幕
大きな衝撃と爆発音。
先頭の方にいたネルソンやノリシュの悲鳴が聞こえた。
もうもうと立ちこめる煙に、一般席の観客たちが逃げ出そうと我先に席を立つ。
「ウェンディ、大丈夫か」
アルマークは腕の中のウェンディに尋ねる。
「うん」
ウェンディは頷いて目を瞬かせる。
「でもびっくりした」
「ああ、危ないな」
アルマークは周りを見回して顔をしかめた。
「一般のお客さんが混乱してる。いっぺんに出口に殺到したら怪我人が出るぞ」
そう言ってウェンディの身体を離すと、素早く生徒席に目を走らせる。
すぐに目が合ったのはアインだ。
「アイン、お客さんが」
「分かってる」
アインは頷いた。
「灯をつけて声掛けをしながら誘導する。君たちも手伝え」
そう言って隣のフィッケの頭を叩く。
「フィッケ、ぼさっとするな」
「そんなこと言ったってよお」
振り返ったフィッケの目が涙に濡れているのを見て、アルマークはぎょっとする。
「コルエンとかエストンの気持ちを考えたら、泣けてきて」
「気にするな、感受性の高いバカなんだ」
アインはそう言い捨てて出口の方を見る。
「僕は出口の直近に行く。君たちはこちらから声掛けを」
「分かった」
アルマークは頷く。
その時、舞台から大きな声が響いた。
「倒したぞ!」
思わず舞台を振り返る。
煙の晴れた舞台に、コルエンを中心とした3組の生徒たちが立っていた。
全員が一丸となって腕を突き上げている。
「やったぞ、魔神を」
エストンが見たことのない無邪気な笑顔で叫んだ。
「倒したんだ、僕たちが」
それに呼応したのはルゴンだった。
「そうだ、俺たち全員の力で」
ルゴンも笑顔だ。
「やってやれないことはないんだ!」
二人が顔を見合わせて笑う。
その言葉通り、先ほどまで場を支配し、威圧していた魔神ローズことロズフィリアの姿はもう舞台にはなかった。
ちぎれた衣装の一部が、舞台の隅で白い煙を上げている。
「誇れ、お前ら」
コルエンがその長身を生かして、廻りの生徒たちの肩を叩いて回る。
「貴族も平民もねえ。俺たちの勝利だ」
コルエンはそう言ってもう一度腕を振り上げた。
「俺たち3組の勝利だ!」
全員がそれに呼応して腕を突き上げる。
十人以上の少年の雄叫び。
逃げ出そうとしていた一般客たちは、その光景をぽかんと眺めた。
しばらくして、誰かが手を叩き始めた。
それを聞いて他の観客たちも、ようやく自分たちの役割を思い出したように、拍手を始める。
「これでいいのか?」
「よく分からんけど、倒したらしい」
そんな声が聞こえる。
拍手の音は徐々に大きくなり、生徒席にも広がっていく。
「むちゃくちゃだな」
アインは呆れたようにそう言って、それでも手を叩いた。
「だがまあ、最悪の事態は免れた」
「そうだね」
アルマークも拍手しながら頷く。
「前に本人にも言ったことがあるんだ。コルエンが前に出れば、3組はまとまるって」
「ふん」
アインは口を歪めて笑った。
「獣に言うことを聞かせるには、あそこの調教師は癖が強すぎる」
それから、アルマークの顔を見る。
「ま、優勝はなさそうだな」
「そうだね」
アインは満足そうに頷くと、身を翻してフィッケの隣に戻っていく。
「フィッケ、だからハンカチを持って来いと言っただろう」
「だって、こんなに泣くと思ってねえからよ」
舞台では、しばらく拍手に包まれながら勝鬨を上げたあと、輪の中心のコルエンが袖に向かって腕を振った。
「ほら、ポロイス。今だ、早く幕下ろせ」
その言葉に合わせ、意外な速さで幕が下りてくる。
「ありがとうございましたぁ!」
幕の下り切る直前に、もう一度少年たちの叫び声が響いた。
「すごい劇だったね」
ウェンディはアルマークにそう言ったあと、自分の言葉に首をひねった。
「劇?……だったのかな」
「なんだったんだろうね」
アルマークも微笑んだ。
「でも、すごく3組らしさはあったよ」
「うん」
ウェンディは笑った。
「面白い人たち」
時間は爆発の直後に遡る。
舞台袖。
焼け焦げた衣装を外されたロズフィリアは、クラス委員のルクスの腕の中にいた。
身じろぎしたロズフィリアが顔をしかめる。
「いつっ」
「まだ動くな」
ルクスが、自分も痛みを感じたかのように顔をしかめた。
舞台ではコルエンが腕を振り上げ、他の生徒たちがそれに呼応している。
「ロズフィリア、やりすぎだぞ」
ルクスは言った。
「いくらお前だって、クラスのほとんど全員を相手に力比べなんてできるわけないだろう」
「そうね」
ロズフィリアは微笑んだ。
その額に汗が浮かんでいた。
「でも、あなたを信じていたから」
そう言って、ルクスを見上げる。
「コルエンたちの魔法を観客席に飛び火しないようにとっさに抑え込んで、それと同時に私を袖に引き寄せるなんて。そんな芸当、きっとあなたの他にはウォリスくらいしかできないと思うわ」
渋い顔のルクスの頬を指でつついてロズフィリアは笑った。
「どうして成績に反映されないのかしらね」
「うるせえ」
ルクスはそっぽを向いた。
「俺はいいんだ。別に成績とかそんなものは」
そう言って舞台に目をやり、ため息をつく。
「お前かコルエンがクラス委員をやりゃいいんだ。つくづく俺には向いてねえよ」
「みんながいろいろ言うのは、あなたに期待してるからよ」
ロズフィリアは言った。
「みんなだってあなたの本当の実力は知ってる」
「俺のクラス委員としての実力は、ほら、ご覧のとおりだよ」
ルクスは浮かない顔で、舞台の方を顎でしゃくる。
「俺はアインやウォリスみたいにはなれねえ」
「誰もあなたにそんなこと求めてないのに」
ロズフィリアは笑う。
「彼らは彼ら。あなたにはあなたのやり方があるでしょ」
「それがこれかって言うと」
ルクスは苦笑した。
「違う気もするけどな」
それから舞台のコルエンを見る。
「それにしても、コルエンのやつ手加減なしだったな。後でちゃんと言っとかないと」
「いいのよ」
ロズフィリアは首を振る。
「彼なりにどうにかまとめてくれようとしたのよ。私の意図も分かってくれていたし。確かに少し感情は入っていたけど」
そう言って笑う。
「それは私も同じだから」
「確かにお前、楽しそうだったな。少しじゃないだろ」
ルクスはため息をつく。
「こっちの身にもなれよ」
それから、ふと真剣な顔になった。
「これでうちの連中も仲良くなるかな」
「2組みたいにはいかないでしょうけどね」
ロズフィリアは微笑む。
「まずは第一歩ってところじゃないかしら」
「ほら、ポロイス。今だ、早く幕下ろせ」
さすがにもう潮時と判断したのだろう、コルエンが袖を振り向いて腕を振った。
憮然とした顔のポロイスが幕を操作する。
ロズフィリアたちと目が合ったコルエンは、にやりと笑ってみせた。
「ほら。コルエンもそう言ってるわ」
「俺には分からん、お前らの考えてることは」
ルクスは諦めたように首を振った。
「分かるのは、俺たちがこれから説教だってことだけだ」




