決壊
ロズフィリアの両手の中で、巨大な光がうねった。
「おい、待て。話が違うぐわっ」
エストンの叫びはロズフィリアの放った強烈な光にかき消された。
「うわっ」
アルマークが声を上げる。
「すごいな」
光とともに、舞台上を猛烈な風が吹き荒れた。
視界が戻った時、貴族も平民も半分近くの人間が床に倒れ伏していた。
「くそ、めちゃくちゃやりやがって」
何とか難を逃れたエストンが叫んだ。
「キリーブ、しっかりしろ」
そう言って床でうめくキリーブを助け起こす。
「くそ、これはいったい何なんだ」
キリーブはうめいた。
「魔神よ、皆殺しとはどういうことだ」
ルゴンも声を上げる。
「どちらの味方もせぬということか」
「そのとおり」
ロズフィリアは楽しそうに笑いながら、再び両手を掲げた。
「わらわは誰の味方もせぬ」
その手の中に、今度は炎が渦巻く。
さすがに客席からも悲鳴が上がった。
「この邪神め」
ゼツキフが叫ぶ。
「好き放題やりやがって」
剣を握りしめて、ロズフィリアに飛びかかる。
ロズフィリアは一瞬の躊躇もなく炎の塊をゼツキフに叩きつけた。
「ぐは」
ゼツキフの身体が弾き飛ばされ、床に転がる。
慌ててエストンたちが駆け寄った。
「こいつ、本気か」
「魔神め、覚悟!」
今度はルゴンが飛びかかったが、ロズフィリアが手を振ると強い風が巻き起こり、ルゴンはたたらを踏んだ。
「くっ」
そこに、ロズフィリアの放った石つぶてが襲い、まともに食らったルゴンもたまらず床に倒れ伏す。
「ルゴン!」
駆け寄るレヴィンやエッラにもつぶてが容赦なく降り注ぎ、二人は悲鳴を上げた。
「さあ、どんどんかかってらっしゃいな」
実に楽しそうに、ロズフィリアは言った。
「そなたらの言うとおり、我は万民の敵。誰にも力など貸さぬ」
「いい加減にしろ」
キリーブが叫んだ。
「貴様、いくらなんでもこれでは」
「うるさいわね」
ロズフィリアが腕を振るう。
風が巻き起こり、キリーブは悲鳴を上げて後方に倒れた。
「僕たちを全員殺して、それで終わりということか」
エストンが悲痛な叫びを上げる。
「それがお前の最初からの目的か」
しかしロズフィリアは笑って答えない。
「おのれ、このような屈辱」
エストンは目を怒らせた。
「許せん」
「エストン、もう言葉遣いが」
ウェンディが戸惑ったようにアルマークを見た。
「いつもの口調に戻っちゃってる」
「うん」
アルマークも頷く。
「これ、どこまでが劇なんだろう。でもこれがロズフィリアの意図したことなのだとしたら」
「くそ」
ルゴンも立ち上がった。
「やってやる」
「下がっていろ」
エストンが言った。
「僕がけりをつける」
「また一人でいい格好か」
ルゴンが顔を歪める。
「お前にあいつが倒せるのかよ」
「ふん」
エストンは鼻を鳴らした。
「我々は受けた屈辱は必ず返す。お前らと違ってな」
「だからお前らのそういうところが」
ルゴンが言いかけたのを、ロズフィリアが面倒そうに遮った。
「二人いっぺんでいいわよ、面倒くさい」
そう言って、優雅に手招きする。
「どうせ一人じゃ相手にならないんだから」
「おのれ、言わせておけば」
エストンが叫んで剣を振り上げると、その剣がたちまちロズフィリアの放った黒い靄に包まれた。
「うお」
「今だ」
ルゴンがエストンを出し抜くように舞台を走った。
「ほら、そこよ」
ロズフィリアがルゴンの踏んだ床を指差した。
床から湧き出してきた黒い靄が足に絡みつき、ルゴンはロズフィリアのもとまでたどり着くこともできずに転倒した。
それを見下ろしてロズフィリアが高らかに笑う。
「くそ」
使い物にならなくなった剣を投げ捨てて、エストンが叫んだその時だった。
「お前ら、何をしてるんだ」
袖から、そう声がかかった。
舞台上の皆がその声に振り向く。
現れたのはコルエンだった。
「いつまでも、下らねえことでいがみあってんじゃねえ」
コルエンは吐き捨てるように言うと、全身に怒りをみなぎらせて舞台に歩み出た。
「あいつには、貴族も平民もねえんだ。自分でも言ってただろうが、万民の敵だって」
そう言いながら、両手を挙げる。
「来い、こっちに」
コルエンは叫んだ。
「貴族も平民もねえ。動けるやつは全員こっちに来い」
「少しは骨のあるのが一人」
ロズフィリアが微笑む。
「でも来るのが少し遅かったわね」
「うるせえ、このくそ女。人の睡眠時間を返しやがれ」
コルエンはそう叫ぶと、強引にエストンの腕を引っ張る。
「ほら、集まれ」
「くそ。僕は悔しいぞ」
エストンはコルエンの肩を掴んだ。
「あんなのにいいようにひっかき回されて」
「気持ちは分かる」
コルエンはその肩を叩き返す。
「おら、ルゴン。お前らもこっち来い」
コルエンが乱暴に手招きした。
「なんなんだよ、あいつ本当に」
ルゴンが悔しそうに顔を歪めてコルエンに駆け寄る。
「俺たちだって必死に……それをこんな仕打ちがあるかよ」
「おう。分かるぞ、悔しいよな」
コルエンは叫んだ。
「ぶっ潰すぞ。いいか、貴族も平民もねえ。てめえら全員俺に力を貸せ」
いつの間にか、コルエンを中心にして、貴族役の平民の生徒も、平民役の貴族の生徒も、一つにまとまってロズフィリアと対峙していた。
「できるのかしらね」
ロズフィリアが再び両手を掲げた。
その手の中でうねりを上げるのは、今までで最大の光の渦。
「うるせえ。そのなめた衣装ごと講堂の外まで吹っ飛ばす」
コルエンが両手を掲げ、他の生徒もそれに続く。
「ちょっと待って」
ウェンディが目を見開く。
「あれ、演出じゃないよ。本物の」
「皆、死に絶えるがいい」
ロズフィリアが叫ぶ。
「やかましい。これでも食らって明後日くれえまで目を覚ますな、くそ女」
コルエンを中心とした生徒たちの放った光と、ロズフィリアの放った光が舞台の真ん中でぶつかり合う。
「ばかやろう!」
舞台袖からルクスの叫び声がした。
「危ない、ウェンディ」
アルマークは立ち上がった。
どん、という爆発音と衝撃。
とっさにウェンディを抱き寄せて庇いながら、アルマークは思い出していた。
そうか、誰かが言っていたな。
魔術祭には。
観客席から本物の悲鳴が上がる。
爆発は付き物だって。




