後始末
一般客たちが、あの劇は何だったのかとお互いに語り合いながら講堂を後にし、生徒たちもその後ろからぞろぞろと出ていく。
アルマークとウェンディは、コルエンたちにひと声掛けようと、まだ講堂に残っていた。
「どうも無事には終わらんものだな」
不意に後ろから低い声がして、アルマークは振り向いた。
「イルミス先生」
アルマークの背後には、イルミスが難しい顔をして立っていた。
「君たちの昨日の劇は素晴らしかった」
イルミスはアルマークの肩に手を置く。
「今日の彼らも彼らなりに素晴らしかったが、あれは劇ではない」
そう言って、イルミスはつかつかと舞台の方へと歩いていく。
大騒ぎしながら舞台裏から出てきた3組の面々が、イルミスの姿を見て足を止める。
「げ」
「先生だ」
「やばい」
そんなざわめきの中、クラス委員のルクスが観念したように前に出た。
「先生、すみませんでした」
そう言って頭を下げる。
「すみませんでした!」
その後ろで全員が声を揃えて頭を下げた。
エストンもキリーブも、ルゴンたちも皆、深く頭を下げて動かない。
「ロズフィリア」
それに構わず、イルミスは言った。
「ロズフィリアはいるか」
「はい」
ロズフィリアが一番後ろから顔を覗かせる。
「ここです」
「怪我は」
イルミスは鋭い目でロズフィリアを見た。
「ルクスのフォローが少し間に合わなかっただろう」
客席から見えなかったはずの舞台袖からのルクスのフォローを、イルミスは目の前で見たように話した。
「コルエンたちの魔法をかわしきれなかったはずだ」
「大丈夫です」
ロズフィリアは答えた。
「ちょっとすりむいた程度です。治療の必要もないくらい」
「そうか」
イルミスは厳しい顔で頷く。
「全員、頭を上げなさい。ほかに、怪我をした者は」
明らかに怪我をしているキリーブやエッラも顔を見合わせるが、手は挙げようとしない。
「大したことはないのだな。なら、いい」
イルミスはそう言うと、ようやくルクスを見た。
「ルクス。昨日、君たちは教室で緊急会議をしたそうだな」
「はい」
ルクスが神妙な顔で頷く。
「劇のことで」
「よし。今日も引き続き、緊急会議だ」
イルミスは言った。
「君たちの担任のデミトル先生はさっきの爆発の後、気分が悪くなられて今は医務室で休んでいる。めまいと吐き気だそうだ。君たちにはこれから教室で、魔術の何たるかをもう一度じっくりと思い出してもらうぞ」
生徒たちがざわめく。
「先生。俺たち全員、昨日あんまり寝てないんです。お手柔らかにお願いします」
コルエンが手を挙げて言った。
「バカを言え」
イルミスはコルエンを軽く睨むと、冷たく告げた。
「会議が終わったら、全員でこの舞台の補修をしてもらう。魔術師には、魔術を行使した結果について責任を負う義務がある」
「うげ」
コルエンが顔をしかめ、隣のポロイスに、これ以上余計なことは言うな、と肘鉄を食らう。
「さあ、急げ。後夜祭に間に合わなくなっても、苦情は受け付けんぞ」
イルミスが手を叩くと、3組の面々は慌てて出口に走り出した。
「ああ、それから」
イルミスは思い出したように彼らの背中に声をかけた。
「ロズフィリア、キリーブ、ルゴン、エッラ、それにゼツキフ」
淡々と、怪我をしている生徒の名前を上げていく。
「君たちは教室に行く前にまずデミトル先生のお見舞いに行け」
イルミスはそう言って、名前を呼ばれた生徒たちの顔を見回した。
「分かっているな、医務室だぞ。セリア先生にきちんと声を掛けるように」
3組の去った後のがらんとした講堂で、アルマークはウェンディを振り返った。
「後夜祭、だって」
「うん」
ウェンディは頷いてから、眉をひそめて確かめるように聞く。
「あれ? 言ってなかったかな」
「うん」
アルマークは頷く。
「聞いてないよ」
「そうか。初めてだもんね。夜、また高等部のほうから花火が上がるんだよ」
「花火が」
アルマークは夏の試験の後、ウェンディたちと一緒に庭園で花火を見たことを思い出した。
「それをまたみんなで見るのかい」
「うん」
ウェンディは頷く。
「でも、それだけじゃないよ。校庭に火が焚かれて、その周りでみんなでダンスしてね。最後に出し物の結果発表をするの」
「なるほど」
アルマークは頷いた。
花火が上がるとなると、まだ暗くなるまでもう少しある。
「実はちょっと行くところがあるんだ」
アルマークは言った。
「後夜祭までに戻るよ」
「あ、うん」
ウェンディは戸惑ったように頷く。
「どこに行くの」
「ええと、野暮用なんだ」
アルマークは頭を掻いた。
「大丈夫、すぐに戻るよ。花火を一緒に見よう」
「うん、分かった」
ウェンディは心配そうな顔で頷いた。
「ダンスもだよ」
「分かってる。僕も君と踊りたい」
アルマークは顔を赤くしたウェンディに手を振って、講堂を飛び出した。
冬の太陽は早くも傾き始めている。
アルマークは校庭を走った。
星の守り号の船長コスターと、船員のウィルビス。
昼に見かけた彼らは、おそらくもう初等部の近くにはいないだろう。
高等部の即売会もさすがに終わっているだろうし、いるとすれば、正門への帰り道くらいだ。
アルマークは休むことなく駆けて、正門までたどり着くと、顔見知りの衛士の名を呼んだ。
「ジードさん!」
驚いた顔で衛士のジードが顔を見せる。
「やあ、アルマーク。どうしたんだい、そんなに息を切らして」
「星の守り号のコスター船長は、もうここを通りましたか」
「コスター船長」
ジードは眉を寄せた。
「どうだったかな」
「コスターさんならさっき通ったよ」
ジードよりもずっと年配の別の衛士がそう教えてくれた。
「荷物をいっぱい持っていたから、走ればすぐに追いつくと思うよ」
「ありがとうございます」
アルマークは頭を下げて正門を駆け抜けた。
学院からノルクの街へと向かうたくさんの人の波。
それを追い越しつつ走っていくと、やがて見覚えのある背中が視界に入った。
「コスターさん!」
名を呼ばれて振り返ったコスターは一瞬訝しげな顔をしたが、アルマークが名を名乗ると思い出したらしく、ああ、と頷く。
「ウィルビス、ほら、あの子だよ。北から来たっていう」
その言葉に、胡散臭げにアルマークを見ていた船員のウィルビスの表情も緩んだ。
「ああ。あのときの鍛冶屋の坊主か」
「はい」
アルマークは頷く。
「校内でお見かけしたので」
「北の話が聞きたくて、追いかけてきたってわけか」
ウィルビスはそう言って笑った。
「だが、今はこの有様だからな」
ウィルビスは両手いっぱいに持った荷物をアルマークに示す。
「船長、出発は明後日でしたよね」
「ああ」
コスターは頷く。
「明日にでも港に来るといいよ。それまでに北の話も思い出しておこう」
「傭兵団の話もな」
ウィルビスがそう言ってアルマークの顔を覗き込む。
「前に来たときは、ずいぶんと興味がありそうだったからな」
「そういえばそうだったな」
コスターも思い出したように笑う。
「君は魔術師なのに」
「すみません」
アルマークはうつむく。
「北の男なら誰でも傭兵団の話が好きなんですよ、船長」
ウィルビスが言った。
「寝物語に、騎士や傭兵の話を聞いて育つんだ」
「そりゃ戦争が強いわけだ」
コスターは肩をすくめてそう言ったあとで、アルマークに優しく微笑んだ。
「じゃあ、そういうわけだ。また明日」
「はい」
アルマークは頷いた。
「よろしくお願いします」




