輪
セラハの後に名前を知らない女子と踊ったアルマークは、自分から腕を伸ばして次の相手を捕まえた。
「どこへ行くんだい、モーゲン」
「あ、アルマーク」
振り向いたモーゲンは、袖で汗を拭く。
「いや、疲れたから休憩しようかと」
「それなら僕と踊ろう」
アルマークはモーゲンの手を握った。
「このダンス、もうすっかり覚えたよ」
「そりゃアルマークには簡単だろうね」
モーゲンは仕方なさそうにアルマークの手を握り返す。
「僕は苦手なんだ。油断するとすぐに右と左がごっちゃになる」
「間違えたっていいんだってウェンディが言ってたよ」
「君たちの場合は間違えてもさまになるからね」
モーゲンはどたどたとステップを踏みながら答えた。
「ほら。なんだか足が合わないでしょ」
「うん。一歩多かったね」
「見ててよ、多分次は一歩足りないから」
モーゲンは言いながら、一生懸命ステップを踏む。
「君と踊ったら休憩にするよ」
その言葉にアルマークがふと周りを見ると、確かにすでに輪から外れてダンスを見ている生徒の姿もちらほらと見える。
「みんな踊らないのかい」
「男子は特にね」
モーゲンは頷く。
「男子同士でばかり踊るくらいなら、休んで見てようって子も出てくるよ」
「なるほど」
確かに、女子は数が少ないので全員がまだ輪の中にいる。
輪から外れているのは男子ばかりだ。
「いったん輪から出て、お目当ての女子の近くに陣取っておいて、交代のタイミングでさっと声をかけたりね。男子も色々と作戦を考えるんだよ」
モーゲンの言葉にアルマークは頷く。
「なるほど」
「そうでもしないと、女子はみんなウォリスとかアインとかコルエンとか、かっこいい男子のところにばかり行っちゃうからね」
モーゲンはそう言うと、アルマークの顔を見て微笑んだ。
「それに今年は、君までいるしね」
「僕?」
「だからきっと僕は今、女子に恨まれているんだよ」
モーゲンはため息をついた。
「君と踊るチャンスを一回奪ってしまったわけだからね」
「大げさだな」
アルマークは苦笑する。
「僕が君と踊りたかったんだ。友達なんだからいいじゃないか」
「もちろん。君に踊ろうと言われれば、僕に断る選択肢はないよ」
冗談めかしてそう言うと、モーゲンはにこりと笑って付け加えた。
「だから明日、僕が昨日食べそこねた料理を食べにノルクの街へ行こうと誘っても、君にも断る選択肢はないよね」
「明日か」
明日は確かに学院の授業は休みだ。
だが、アルマークの脳裏を、星の守り号のコスターたちとの約束がよぎる。
明日、港へ。
でもまあ、港は街を抜けたその先だ。街へ行くのも港へのついでのようなものか。
「分かった」
アルマークは頷いた。
「一緒に行こう」
「約束だよ」
モーゲンは頷いた。
「よし。これでもう一回くらい踊る元気が出てきたよ」
モーゲンと離れたアルマークの前に、大きな影が立ちはだかった。
「悪い、この後でな」
誘いに来た女子にそう謝ると、強引にアルマークの手を取ったのは、コルエンだった。
「アルマーク、踊ろうぜ」
「あ、ああ」
アルマークは頷くが、背の高いコルエンと手を繋ぐと、自分がずいぶん子供のように感じる。
「コルエン。今日は大活躍だったね」
そう言って、アルマークはコルエンを見上げた。
「な。すげえ台詞の量だっただろ」
コルエンはにやりと笑う。
「昨日ほとんど寝ないで覚えたんだ」
「急に台詞が増えたのかい。でも全然間違えてなかったんじゃないのか。さすがだな」
「まあ、最後の方はもう台詞じゃなかったけどな」
コルエンは悪びれもせずに言った。
「大勢の前でロズフィリアにくそ女って言えて気分が良かった」
「そういえばポロイスはあまり台詞がなかったね」
アルマークの言葉にコルエンは吹き出す。
「もともとの台詞が多すぎたせいだ。台本ばかり見て会議でろくに喋らなかったから、あいつには言うべき台詞がなかったんだよ」
「どういうことだい」
「まあ、それはいいや」
コルエンは首を振る。
「こっちの話だ」
コルエンが長い足でステップを踏む。
それに、アルマークは思い切り足を広げて大股でついていく。
「君の足は長いから、女子はついていくのが大変だろうな」
「ああ。大体宙に浮いちまうな」
コルエンはそう言って笑ったあとで、アルマークの顔を見た。
「呪われた剣士アルマークは最高だったな」
「ありがとう」
「俺もあいつと戦ってみたい」
「もういないよ」
アルマークは苦笑して首を振る。
「ウェンディの亡霊と一緒に消えたよ」
「いや、いる」
コルエンは笑いを引っ込めた。
「お前の中に、まだ残ってるのを感じるぜ。勘だけどな」
「鋭いな」
確かにまだ自分のどこかに残っている感覚はある。
それはセラハとも昨日話し合ったことだ。
「でも、これからどんどん薄れていくよ」
「そうか。まあそうだろうな」
コルエンは頷いた。
「でも、もし目覚めたら教えてくれ。剣を二本持ってお伺いするからよ」
アルマークは、コルエンとのダンスが終わりに差し掛かったころ、ちょうどすぐ隣にウェンディとアインのペアがいるのに気付いた。
ウェンディがアルマークに気づいて笑顔を見せる。
「アルマーク」
「なんだ、君たち二人で踊っていたのか」
アインがそう言って呆れた顔をする。
「人気のある男子同士で組むんじゃない。女子ががっかりするだろう」
「その分、他の男が女子と踊れて喜ぶだろ」
コルエンが涼しい顔で言い返し、アインは苦笑する。
「男子と女子、どちらに重点を置くか。考え方の違いだな」
「ウェンディ、あと何回くらいだろう」
アルマークがウェンディに呼びかける。
ウェンディは首を傾げた。
「トルクたちが大体の感じで決めると思うの。あと2、3人くらいかな。最後には打楽器が大きくなってテンポが早まるから」
「分かった」
アルマークは頷く。
「アルマーク。ウェンディはダンスの間、とうとう口を割ってくれなかったが」
アインが言った。
「面白い話があるのなら、僕も混ぜろよ」
「それなら俺もだ」
わけも分からずにコルエンも声を上げる。
「ありがとう」
アルマークは苦笑した。
「そういう時が来たらね」
曲の区切りが来て、アルマークはコルエンと頭を下げる。
「アイン、踊るかい」
アルマークはアインを振り返った。
「断る」
アインは笑う。
「コルエンと違って、僕は女子を待たせない主義だからな」
そう言って、駆け寄ってきたチェルシャの手を取る。
ウェンディはいち早く駆け寄ってきた男子とペアになり、コルエンはさっき待たせていた女子に声をかけている。
あぶれる形になったアルマークが、さて、と周りを見回すと、後ろから肩を軽く叩かれた。
「珍しくあぶれたのね」
その声に、アルマークは振り返って頷く。
「君こそ。あぶれるような人じゃないだろう」
「あぶれたのよ」
レイラは微笑んだ。
「だから、あぶれ者同士で踊りましょうか。それとも休む?」
「もちろん踊るよ」
アルマークはレイラの手を取った。




