モーゲンの秘密
よく晴れた昼下がり。
アルマークはモーゲンと並んでノルクの街を歩いていた。
昨日、魔術祭最終日の後夜祭で、モーゲンが明日は食べそこねた料理を食べに行こうと言ったので、アルマークはてっきりちょうど昼食の時間くらいに行くのかと思っていたのだが、別れ際にモーゲンは首を振った。
「明日は朝ごはんは遅めに食べておいてね。お昼過ぎに寮を出るから」
それですっかり昼を過ぎ、気の早い冬の太陽がややもすればもう傾き始めるのではないかというこの時間に街を歩いているのだが。
「モーゲン、君ほどの男だから知らないことはないと思うけど、念のため」
アルマークは言った。
「食べ物屋さんっていうのは、お昼の商売が終わると、大体はいったん店を閉めるんだよ。自分たちの休憩もあるし、夜の仕込みとかもしなければならないからね。だからこの時間から行っても」
「うん。大丈夫」
モーゲンは頷く。
「分かってるよ、アルマーク。その辺の心配は、僕が君の剣の振り方を心配するようなものさ。まあいいからついてきてよ」
その自信満々の態度に、アルマークは、まあモーゲンがそう言うなら、と頷いた。
「でも君はよくお小遣いが続くよね」
アルマークはふと思ったことを口にする。
「君のお父さんも平民だし、そんなに仕送りが来るわけじゃないだろ」
「まさか、仕送りなんて」
モーゲンは笑う。
「一回も来たことないよ。うちは貧乏だからね、仕送りだなんてとてもとても」
「そうか。それなら」
アルマークは魔術祭の屋台でたくさんの食べ物を買い込んでいたモーゲンの姿を思い出す。
「あんなに食べ物を買うお金がよくあるね」
アルマークは自分ではあまり街へ出ることもなく、学院から支給されるお小遣いはほとんど手元に残るのだが、モーゲンは休みの日だけでなく、時には平日でも街へ出かけてお菓子を買い込んでくることがあった。
「まあ、僕も食べ物以外のものは買わないからね」
モーゲンは言う。
「他の子は服とか、図書館にないような本とか、女子だとアクセサリーみたいなものを買ったり、ほら、例の月影通りの占いとか、そんなものでお金を使っちゃうらしいけど」
そう言って、胸を張る。
「僕は、食べ物にしかお金を使わない」
「なるほど」
アルマークは頷いたが、それでも不思議な感覚が残った。
食べ物だけ、というのは分かるが、それにしても買い過ぎではないだろうか。
「確かに最近はちょっとお金を使いすぎたよ」
モーゲンはアルマークの考えを見透かしたように苦笑いした。
「魔術祭がやっぱり大きかったよね。僕のお財布も空っぽになりかけてる」
「ほら、やっぱりそうだろう」
アルマークは声を上げた。
「それなら今日は僕がおごるよ。君はその大事なお金を寮で食べるお菓子を買うのに使ったほうがいい」
「いやいや」
モーゲンは顔の前で手を振る。
「アルマーク、君の気持ちは嬉しいけど、その必要はないよ」
「どうしてだい。だってお金ないんだろう」
「その秘密が、この時間に街へ来ることにある、というわけだね」
モーゲンはそう言うと、鼻歌を歌いながら歩く。
「良く分からないけど」
アルマークは微笑んだ。
「君のことだ。きっと何かあるんだろうね」
そう言ってモーゲンの隣を並んで歩く。
モーゲンは、ここだよ、と言って一軒の食堂の前で足を止めた。
すでに昼の営業は終わったようで、中には客の姿はない。
「モーゲン。こういう時間に店に入るとね」
アルマークが顔をしかめる。
「店の人にすごく嫌な顔をされるんだ。気の荒い親父さんだったりすると、もう昼は終わったよ、なんて怒鳴られたりしてね」
「うん」
モーゲンはにこにこと頷く。
「僕も怒鳴られたことあるよ」
そう言いながら、どんどん店の中へ入っていく。
「あ、モーゲン。きっと怒られるぜ」
アルマークも心配顔で後を追う。
「こんにちは」
モーゲンが店の奥に声を掛けると、案の定不機嫌そうな店主が顔を出した。
「昼はもう終わってるぜ、見りゃ分かるだろうが……おう、モーゲン」
怒鳴りかけた店主は、モーゲンの顔を見て表情を緩めた。
「待ってたぜ」
そう言って、店の奥へと手招きする。
不思議そうな顔のアルマークに笑顔で頷くと、モーゲンは躊躇うことなく厨房に入っていく。
アルマークもその後ろからついていって覗き込むと、店主が一杯のスープを持ってきた。
「これだ。冬の新メニューにしようと思ってるんだがな」
「見た目はすごく美味しそうだね。匂いもいい」
モーゲンは言いながら、匙で一口掬って食べる。
「うん。味も美味しい」
「そうか」
店主がほっとしたように笑顔を見せる。
「モーゲンがそう言ってくれりゃあ」
「でも、冬の新メニューってことは寒い日に食べるんだよね」
「ああ」
「じゃあ、このハーブの味は要らないかもしれないな」
モーゲンの指摘に、店主が目を見開く。
「これだとどうしても爽やかさが先に立っちゃう。もう少し身体の温まる材料か香辛料を足したほうがいいかも」
「そうか」
店主が納得したように頷く。
「お前の言うとおりだ。よし、隠し味にサラネの根を入れてみるか」
「それ、いいかも」
それからしばらく店主とモーゲンは二人であれこれ試行錯誤し、やがて満足の行くものができたようで、がっしりと握手を交わしあった。
「いつもありがとうな、モーゲン」
そう言って、コインを一枚モーゲンに握らせる。
「この程度で悪いが」
「ううん、ありがとう」
モーゲンはにこにこと頷く。
「僕も楽しかったよ。さ、アルマーク。行くよ」
二人は笑顔の店主に見送られて、外に出た。
「モーゲン、君は」
アルマークが言いかけると、モーゲンは三軒隣の店を指差した。
「次はあの店だよ」
「えぇ?」
あきらかに営業していない店内にまた堂々と入っていくと、迷惑そうな顔をした女店主が顔を出す。
「ごめんなさい、今はお昼休みで……あら、モーゲン」
「こんにちは」
モーゲンは微笑んだ。
一軒の店でもらえる金額はせいぜいお菓子が一個か二個買える程度のささやかなものだったが、この日モーゲンは、なんと8軒の店を回り、メニューのアドバイスや試食をした。
どこへ行ってもモーゲンは大歓迎だった。
一軒の店主などは、アルマークにそっと、
「モーゲンがうまいと言ってくれたメニューは必ず人気が出るんだ。モーゲン様さまだぜ」
と囁いたほどだ。
「さて、と」
最後の店を出た頃には、日はすっかり傾いていた。
「だいぶ軍資金も溜まったことだし」
そう言って、今日一日で集まったコインをアルマークに見せる。
「お店もそろそろ夜の営業を始める時間だ」
モーゲンは大きく伸びをしてから、空を見上げて微笑んだ。
「さあ、アルマーク。お目当ての店に行こうか」
「まだ食べるのかい」
アルマークは目を丸くした。
「今日はずっと食べっぱなしじゃないか」
「当たり前だよ。今までのは、これを食べるために食べてたんだから」
モーゲンは当然のように頷く。
「ほら、行くよ」
「やっぱり君にはかなわないな」
アルマークは苦笑しながら首をひねった。
「僕は見ているだけでお腹いっぱいになったけどな。まだ食べられるかな」




