祭の終わり
アルマークの隣で、レイラが軽やかにステップを踏む。
ちらりとアルマークを見る目が、優しく細められる。
アルマークは何か言おうとしたが、レイラの顔があまりに楽しそうで、自分も思わず同じように微笑むと、二人のダンスに集中した。
「……上手ね」
しばらく二人で音楽に身を委ねるように身体を動かしたあと。
両手を繋いで向かい合った時、レイラが言った。
「今日初めて踊るんでしょ?」
「うん」
アルマークは頷く。
「でも、もうたくさん踊ったからね」
「本当に、なんでもよく見えるのね」
レイラが笑う。
「あなたはどこまで行ってしまうのかしら」
そう言いながら、ふわりと片手を離す。
「まあ、いいわ」
片手を繋いだままでアルマークの隣に立つと、レイラはその横顔に微笑んだ。
「踊りましょ」
レイラとのダンスが終わりに近づいた時、不意に打楽器が高らかに打ち鳴らされた。
「次が最後よ」
レイラが言った。
「終わったらすぐに私から離れてね」
「え? それってどういう」
言いかけて、アルマークは気付いた。
いつの間にか、アルマークとレイラの周りに5人の男子生徒が集まっていた。
皆、お互いを牽制し合うように目をちらちらと動かしている。
「最初に私の手を取った人と踊るから」
レイラは微笑む。
「巻き込まれないうちに離れて」
「なるほど」
アルマークは頷く。
「さすがレイラ。凄い人気だ」
それから、さっきのレイラの言葉を思い出す。
「ほら、やっぱり。君があぶれるわけないじゃないか」
「あぶれたのよ」
レイラは笑顔のまま、楽しそうに答えた。
「さっきだけ、偶然に」
ダンスが終わり、頭を下げるか下げないかのうちに駆け寄ってきた男子生徒たちの邪魔にならないようにアルマークは素早く身を引くと、ウェンディの姿を探した。
「アイン、俺と踊ってくれってば」
フィッケが向こうでエメリアに首根っこを掴まれたままで叫んでいる。
「エメリアと、もう4回も踊ってるんだぞ。こいつ、照れくさいからって俺としか踊りたがらねえんだ」
「5回踊ればきりがいいじゃないか」
アインがそっけなく答えてロズフィリアの手を取る。
フィッケは満面の笑顔のエメリアに引きずられるように連行されていく。
「薄情者!」
フィッケの悲痛な叫びに、あちこちで笑いが起きた。
アルマークは、その脇で、申し訳なさそうに男子生徒に頭を下げているウェンディを見付けた。
「ウェンディ!」
その声に、ウェンディの顔がぱっと明るくなる。
お互いに駆け寄って、アルマークはウェンディの伸ばした手を取った。
さっき踊ったときにはまだ冷たかった手は、いつの間にか温かくなっていた。
「ごめんなさい、アルマーク」
ウェンディは息を弾ませて言った。
「いつの間にか、あなたのところから離れちゃっていたの」
「いいんだ」
アルマークは首を振る。
「見付かってよかった」
打楽器の音のあと、さっきまでよりもテンポの速い音楽が流れ始める。
「トルクたち、凄いな」
アルマークは言った。
「ずっと演奏してるんだろ」
「うん。大変だと思う」
ウェンディは頷いた。
「でも、これでおしまい。最後、急にゆっくりになるから気を付けてね」
「分かった」
二人は音楽に合わせて踊り始めた。
確かに、テンポがかなり速い分、動きもステップも速くなる。
踊り始めてすぐに、ウェンディが目を見張った。
「すごい」
そう言って、アルマークの顔を見る。
「もうこんなにうまくなったの」
「たくさん踊ったからね」
アルマークは音楽に合わせてステップをさらに2つ余分に付け足してみせる。
「昔、旅芸人の一座にいたことがあるから、こういうのは得意なんだ」
「そういえば、言ってたね」
ウェンディは、でも、と付け加える。
「そういうところが、本当にアルマークって感じがする」
「え?」
「だって、ほら」
ウェンディは微笑んだ。
「あなたって、いつも何かに困った顔をして私のところに聞きに来たと思ったら」
そう言って、上気した顔でアルマークを見る。
「ぱっといなくなって、次に私の前に姿を見せるときには、もうすっかりそれが解決しちゃってるの」
「そうかな」
アルマークは首をひねった。
「そうだよ」
ウェンディは頷く。
二人は両手を繋いで、向かい合う。
「だから、私も頑張らなきゃって思うの」
ウェンディは言った。
「あなたに置いていかれないように」
「置いていくだなんて」
アルマークは首を振った。
「そんなこと、するわけないよ」
「いいの」
ウェンディは首を振る。
片手を離し、軽やかにステップを踏むウェンディ。
だが、意外なほど真剣な顔でアルマークを見た。
「アルマークには、私を待ってほしくないの」
その目に宿る、強い意思。
アルマークには、それがまるで輝く宝石のように見えた。
「私も一緒に歩くから。引き離されても追いつくから」
ウェンディは言った。
「だから、お願い。あなたは立ち止まって私を待たないで」
「うん」
アルマークは頷いた。
「分かった」
アルマークは、今の自分の気持ちが、劇の別れのときの台詞と同じだということに気付く。
不意に、音楽がゆっくりになった。
再び両手を繋ぎ、アルマークはウェンディと静かに向き合った。
ウェンディが肩で息をしている。
その上気した顔を、アルマークはまっすぐ見つめた。
「一緒に歩こう」
「うん」
ウェンディが頷いて微笑む。
幸せな時間が終わる。
このまま、手を離したくない。
そう思った。
音楽が途切れ、ウェンディがゆっくりと手を離した。
「ありがとう、アルマーク」
息を弾ませて、ウェンディが言った。
「劇部門、優勝は3年1組」
発表とともに、1組の生徒たちが歓声を上げて飛び上がった。
「やった!」
「優勝だ!」
「胴上げするぞ!」
1組の男子たちが口々に叫び、両手を挙げて待ち構えるフィッケの脇を素通りしてアインの元へと駆け寄る。
「あれ、おーい。主演はこっちだけど」
フィッケが叫びながら、慌てて仲間の背を追いかけていく。
アルマークたちはそれを見て笑いながら、1組の生徒たちに拍手を送った。
エルドとシシリーのクラスは合唱部門優勝。
ラドマールたちのクラスは優勝できなかったが、結果は本人たちも分かっていたのだろう。ラドマールを責める声は上がらなかった。
最初よりもずいぶん小さくなった焚き火の脇。
「うちは得票数では2位だそうだ」
ウォリスが2組の生徒に向かって言った。
「だがまあ、結果以上に得るものはあった」
そう言って、微笑む。
「みんなにも見せたかったぞ。アインの面白くなさそうなしかめ面を」
その言葉に、笑いが起きる。
「僕たちも全力を尽くしたからね」
レイドーが穏やかに言った。
「悔いはないよ。みんなもそうだと思うよ」
「王様が言うんだから、間違いないね」
モーゲンが言い、みんなが笑う。
祭の終わり。
少し、しんみりとした空気が漂う。
「それじゃ、俺たちも胴上げするか」
不意に、ネルソンが声を上げた。
「みんなで我らが総監督ウォリスを胴上げしようぜ!」
「いや、待て」
ウォリスが珍しく慌てた声を出す。
「僕はいい。するなら主演のネルソンとノリシュを」
「いいから上げちまえ」
トルクが言った。
「優勝した1組だって主演はほっぽってたじゃねえか」
「僕はいい、僕は。うわ」
ウォリスの言葉に構わず、ネルソンがウォリスに飛びつき、アルマークやモーゲン、レイドーが強引にその身体を担ぎ上げる。
そこにデグとガレイン、バイヤーが加わった。
ピルマンがいつの間にか取り出したラッパを高らかに吹き鳴らし始める。
その周囲で女子は拍手しながら、お互いに顔を見合わせて楽しそうに笑う。
ウェンディもレイラも、セラハもリルティも笑っていた。
「気を付けて」
ノリシュが言う。
「最後に怪我人を出さないようにね」
「でも、面白い」
キュリメが笑う。
「ウォリスのあの慌てた顔。初めて見た」
そう言って、ノリシュと顔を見合わせて噴き出す。
「よし、いくぞ。それ」
トルクの号令一下、ウォリスの身体が二度、三度と夜空に舞い、大きな歓声が上がった。
ラッパの音。
三日間の魔術祭が終わる。
魔術祭編、お読みいただきありがとうございました。
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