありがとうございます。気を付けて、改善します」
「そうか」
イルミスは頷くと、それからも、一人ひとり、場面ごとに演出の出来や修正点を事細かに講評した。
「キュリメ」
最後に、イルミスはキュリメに目をやった。
「はい」
キュリメが緊張した面持ちで返事をする。
「君は演出をしていなかったが、あの劇の台本は君が書いたそうだな」
「はい」
キュリメは頷いた。
「でも、本番では、もう私の台本を離れてみんながそれよりも遥かに凄い劇をしていました」
「それは土台が良かったからだ」
イルミスは言う。
「土台がしっかりしていたからこそ、みんながその上で伸び伸びと自由に演じることができた。君の目には本質を見抜く力がある」
それは、とイルミスは続けた。
「必ず君と仲間の将来の助けになる。その力を大事に育てなさい」
「はい」
キュリメは頷いた。
「さあ、それではだいぶ時間が経ってしまったが、授業に入るぞ」
イルミスは声を改めた。
「生徒に素晴らしいものを見せられたせいで、私も少し口が滑らかになりすぎた」
その言葉に、生徒たちから笑いが起きる。
「今日も、石刻みの術からだ。さあ、石を準備したまえ」
アルマークの魔術は速度や精度においてはまだ他の生徒と差があるものの、最近では魔術実践の授業を受けることにすっかり支障はなくなっていた。
この日も試行錯誤しながら、無事に授業を終えることができたアルマークが、片付けを済ませ、魔術実践場を出ようとした時だった。
「アルマーク、ウェンディ」
イルミスが二人の名を呼んだ。
「今日の放課後、学院長のところへ」
「はい」
アルマークは頷いた。
何のことかはだいたい見当がついていた。
ライヌル。
魔術祭の初日に現れた、闇の魔術師。
まだ本当の力を見せもしなかった彼が、ウェンディを「門」と、マルスの杖を「鍵」と呼んでいたこと。
その説明があるのだろう。
アルマークは、胸に何か苦いものが引っかかっているような感覚を覚えた。
知りたいが、知りたくない。
だが、結局は知るしかないのだろう。
ウェンディと目が合う。
ウェンディは、小さく頷いた。
私は大丈夫。
そう言っているように見えた。
その後ろで、レイラがちらりと気遣わしげな表情を見せながら、実践場を出ていく。
「なあ、冬の休暇だけどよ」
アルマークが少し遅れて教室に戻ると、ネルソンがそう声をかけてきた。
「アルマークは何か予定あるのか?」
「いや」
アルマークは首を振った。
「何もないよ」
そう答えてから、首を傾げる。
「ないというか、毎日あるというか」
「なんだよ、それ」
ネルソンが顔をしかめる。
魔術祭が終わり、落ち着きを取り戻したノルク魔法学院は、じきに冬の休暇に入る。
2ヶ月近くに及んだ長い夏の休暇とは違い、冬の休暇はわずか15日程度と短い。
それでも実家が近い学生ならば帰ることもできるのだが、ほとんどの学生は寮に留まることを選ぶ。
休暇明けには、試験が待っているからだ。
学年の総合順位は夏と冬の2回の試験の成績で決められるが、比重は冬の試験のほうが大きい。
もちろん順位も大事だが、アルマークたち3年生にとってこの試験はただ順位を決めるだけではない。
3年生の冬の試験は、初等部の卒業試験を兼ねていた。
この試験で一定以上の成績を取れなければ、中等部に進学することができず、魔術師と名乗ることも許されないまま学院を去ることになるのだ。
去年は二人、学院を去った生徒がいたと聞いている。
この制度が単なる脅しではない証拠だ。
魔法を学び始めてわずか一年足らずのアルマークには、ここが正念場と言えた。
「冬の休暇の間は、イルミス先生の手が空いている日はずっと補習をしてくれることになってるんだ」
アルマークは言った。
「僕もみんなと一緒に中等部に上がりたいからね。必死でやらないと」
「そうか。そうだよな」
ネルソンは残念そうな顔をした。
「どうしたんだい。休暇に何かあるのかい」
「いや、もちろん俺たちも休暇中は帰らないで寮で勉強するんだけどさ。せっかくの休暇を全部勉強っていうのももったいねえからさ」
そう言ってネルソンは頭を掻く。
「一日くらいみんなで遊びに行こうかって話が出てるんだ」
「ノルクの街へ出るのかい」
「いや」
ネルソンは首を振る。
「ノルクの港から、朝、船が出るんだよ。クラン島っていう近くの島まで」
「クラン島」
アルマークは眉をひそめる。
聞いたことのない島だ。
「その島に何か面白いものでも?」
「クラン島は、人はほとんど住んでないんだけど、冬でもとにかく暖かい島なんだ」
「暖かい?」
「ああ。火山があるから、とか、火の精霊がいるから、とか理由はまあ色々言われてて、どれが本当なのか俺も知らねえけど、とにかく冬でも真夏みたいに……はさすがに言い過ぎだな、秋の初めくらいにあったかいんだ」
「へえ」
「去年の冬も行ったんだよ。そこでみんなでテントで一泊して帰ってきたんだけど、楽しかったぜ」
「そうか。確かにそれは楽しそうだね」
アルマークは頷いた。
「ぜひ僕も行ってみたいけど……今回は無理そうだ」
「残念だな」
ネルソンは言った。
「今、行く人間を集めてるところなんだ。もし行けるなら、声かけてくれよ」
「分かった」
アルマークは頷いたが、おそらくその島に自分が行くことはないだろうと思った。




